第004話「抱える気持ち」
【Tips:〇〇四 パリィの不器用さ】
・実戦経験もある剣士なので状況判断や推測などは得意なはずのパリィも思いの外鈍い。
特に自分の気持ちとなると、平静を装うとしているからなのか、なにかあるとすぐに悶々としてしまいがち。
この人は果たして大丈夫なのだろうか?
暴挙に出てしまわないだろうかと不安に見えてしまう……。
【〇〇四 抱える気持ち】
パリィが剣士棟を出ると、城の敷地内は朝の喧噪に包まれていた。
そんな中、パリィが向かったのは剣士訓練場だった。まだそこにランナがいるかもしれない、いたら宿舎まで一緒に帰ろうと思ったからだ。
訓練場の方から、剣のぶつかり合う音などが聞こえてこないところを見ると、訓練はもう終えているのだろう。だとしたらランナももうそこには……と思った時だった。
訓練場へと降りる外通路、その石柱の向こう側にランナの姿が見えた。
「ラン――」
声をかけようとした瞬間、パリィは声を押し殺し、反射的に近くの柱の影に身を隠した。
ランナが、見たこともない男子と話をしている様子が見えたからだ。
柱の影に隠れ、パリィは自分の胸を押さえるように手を置いた。
――どうして隠れているの、わたし。
そんな自問をしつつ、そっと顔を出してランナの様子を見る。
声こそは聞こえないが、ランナはどこか恥ずかしそうに頬を染め、話している相手から視線を逸らしている。
――相手は誰だろう。服装からして……紫様の剣士候補生?
剣士候補生とは、六煌剣「怨縛の紫」を継承した六煌剣士ガリンガルの元で剣術を習う者たちのことだ。ランナと話す男子が身につけている紫色の外套がそれを証明している。
――訓練の打ち合わせかしら?
午後からの訓練は剣士候補生との技術交流を兼ねると聞いていたので、話をしているのはなんら普通のことだ。だが、ランナの表情が気になる。
ランナもパリィも女所帯育ち。特にランナは部隊の外に出ていなかったので交流には疎い。だからあのような表情になるのもパリィには納得ができた。
いや、納得しようとしている。
ランナが自分の知らない人間、しかも男子と話をしている、わたしには向けられたことのない、わたしの知らない表情で。――そう思っただけで、胸の奥から得体の知れない感情が膨らみ出していた。
思考を揺さぶり、平静を奪う感情を制御する方法は知っている。だが、今はそれも効かないほどの動揺がある。
――ランナはなにを……。
いけないと思いつつも、パリィはもう少し顔を出し、ランナの唇を読もうとしていた。
だが。
「あっ、パリィ!」
ランナがすぐにこちらを見つけた。するとためらうことなく、小走りにやってくる。
「ラ、ランナ」
「ごめんね、もしかして先に宿舎に行って、わたしを探しに?」
「ううん。今、ルシェル様のところからこちらに。それより――」
あの人との話はいいのかと、剣士候補生のいた方を見る。しかし、そこに彼の姿はなかった。
「うん、打ち合わせはもう終わったよ。午後からじゃなくて、明日のお昼になったの。午後は別の用事ができたんだって」
「紫様の候補生たちに?」
ランナはこくんと頷く。
「うん。なんでも城内で禁輸品が見つかったみたいで、その捜索に出るんだって。目星はついてるって言ってたよ」
いつも通りの無邪気な笑顔で自分を見るランナから、パリィは思わず目を逸らしてしまった。
「そ、そう」
「うん? パリィ?」
パリィはなぜか、自身の顔が紅潮しているのを感じていた。ランナに見つめられた瞬間、直前に沸き上がっていた平静を乱す感情が消えたかと思ったら、今度は体を熱するような感情が起こっていたのだ。
それを気取られてしまうのが怖く、パリィは視線を逸らしていた。
しかしランナは逸らしたパリィの顔を追いかけ、回り込む。
「どうしたの?」
「な、なんでもないわ」
「顔赤いよ? 疲れちゃった? 具合悪い?」
「ううん、そんなことないわ」
ランナの顔を見るのが辛い。
「パリィ?」
「ごめんなさいランナ。わたし、このあと寄って行く所があるから。それを伝えに来たの」
パリィの早口はめずらしいことで、ランナは驚きの色を見せる。
「え?」
「また宿舎で――」
そうとだけ残し、パリィは足早にランナの前から去る。
後ろで自分を呼ぶ声をしたが、振り返らずに。
◇ ◇ ◇
城門を出て、街の喧騒に紛れる。
外では目立つ白装束も、ティーシャの城下街ではさほどに視線を集めることはない。隊員たちもティーシャに滞在中はよく城下を巡ることがあるからだ。
パリィはそんな城下街をあてもなく歩きながら、考えを巡らせていた。
――自分らしくないことをしている。こんな、感情に任せて行動してしまうことなど、普段の自分では決してしないことだ。
それなのに……。
これは憤りなのだろうか。その原因は――自分が知らない表情をするランナなのだろうか。彼女のその行動が自分に憤りを与えるのだろうか。
「いえ……」
違う。
「でも……」
あの表情が忘れられない。恥じらいを伴う不思議な……まるでいつか見た、黒様と話をするルシェル様にも似た、恋する少女のような。
そんな言葉がよぎった瞬間、パリィはハッとなり自分の口を押さえた。
「っ!」
危うく驚きの声を上げてしまうところだった。
しかし、ランナが、まさか――そう考えると心臓がおかしいほどに鼓動を早める。
ランナはランナだ。同じ天羽妖精隊の仲間だ。任務に支障を出さないのであれば、恋くらいしてもいい。そう自分に言い聞かせるように念じるものの、パリィの心は静まらない。
「なに、この……」
悔しさにも似た感覚が沸き上がってきていることに気がつく。
自分もランナから、あのような表情を向けられたいと思っているのだろうか。
もしそうなら、この感情の正体は……嫉妬だ。
「…………」
パリィは深く吸った息をゆっくりと吐く。
自分にとって、ランナは大事な存在。家族を失った自分の、今の家族である天羽妖精隊。その一員。ランナにとっても、自分はそのような存在だ。
嫉妬など、抱いてよい道理はない。
先ほどのように顔を背けたり、逃げるように移動してしまう必要もない。
パリィは自身を落ち着ける。
そう、この感情は一時の勘違いのようなもの。初めて見たランナの表情に抱いた一瞬の戸惑い。
「……よし」
もう大丈夫と、パリィは気を正した。すると、ランナに戦闘香を渡すことを忘れていたことに気がつく。
ランナに寄って行くところがあると言った手前、パリィは城下の街で香の調合道具や、適当な香を買っていくことにした。




