第014話「怨縛を冠する剣士」
【Tips:〇一四 恐ろしい人】
・そこにいるだけでこちらが萎縮してしまう人、それがこの男だ。
尊敬はされつつも恐れられ、かけるひと言、ひとつの所作に至るまで気を遣わねばならない。
しかし本人にしてみればそこまでかしこまった対応をされるのは、案外望んでいない……のかもしれない?
【〇一四 怨縛を冠する剣士】
銀色の長髪を後ろへとなでつけた長身。赤い瞳で濃い紫の外套で体を包んだ主は、六煌剣怨縛の紫を継承する剣士、ガリンガルだった。
パリィたちはすぐに跪く。
「おはようございます、紫様」
シリウスがそう言うと、ガリンガルは手の平をこちらへと向けた。パリィとランナからの挨拶は不要、という意味だ。
「妖精隊、今日はふたりか?」
「はい。後ほどに白様もこちらに」
答えたのはランナ。ガリンガルはその言葉に頷く。
「わかった。シリウス、候補生どもに伝えておけ。おまえたちの中には候補生程度の肩書きで図に乗っている者もいるようだが、そんなやつは今日の訓練で死ぬことになるとな」
「は、はい」
「貴様ら候補生など、こいつら妖精隊とは比べものにならないほどに未熟ということを思い知るがいい」
「肝に銘じておきます」
厳しい言葉を発したガリンガルは微かな笑みを浮かべ、ランナの方を見る。
「実戦の経験はさすがに剣に鋭さを持たせるな、妖精隊」
ランナは跪いたまま、顔を上げることなく答える。
「恐れ多く」
「そう堅くなるな。――とは言え俺にも立場というものがあるからな。白や黒に接するようにされるのも困るが。まぁよい。今日は我が候補生共に力の差を見せつけてやれ。期待しているぞ」
「はい」
「かしこまりました」
ランナとパリィの返事に小さく頷くと、ガリンガルは去って行った。
彼の気配が遠退くにつれ、場の空気が重圧感を消す。
「ふぅ……緊張しちゃうね」
ランナは気の抜けた顔をパリィへと向けた。
「紫様は六煌剣士の中でも特別ね」
「僕もそう思います」
自分に同意を見せたシリウスを、パリィはちらりと見た。
真剣な表情をしている。
「紫様は六煌剣士の中でも、国王付の立場でおられます。内外の政に携わることのできる剣士ですから――」
「知ってるわ」
パリィはどこか冷淡に聞こえるような声で答える。
「白様が外敵の鎮圧を任されるように、剣士様にはそれぞれに領分がある」
教科書的な言い方をするとシリウスはどこか嬉しそうな顔をした。
「そう。そうです。なので、紫様は他の剣士様とは少し違う雰囲気をお持ちなのでしょう」
ガリンガルの剣は底が知れない、パリィはそんな話をルシェルから聞いたことを思い出した。
底とは強さのことであり、また、彼が秘めた思いのようでもあると。
レビュンとはよき友であり、兄弟のように育ったとのことであるが、性格は真逆のようだとパリィは思っている。
パリィがそんなことを考えていると、となりにランナが来てシリウスに言う。
「シリウスは紫を継承したいんでしょう?」
「それは……剣士を夢見る者たちなら皆が思うことですよ。中でも、僕はやはり紫様を継承したいです」
言葉は穏やかで控えめではあるが、瞳に意志の強さがある。それは彼の中に燃える、情熱なのだろうとパリィは思った。
その情熱がどの程度であるのか。推し量るのは剣を交えれば手っ取り早い。そう思うと体が反応し、指先の神経にまで意識が走る。するとそれを察したのか、ランナの手がパリィの指を握るように掴んできた。
「ランナ?」
「行こうパリィ。他の人たちもそろそろ集まるから」
「そうね」
「ではおふたりはお先に。僕は皆をここで集めてから参りますので」
シリウスに見送られるように、パリィとランナは訓練場への階段を降りる。
「シリウスが気になるの?」
階段を降りきるなり、ランナがそんなことを言った。
「え、どうして?」
「指。パリィは相手が気になるといつもそこに意識が行くから」
ランナの指摘に、パリィは思わず苦笑してしまった。
「気が付いていたのね」
するとランナは頬を膨らませる。
「わたしだよっ? 気が付かないわけないよ」
「そうね。ごめんなさい」
確かに、気にならないと言えば嘘になる。いや、気になることは多い。
「剣を交えてみたいの?」
ランナが口にしたその言葉には意味が多すぎた。だからパリィにも、彼女がなにを聞きたくてそう言ったのか、わかりかねる。
強さを知りたいのか、気持ちを知りたいのか、あるいは他のことか。
「……そうね。あの紫様の下の剣士たちがどのくらい強いのかは気になるわ。どんな思いで剣士になりたいのかも。あと――」
言葉を句切り、パリィは短く息を吸い込み、言う。
「わたしと、どう違うのかも」
ランナに言葉をかけるシリウスの姿は、どこか楽しげであり、ランナに対する強い気持ちのようなものを感じることができた。ランナへの強い気持ちは自分にもある。ならば、その気持ちがどう違うのか、パリィは興味を持っていた。
「むぅ、パリィは時々難しい。わかりづらいよ、最後の。パリィはパリィ、シリウスはシリウスだよ」
「……まったく」
改めて、パリィは思い知った。
「あなたはいつも簡単にしてくれるわ」
ぽんと、ランナの頭に手を乗せる。
「すぐに絡んでしまいそうなわたしのことを」
「むぅ、わたしが馬鹿ってこと?」
「ふふ、そうは言っていないでしょう? むしろ馬鹿なのはわたしの方かもしれないわ。難しくしか考えられないのだから」
「そんなことないよ。パリィはわたしが気が付かないことも気が付いて、考えてくれるんだもの」
ランナの手が、頭の上にあった自分の手を掴む。
「でも、考えてることとか、悩んでることは剣に乗せないでね。そんなことをしたらパリィでも危なくなっちゃうから」
「ええ。それはわかっているわ。大丈夫よ」
剣に雑念が乗れば、斬れ味を落とす。
斬れ味の落ちた剣が斬るのは自分自身。パリィもランナも、そのことはよく知っている。
「シリウスと手を合わせることになったら、特にね?」
「だ、大丈夫よ」
「うん。約束だからね?」
にこりという微笑みは、強力な釘刺しだ。
ランナはやはり隊長の器なのだとパリィは強く思い知った。




