第002話「白き花の香りの中で」
【Tips:〇〇二 野宿する少女たち】
・あまりにも無防備なのでは?
と思うかもしれませんが、特殊な訓練を受けた彼女たちの寝込みを襲ってみようとでもしたら瞬時にバラバラにされるでしょう。
この勢いで、彼女たちの間に挟まろうとする男もたぶんそうなります。
【〇〇二 白き花の香りの中で】
ふたりはしばらく街道を進むと、人目を避けるように山道へと入った。
常人では歩くのも困難な山道ではあるが、ふたりにとっては平坦な道とさほど変わらない速度で歩くことができる。
「このまま行けば、明け方にはティーシャに着くかな?」
一歩ほど先を行くランナにそう言われ、パリィは懐中時計を開いた。
ほぼ光のない森の中でも鍛練した夜目は文字盤と針の位置を読む。
「えぇ。予定では明日の夜に帰投ということになっているけど、なにか急ぐ用事でもあるのかしら?」
「ううん、何もないよ。ただ、久しぶりにパリィとふたりだから、あまり早く着いちゃうのも少しだけもったいないかな、って」
振り返り微笑みを見せるランナに、パリィの足が止まった。
「ん、パリィ?」
「う、ううん。なんでもないわ、大丈夫」
「どうしたの?」
「ランナが突然もったいないとか言うから」
「えぇっ、パリィが驚くようなことかなぁ? わたし、思ったことしか言えないから」
「それは知ってる。だから驚いたのよ」
パリィにとって、ランナはどこか妹分と思えていた節がこの天羽妖精隊に入った頃からあった。
「えへへ、わたしが天羽妖精隊の隊長になった時よりも驚いた?」
ランナはいたずらを仕掛ける子どものような微笑みを肩越しに見せてそう言う。
「あの時はさほど驚かなかったもの」
「そう言えば……パリィ、あまり驚いてなかったものね」
天羽妖精隊は六煌剣士のひとり、「露霧の白」の私設部隊のような存在。先代から現「露霧の白」へと代替わりした時に、王国より「露霧の白の直属部隊」という地位が認められた。
先代の隊長が晴れて六煌剣士へとなった時、新たな隊長として任命されたのがランナだ。
「ふふ、他の皆は驚いていたことに驚いたわ」
「わたしはパリィかクラティアが選ばれると思っていたよぉ」
「本当に?」
「うん。だってパリィはいつもしっかりしてるし。クラティアもそうでしょう? どうしてわたしなんだろうって、あの時思ったもの。いつも子どもっぽいって言われるし」
「ルシェル様はそれだけあなたを……いえ、皆を見ているということよ」
ルシェルというのは、先代の隊長。つまり、現六煌剣士のひとりである。
「そうかなぁ? って、なんでパリィ、さっきから楽しそうな顔してるの?」
「あなたとこうして話すのが楽しいからよ。それに……ふふ、実はあの時、前の日にルシェル様から聞いていたの。次の隊長はランナかクラティアにしたい、って。どちらになっても、わたしが副長として補佐して欲しいって言われたわ」
「え、そうだったの?」
「ええ。わたしが意見をしたわけではないのだけれど、ルシェル様はあなたを選んだのよ。クラティアもわたしと同じで、隊長よりも補佐的な立ち回りの方が得意だもの。妖精隊が王国に認知されて軍に編入されたでしょう? わたしたちは何もしていないけど、予算なんかの割り当てにはクラティアが早速その才能を発揮してくれたみたいよ」
「へぇ、クラティアすごいね。あ、じゃあ宿舎にいるとおやつが出るのもクラティアのおかげなのかな?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
「帰ったらクラティアに感謝しないとだね」
真っ暗な山道ではあるが、会話の内容とふたりの笑顔は明るい。
ふと、パリィは思う。この時が長く、できれば永遠に続いて欲しいと。
世界が平和でなくても良い。自分たちの手が血で濡れ続けても構わない。ただただ、このランナの明るい声を聞き続けていたいと、パリィは思った。
「……ん」
パリィの足が勾配を感じる。そして木々の並びから、この先が小高くなっていることを理解した。
「ねぇ、ランナ」
「うん?」
パリィは思い切って提案した。
「この先、少し小高い場所がありそう。星が見えそうな場所なら、少し休んで行くのはどうかしら?」
ランナの返事は瞬間すら置かない。
「うん、いいよ。大賛成」
「ありがとう」
ふたりはわずかに進路を変え微かな勾配を登る。すると勾配はすぐに傾斜を増した。
登り切った先は木々が開けており、満天の星空を仰ぎ見ることができた。
「わぁ、星空を見るなんて久しぶりだよぉっ」
「夜間任務は多いけど、星空を見上げることなんてあまりないものね。わたしも久しぶりよランナ」
先代の時のような国家間の戦争がない今、天羽妖精隊が現在請け負う多くの任務は今回のような禁輸物品の現場が多く、他は暗殺などのいわゆる裏方仕事。そうなると、自然と夜間の行動が主となる。
「よ、っと」
ランナは突然、背中から倒れ込む。
「ランナ?」
「こうすると良く見えるよ。パリィも」
「髪が汚れるわよ」
「下、綺麗な草だから平気。汚れたら洗えばいいでしょう?」
「……そうね」
ランナの無邪気さに推されるように、パリィも寝転ぶ。
横目にランナを見ると、彼女は目を閉じていた。
「どうしたの? 目を閉じたりして」
「星の香りがするかなと思って」
「ランナらしいわね。……する?」
「うん。柔らかくて、甘い香りがする」
「え?」
思わず驚いてしまったが、ランナのすぐ傍には真っ白い花、ティーシャ地方によく見られる野花、「白花」が群生していた。
「それ、白花の香りよ」
「知ってる、ふふ。星の香りって言ってみたかったの。もう、パリィはつまらないなぁ」
「ランナが変なこと言うから。星の香りだなんて」
他愛もない会話だった。パリィは時間の流れの緩やかさを感じる。
「ねぇパリィ、少し眠っていかない? ここ、風も香りも気持ちいい」
吹き抜ける風がランナの前髪を揺らす。
ふと、いつからだろうかと、パリィは思いながら応える。
「そうね。少し休んで行きましょうか」
「うん。ありがとうパリィ。大好き」
いつからだろう。
こんなにも、ランナの傍に居心地の良さと不安を感じるようになったのは。
姉妹のように育って来た居心地の良さとも、戦渦に生きる不安とも違う。
ランナのとなりという場所はパリィにとって、得難くかけがえのない場所だという思いが強くなっている。
目を閉じてしばらく、ランナに寝静まった気配が訪れる。
剣士である者、寝ていても周囲の気配には敏感であるのだが、横目に見る彼女の寝顔にはそんな様子は見受けられない。
「もう……わたしを信じすぎよランナ」
ぽつりとつぶやくも、ランナは眉ひとつを動かさない。本当に安堵の中、寝ているのだ。
ランナも自分といることで安心を得ているのだと思うと、パリィは嬉しかった。
自分はそう疲れていないので、こうしてランナが休めるのならば構わない。
だが――。
「ランナ……」
手を伸ばせば彼女の頬に触れることができる距離だった。
柔らかく、温かそうな頬。
ランナの体温を感じることができたら、彼女の気持ちを知ることができるだろうか。
ランナは何に安心を覚え、何に不安を覚えるのだろうか。
自分のように、ここに居心地の良さを感じてくれているのだろうか。
「あなたは、どうなのランナ?」
ほとんど口の中だけの声で、パリィはつぶやいた。
できることならばこの先もずっと、こうして近い距離にいたいと思っている。
ランナが六煌剣士になったならば自分は生涯をかけて付き従うまでのこと。
この命が尽きるまで、自分はランナの傍にいたい。そしてランナを守るのだと、パリィは誰に告げることなく、思い、誓っている。
「あの日……わたしを救ってくれたのはあなたなのだから……ランナ」
遠い日の記憶を思い出すかのように、パリィも目を閉じた。




