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白花香  作者: 桐生スケキヨ
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第016話「訓練は実戦のように」

【Tips:〇一六 物理法則】

・そもそもにしてこの世界の剣士に我々の世界の物理法則というものは通用しないのかもしれない。

切っ先が触れただけで相手を吹っ飛ばしたり、地面に突っ伏させたり、かと思えば鈍器を使ってでもそうはならんやろという具合に剣を粉々にしたり……。

甚だ謎なのだけど、これが剣士の強さであり、実力らしい。

おそろしや……。


【〇一六 訓練は実戦のように】


 合図と同時、候補生八人は剣を抜きつつ、定石に従い素早くランナとパリィを取り囲む。

 未だに剣に指すらかけないランナとパリィを見据え、シリウスが言う。


「相手の妖精隊は六煌剣士に次ぐ実力者です――が、我々とて剣士。慎重に行けば勝てない相手ではありません」


 パリィは視線だけを微かに動かし、隣のランナを見た。

 するとランナはその言葉を受け、くすりと微笑んでいる。


「ランナ?」

「ううん。勝つ気でいるのはいいことだね、って思っただけ」


 不覚にも、その言葉にパリィはぞくりとしてしまった。


「え?」

「ふふっ、天羽妖精隊の実力、しっかりと見せてあげないとね」


 ランナの持つ無邪気さは彼女の魅力であり、武器でもあるのだとパリィは改めて知らされた。

 いざ戦闘となると、ランナからは緊張が消えることが多い。それ故に、剣さばきには一切の淀みがなくなる。

 ――ランナの顔から笑みが消えた瞬間、候補生が一斉に動いた。

 八人は二手に分かれ、四人がそれぞれにランナとパリィへと仕掛ける。二人は跳び、上から、残り二人は左右から斬りかかる。

 ランナとパリィは微かに踵を引き、背中を合わせるように立つ。


「まだ少し、遅いかな」


 ランナはそうつぶやくと同時に一瞬の所作で剣を抜く。パリィも抜いたが、ランナの方が微かに早かった。

 二人が両手に持つ剣――四つの刃はピッとまっすぐ、肩に対して直角に振り抜かれる。

 一見すると正面に対して無防備に見えるが剣の静止とほぼ同時に、跳んで斬りかかってきた四名が叩き落とされた。


「なっ、にっ……」


 叩き落とされた候補生たちには剣の軌跡すら見えていなかった。――が、その内の一名には微かに見えていた。


「くっ、一瞬だ、抜剣の一瞬、切っ先で俺たちの切っ先を叩いたんだ。両手の剣で、俺たちの剣ひとつずつを……!」

「まさか……!?」


 候補生たちは背筋に冷たいものを感じた。その切っ先をもう少し奥へと延ばすだけで、あるいはもうわずかに踏み込みを待つだけて、手首を切り落とせていたということなのだから。

 次いでランナとパリィは同時に剣を手の甲側で回転させ、そのままストンと真っ直ぐに納剣。その瞬間、ガツンという鋼鉄がぶつかり合う音が響き、左右から斬りかかっていた剣士四が大きく体を吹き飛ばされた。


「ほぅ、さすがに実戦慣れしているな」


 その光景を見たガリンガルはどこか楽しげにそうつぶやいた。


「初撃、空中の二人は首を飛ばされてもおかしくはなかった。――そもそもにして構えている剣士に斬りかかるなど、愚の骨頂だ」

「きちんと教えてないの?」

「体に教え込んだはずだがな。普段手合わせなどしない相手に対して冷静を欠いた証拠だ。未熟にもほどがある」

「きちんと教えなさいよ、そういうことも」

「おまえほど教え上手ではないものでな」


 ふんと、ガリンガルは鼻を鳴らした。


「でも、あの子は筋がいいわね。この中では少しだけ別格なんじゃないの?」


 ルシェルが見ているのはシリウスだった。


「目敏いな。まぁ見ていろ」

「…………」


 パリィは打ち込みの後、自分に斬りかかってきたひとりがあのシリウスであったことに気が付いた。

 瞬間で三撃をシリウスに打ち込んだのだが、彼は地面に対し水平だった剣を即座に立て、打ち込みを凌いでいた。なので、体を吹き飛ばされても倒れるには至らなかったのだ。

 他のふたりは地面に倒れているが、ランナの側にもひとり、同様にしのぎ切った者がいたらしい。


「へぇ、よく耐えられたね。なかなかいないんだよ、今のを防げる人。さすがは紫様付きの候補生だね、すごいっ」


 ランナは純粋に感心を表明しているのだが、倒れている候補生たちにとっては嫌味にすら聞こえてしまいそうだと、パリィは案じる。


「はは、妖精隊の隊長にそう言われるのは光栄ですね」


 シリウスはそう答えるも、顔には若干の恐怖が見えた。

 そのシリウスは無言でとなりに立つ剣士に目配せをした。なにかを仕掛ける合図だ。


「ランナ」


 短めに声をかけると、ランナは頷き、かすかに腰を落とした。


「うん、わかってる」


 仕掛ける気だ――パリィがそう察した瞬間、となりのランナはもう飛び出していた。

 残像を残すほどに早い踏み込み。

 次の瞬間に他の剣士たちが眼にしたのは、ゆっくりとふた振りの剣を納めるランナの姿だった。

 まるで羽根を休める妖精のように、艶やかに、緩やかに、剣をしまう。

 そのランナの周囲を囲むように、光が舞っていた。それは粉々に砕かれた候補生の剣。

 ランナは一瞬の打ち込みで候補生の剣を木端微塵に粉砕していた。

 瞬間遅れて来た衝撃を受け、柄のみになっていた剣を握っていたものは押さえつけられるように地面へと倒れ伏す。

 ふた振りの剣をどう扱えば剣を砕き、押さえつけるように剣士を叩き潰せるのか、候補生たちにはさっぱりと理解ができないでいる。

 当のランナは涼しげな顔をちらと横へ向けた。そこには、同様に打ち込みをしたパリィがいる――はずだった。

 パリィがシリウスへと踏み込んだのは、ランナより一瞬遅れてのことだった。これは単に出遅れたわけではなく、ランナの打ち込みの状況を見てからのことだった。

 実戦においては、仲間の援護も必要となる。もし万が一にもランナの打ち込みが失敗した場合、自分はその援護をしなければ彼女を窮地に立たせてしまうからだ。

 だが今回はそれが裏目に出た。

 ランナの踏み込みを見たシリウスは自身にも同様の攻撃が来ると予想し、身構えていたのだった。

 防御に徹した剣士は堅い。

 パリィの踏み込みから、右の残撃を立てた剣で受け流すと、左からの突きは体を捻って避けて見せていた。

 パリィもこれは予想外ではなかった。反転後の反撃に控え、受け流された剣を軸にして自身も体を捻り距離をとる。

 仕切り直しの形となるが、互いが正面に来た刹那の動作は急所を狙う速度勝負の一撃になる――パリィもシリウスも、そう思っていた。

 パリィは経験即から、次の一撃はおおよそ決めていた。シリウスは右足を軸にしている。速度と間合いを考えれば反転中に剣を左に持ち、速度の出る突きでこちらを狙う。回転からの遠心力を考えるとその突きは早く、かわすには体勢が不利。ならばこちらは右の剣を戻す勢いでそれを弾き上げ、踏み込みの姿勢を崩す。次いで、左の一撃で終わる。

 そう考えたのだが、ふとある一念が頭をよぎった。


 ――このシリウスを生かしておいてよいのだろうか、と。


 この先、ランナとシリウスの関係が進んだらどうなるだろう。末永く幸せになるかもしれない。だが、ランナを不幸にしないとも限らない。まだふたりの関係ははじまっていないかもしれない。

 ならばここで、このシリウスの命を消し去れば、ランナは永劫、この男によって不幸になることはなくなる。

 そう考えた瞬間、パリィの心はスッと穏やかな湖面のような心境に至った。

 殺意や闘志は完全に消え、慈愛のようなものが胸に溢れる。

 今、わたしがランナを幸せにしてあげる。

 ランナを助けてあげる。

 わたしから恨まれるあなた――シリウスも楽にしてあげる。

 そんな思いが、パリィの体から一切の重さを消し去った。

 振り向きざま、両者が正面に入った――その瞬間。


「っ!?」


 シリウスはパリィの視線だけで死を覚悟した。

 彼はなにが起こったかわからないまま、剣を弾き飛ばされていた。何発を受けたのだろうか、シリウスには想像も付かなかった。ただただ、ものすごい数の連撃を一瞬の間に剣に受けていた。

 耐えられようもない衝撃に、シリウスは剣士にあるまじきことである、剣を手放すということをしてしまっていた。

 その様子を見切れた者は、この場にはふたりしかいない。

 ガリンガルと、ルシェルだ。


「流星斬かっ!?」


 さすがのガリンガルもその光景に身を乗り出した。

 当然その声はパリィには届かない。

 パリィの心は慈愛に満たされ、安らぎの中で剣を振るっていた。

 さぁ、次の一撃であなたもランナも楽になれるから――。

 右の流星斬は剣を弾くためのもの。今から放つ左の流星斬は、一瞬にしてシリウスを斬り殺すためのもの。

 パリィの切っ先は無防備のシリウスを捉えた――が。


「っ!!」


 その切っ先はシリウスに届くことなく、白の光に阻まれた。


「はい、ここまでかな、パリィ」


 不意に聞こえたルシェルの優しい声に、パリィは我に返った。


「えっ」


 いつの間にか自分とシリウスの間にルシェルが割って入っており、抜かれた六煌剣「露霧の白」がパリィの剣を抑えていた。


「え、あ……」


 透き通った純白の刀身を前に、パリィはようやく、自分がしていることを理解した。


「わ、わたし……」


 溢れていたはずの慈愛はそのまま殺意へと姿を変え、さらに罪悪感へと変化し、パリィの鼓動を急かしていく。

 感情に流されたのだろうか、それとも心からの願望だったのか、パリィには判別がつかない行動を取っていた。


「剣を納めてパリィ、大丈夫だから」


 子どもをあやすような優しい言葉を受け、パリィは震える手で剣を納める。

 全身の力が抜け落ちそうになったパリィを、ルシェルが支えた。


「ルシェル様、わたしは――」

「殺気が完全に消えていたから少し驚いちゃった。いい傾向ね」


 高評価の言葉に、ルシェルは眼を丸くする。


「……え?」

「殺気を感じられるようでは、察しのいい相手には攻撃を予測される可能性があるの。さっきの境地、しっかり覚えておいてね」

「でも、わたしは」

「訓練よ。人が死ぬことも、殺してしまうこともめずらしいことじゃない。――気持ちのよいことではないけれどね」


 それはわかっている。しかし相手は、あのランナの思い人なのかもしれないのだ。そのシリウスを自分は訓練中という場を利用し、抹殺しようとしてしまった。


「わたしは……」


 言葉を詰まらせるパリィを察し、ルシェルはパリィの髪を撫でた。


「大丈夫よ。なにか事情があるようだけど、大丈夫。震えてるのははじめて使った剣技のせい。あなたの心が震えているわけじゃない」

「は、はい」


 言葉を受け入れ、自分を納得させる。すると自然と震えも治まってくる。

 するとランナの声が跳ねた。


「パリィっ」

「ランナ」

「すごいよっ、今の、流星斬でしょう? いつの間に覚えたの?」

「え」


 ランナは興奮気味にまくしたてる。


「切っ先が流れるの、何回か全然見えなかったよ。右からの一撃で剣士の持つ剣を弾いちゃうなんて、すごすぎる! ねぇねぇ、どうやったの? わたしにもできる?」


 そんなランナを制したのはルシェルだった。


「ちょっとランナ。パリィは体への負荷でちょっと大変そうなんだから」

「あ、ごめんねパリィ」


 パリィは罪悪感から、まっすぐにランナを見られない。


「ううん、平気よ」


 目を合わせないふたりに気付いたルシェルは静かにパリィの肩を抱き、ランナに言う。


「ランナ、パリィと少し話をしてくるから候補生たちに今の戦いの解説をしてあげておいてくれる?」

「はい。……パリィ、怒られるんですか?」

「まさか。その逆よ」


 ルシェルの言葉にランナは安心の笑みを見せ、候補生の方へと歩いて行く。


「さて、パリィ」

「はい」


 なにを言われるか、パリィはおおよその検討はついていた。

 おそらくはランナとのこと。もしくは、あの候補生とのことだろうと。

 しかし、ルシェルから切り出されたことは違う。


「見事な流星斬だったわ。わたしの型とは少し違うから……ふふ、教わったのはレビュンからね?」

「え、ルシェル様?」


 意外な質問にパリィは言葉を詰まらせてしまった。


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