第003話「最強のひとり」
【Tips:〇〇三 この世界の剣士のやばさ】
・この世界で「剣士」と呼ばれる方々はだいたいやばく、ひとりで数千とか数万の兵力に匹敵する実力をもっており、これは比喩ではなくその通りの実力になっております。
思考もちょっとやばくて、自分が負けるという発想がなく、いかに殺す相手に安らぎを与えるか、とかを考え出したりしています。
【〇〇三 最強のひとり】
日の出前にランナは目を覚ました。めずらしく寝入ってしまったと恥じていたが、パリィには嬉しく思えた。
星を見た場所からふたりが歩きはじめて数刻後、空が白み始める頃にティーシャ城下街への城門へとさしかかった。
「お帰りなさいませ、ランナ様、パリィ様」
衛兵に挨拶をされると、ランナは微笑みを、パリィは軽い会釈を返す。
しきたりにより、帰投には衛兵に声をかけてはならないことになっているからだ。これは戦の多いティーシャにおいて、いつも城門から戻る者が声を出せるものではない、という覚悟を常に置くためである。
――古く、このティーシャには六匹の龍が住み、国を護っていたとされている。だが龍は老い、自身らの死期が近いことを悟るとその姿を剣へと変えた。それがこの国に伝わる六振りの剣、六煌剣である。
龍の意匠が施された豪奢な門を潜り、パリィは言う。
「ランナ、ルシェル様への帰投報告はわたしがしておくわ」
「え、わたしがしておくよぉ」
「ううん。ランナは午後から訓練の打ち合わせがあるでしょう? そちらに備えておいて」
「パリィはわたし以上にわたしの予定を知ってるんだから」
ランナが頬を膨らませたので、パリィは片目を閉じて見せる。
「役に立つ副長でしょう?」
「すっごく、ね。じゃあ報告はお願いするね。わたしも打ち合わせの予定を確認したら宿舎に向かうから」
「ええ、ではそこで」
「うん。そうしたら一緒にお風呂」
「え?」
「入ろうよ」
「え、ええ。わかったわ」
「うん。じゃあ楽しみにしてるからね」
ランナは手を小さく振ると、パリィに背を向けて走り去って行った。
外套と、髪をなびかせて。
「…………」
パリィは思わず、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで留まってしまう。
離れるという感覚は、大きい不安感を募らせる。
しかしこれは一時的なもの。またすぐに会えるし、剣士たる者が行動を左右させるべき感情ではないと自身を奮起させる。
「よし」
小さくそうつぶやき、パリィは報告のためルシェルの待つ城内へと向かった。
六煌剣士はティーシャに五人。ひとりにひと振りの剣が与えられるのだが、ルシェルはふた振りを継承している。
ひとつは「露霧の白」、もうひとつは「月詠の銀」である。
城内にある専用棟、ルシェルの部屋の前に立ちパリィは戸を軽く叩く。早朝ではあるが、室内にはルシェルの気配があったからだ。
「天羽妖精隊、パリィです」
『どうぞ』
ルシェルのこういう時の声は、いつ聞いてもどこか安心してしまうと思いつつ、パリィは戸を開ける。
「失礼しま――ル、ルシェル様?」
部屋に入った瞬間、パリィは思わず口を押さえてしまう。
「おかえりなさいパリィ。あぁ、この香り? ごめんなさい、少し夢中になりすぎちゃった……って、あれ? もう朝なの?」
ルシェルはハッと驚きに目を丸くして遮光布の外に目を向けた。
真っ黒い長い髪と、真っ黒の瞳。歳はパリィたちとさほど変わらないとのこと。この国に五人しかいない「最強の剣士」のひとりであるにも関わらず、ルシェルの立ち居振る舞いは優しさに満ちていた。
「はい。早朝かとは思いましたがルシェル様の気配があったもので報告に上がりました」
「うん、お疲れ様。パリィがいないところを見ると、打ち合わせかな? 今なら早朝訓練の後だから、連絡も付けやすいしね」
「はい。……それにしてもルシェル様、何をされていたのですか?」
「これね。前に言ってた、戦闘香の開発よ」
「戦闘香、たしか先代が……」
「うん。元々は乱戦中の味方識別が目的だったんだけど、付加効果をつけよう、ってね」
付加効果、という言葉にパリィは納得した。
部屋で吸い込んだこの香りの成分の中には、覚醒作用がある物や毒素を含む物を感じられたからだ。
「なるほど……」
「死は一瞬でもたらされる。わたしたちに剣を向けてくる者たちは、自分は死んだと覚悟を決めて向かってくる人たち。だからせめて、死の瞬間には安らぎを与えてあげたいでしょう? それがまがい物であったとしても」
「ルシェル様……」
「自己満足だし、自己の理想の押しつけかもしれない。だけど、ただ死を運ぶだけが剣士の役割ではないと思うの。……変、かな?」
ルシェルが首を傾げる子どもっぽい仕草に、パリィは思わず笑ってしまった。
「あ、笑ったねパリィ」
「いえ、違いますよ。ルシェル様の考えはわたしも同意ですから。笑ったのは、ルシェル様の仕草が可愛らしくて」
「ふんっ。どうせランナみたい、って思ったんでしょう?」
「え、な、なぜランナが?」
「パリィ、いつもランナにべったりだものね。あなたを副長にすることから決めたから、やっぱり隊長はランナにして正解だったようね」
「え? わたしから選んだんですか?」
「そうよ。あなたほど隊員たちをよく見ている子もいないもの。ランナのことだけ、少しだけ深く見ているようだけれども」
「それは……」
否定のできない事実だった。
しかしルシェルはそれ以上の言及はせず、イスから立ち上がると部屋の窓を開けて回った。
「さ、空気の入れ換えをしておかないと。ここ、他の人も来るからね。対毒訓練を受けていない人たちが入って来たら大変なことになっちゃうし」
「そうですね」
「うん。それで、はい、これをあなたたちに」
ルシェルは小瓶ふたつを差し出す。
「効果はまだ調整中の、試作戦闘香。軽い幻覚作用と麻酔効果があるはずよ。もちろん、あなたたちへの効果はほとんどないものだけど。これに好きな香りを混ぜて、外套の裏に焚き付けておくといいわ。ひとつはランナの分ね」
「わかりました。香りは全員違った方が良いですよね」
「ええ。本来の目的は識別だから。よろしくね」
「はい。それでは――」
「あ、待ってパリィ」
「はい?」
呼び止めたパリィを、ルシェルは頭の先からつま先までじっと目を通した。
「ル、ルシェル様……?」
するとルシェルは頷き、微笑む。
「うん、今日も綺麗。素敵よパリィ」
予想外の褒め言葉に、パリィは思わず顔を紅潮させてしまった。
「なっ、なんですか突然」
「女の子は褒められるとより綺麗になるって聞いたから。これからはわたしたちの可愛い妖精隊のみんなを積極的に褒めてあげようと思って」
身分やら立場にそぐわないルシェルの言動に、パリィは苦笑してしまう。
「もう……」
「ふふ」
にこにこと微笑むルシェルには独特の魅力があるとパリィは思っている。
最強の六煌剣士でありながらも、どこか隙があったり――。ルシェルに言い寄る男たちは多いが、彼女の傍を勝ち取った者を、パリィは過去にひとりしか知らない。
だから思わず――。
「ルシェル様、復縁はしないのですか?」
そんな言葉がつい、口からこぼれ落ちてしまった。
「え、なによ急に」
「す、すみません、つい」
「謝るようなことじゃないわ。だけど……うん、それはないかな。わたしもアレも、今はお互いがお互いの心にいないのよ」
「あの噂のことなら、真相はわかりませんし。それに今は――」
「いいから。その話はあまりすべきではないわ。マリエア様に対し、不敬よ」
「失礼しました」
「ううん。ごめんなさい。……まぁ、復縁はないにしても、また一緒に戦うくらいならしてもいいかなってくらいには思うかな。アレはアレで最低なヤツだけれど、剣の腕だけは六煌剣士の中でもひとつ別格だと思ってるし。わたしも、ガリンガルも」
「紫様もですか? それは意外でした」
「そう? あのふたり、アレで案外仲良かったのよ。今でこそ、ああなっちゃってはいるけどね。ほら、わたしたち三人、剣士の初期訓練は一緒だったからね」
「初期訓練、あの年はルシェル様たち三人しか生き残らなかったって」
「事故のようなものもあったからね。まぁ、そういう縁ね。さ、もう行きなさい。ランナを待たせちゃうでしょう?」
「あ、そうでした。では失礼します」
「はい。……あの甲斐性なしの浮気性、そろそろ城に降りてくる頃よ。会ったら気を付けなさい?」
「ふふ、はい、わかりました。それと、ルシェル様は今も思いがあると伝えておきますね」
「もう! そんなことしたら絶対許さないからっ!」
「ふふ、失礼します」
「……もう」
パリィの冗談を受け、ルシェルは笑みを見せていた。
部屋を出て、パリィは思う。
六煌剣士になろうとも、変わらないものもあるのだと。




