第018話「凶剣を拭う言葉」
【Tips:〇一八 安全装置の壊れた兵器】
・剣士ひとりあたりの戦力は大きく、計り知れない。
つまりはそれだけ危険ということであり、この精神的な安全装置が壊れたようになっているパリィみたいなのが量産されてしまったら国内外は危機的状況になりそうな気がしてならない。
精神修行も大事で、きちんとやっているとは思うものの、だれかを想う気持ちというのはそれほどに強いのでしょう。
【〇一八 凶剣を拭う言葉】
訓練を終えたパリィはひとり汗を洗い流し、ランナを避けるように自室へと籠もっていた。
寝台の上で何度目かの寝返りを打ち、思い出す。
訓練の終わりの時の、ガリンガルを。
「あそこまで完成した流星斬を使うとはな。しかし、感情を上手く制御できないようではただの凶剣だ。よく覚えておけ」
凶剣とは剣士への侮辱の言葉にあたる。だから、ルシェルはすかさずに言った。
「パリィ、今のは褒め言葉だから」
「――はい」
パリィも納得したように振る舞ったが、内心には悔しさと敗北感があった。
ガリンガルは自身の受け持つ候補生に向け、言葉を続ける。
「妖精隊の技量は多くの実戦で得たものだな。斬り慣れている。貴様ら候補生とはひと桁違う。特にシリウス。一対一に持ち込んだまではよかったが未完成の流星斬ごときに臆するとはな」
「申し訳ありません」
「実戦なら死んでいる。だが死中で生を得たのなら糧としろ。二度と、妖精隊などに遅れをとるな」
「はっ」
それはシリウスに対する激励と、賞賛の言葉だとパリィは思った。
その後、解散となるとシリウスはランナに何かを話しかけようと近づいたようだった。そんなランナはシリウスを無視するように自分へと話しかけて来たのだが、やはりランナを直視することができず、走り去ってしまったのだ。
気持ちがわかってしまった。
どうすればよいかもわかってしまった。
いや、どうしたいのかが、わかってしまった。
「ランナ……」
ぎゅっと、自分の剣を抱く。柄から伸びる装飾布を指にからめながら。
この装飾布がランナの手だったら、どんなに嬉しいだろう。
誰にも触れさせないで、自分の手だけ触れるようにしたい。指の間に指を絡め、その感触と体温を感じたい。飽きるまで、何時間でも。
「あぁ……」
思わず息が漏れる。
そして、布を唇へとあてがった。
「ランナ――」
この布がランナの唇だったら。
今までだったらこの辺りで想像を止められた。自分を律することができた。なのに、止められない。
ランナと唇を合わせたい。この想いを伝えたい。唇を吸い、舌で触れ、ランナを感じたい。
終点の見えない衝動のような物がパリィの中で弾け、鞘に収まる剣をさらに抱きしめた。
さらには何を求めるのか。
ランナの肌に触れたい。あの柔らかで滑らかな肌に触れたい。あの長く、綺麗な髪にも触れたい。髪にも口を付け、あなたのすべてが欲しいと伝えたい。
そして、誰も触れたことのない、ランナの全ての箇所に触れたい。そのすべてが自分のものであると言うように。ランナから強く求められるように、ランナを支配し、支配されたい。
自分にも、そうして欲しい。この身のすべてをランナに捧げ、心も、血の一滴までもをランナに支配されたい。
どんな恥ずかしいことでも、ランナのためならできる。ランナの喜ぶ顔が見たい。喜ぶ声が聞きたい。
そして、名前を呼ばれ、言われたい――愛していると。
「ランナ……わたし……っ」
感情がさらなる一線を越えようとした時、剣に染みついた血の匂いがパリィをふと我に返した。
「くっ……!」
自分はなにをしていたのだろうか。また、いつもの嫌悪感だ。
ひどく淫らなことを考えていた。清らかなランナに対し、自分はどこまでも汚くなってしまったと思えた。
同胞であるはずのシリウスに私怨とも呼べる殺意を向け、さらにはランナとのふしだらなことまで考えている。
こんな自分は、やはりランナに相応しくない。
パリィは立ち上がり、鞘を投げ捨てるように剣を抜き放った。
青い刀身に自分の顔を映す。
欲望に汚れ、凶剣を操る自分の顔だ。
「あなたにはもう……価値なんてない。死が相応しいわ」
吐き捨てるように言い、パリィは自刃を考えた。
――が、体がそのためには動かない。恐怖だ。ランナと離れてしまう恐怖が、自刃すら不可能にしている。
「くっ……」
パリィは砕けるほどに強く歯を食いしばる。
しかし自己嫌悪が治まらず。
「えぇえええーいっ!」
怒声とともに剣を振り下ろし、書き物机を真っ二つにしてしまった。
「はぁ……はぁ……」
感情、それも自己嫌悪や怒りといった衝動的な物にまかせた最悪のひと振りとなった。気持ちは晴れず、むしろさらに荒れる気がしてきた。
かと思うと、気持ちは一気に沈み込み、今度は悲しみがやってきた。
完全に自分の制御を失っている。
「ルシェル様わたし……やっぱりなにもできない……うっ、うぅっ……」
涙が溢れてくるのをそれでも堪え、パリィは鞘を拾い剣を納めた。
情けない。
無様だ。
死ぬしかない。
いつもの冷静な自分はもう死んだ。
だから、死ぬしかない。
ある種覚悟のようなものが決まると、パリィは無意識に身支度を調えていた。
籠手を付け、外套を纏い、剣帯を着ける。きちんとふた振りを下げ、これから戦いに望む格好になった。
死ぬ時は妖精隊のひとり、剣士のひとりとして――いや、それすらも相応しくないか。
などが頭に浮かぶ。
このままの関係を続けよう。衝動は抑え込もう。
いや、ダメだ。ルシェル様に言われたようにランナに気持ちを伝えるのだ。だがランナに拒絶されたらどうすれば良いのか。
ガリンガルの言う凶剣が今度はランナに向いてしまうかもしれない。自分はまともじゃない。おかしいから。
「あぁっ……」
パリィは頭を抑え、そのままパタリと寝台に横になった。
生きていいのか、死んでいいのかすらわからなくなった。
なにをしたらいいのか、なにをすべきなのか。
「ランナ……わたし、どうすれば……」
ランナの声で生きろと言われたら生きられる。
死ねと言われたら死ねる。
ならいっそ――すべてを委ねてしまうか。
そう思った時だった。
あまりにも不意に、ランナの声がした。
『パリィ、ランナだよ。起きてる?』
「っ!」
扉越しなのに、その声は耳元で囁かれるように聞こえた。
パリィは寝たふりをしようと思い、扉へと背中を向ける。しかし、今のパリィではランナを欺けるほどに気配を殺せない。
『起きてるね? 入るよ』
背後から、ランナが部屋へと入ってきた気配がした。
「パリィ、どうしたの?」
寝ているふりはもうできない。だから、苦しい言い訳が出てしまった。冷静さもない。
「なんでもないわ。少し……眠いだけ」
「帰って来てから、パリィおかしいよ? どうしたの?」
「なんでもないから。ランナこそ、こんなところにいていいの?」
「え?」
「自由時間でしょう。シリウスの相手をしてあげなさい。わたしみたいに、他人に冷たくしていたら、嫌われてしまうわよ」
「な、なにを言ってるのパリィ? ねぇ、こっち向いて?」
今の顔などは到底見せられたものではない。
ランナの言葉を無視し、パリィは続ける。
「ランナは鈍いんだもの。相手の気持ちにきちんと気付いてあげなさい。シリウスはあなたのことだ――」
パリィの言葉を遮り、ランナの張り上げた声が響いた。
「鈍いのはパリィだよ!」
「ラ、ランナ?」
滅多に聞かないランナの怒鳴り声に驚き、パリィは思わず体を上げて振り向いた。




