第012話「ふと触れられる核心」
【Tips:〇一二 ふれあい】
・ふと相手に触れたり、というのはじゃれ合いであったり、命をともにする仲間同士の少し濃い交流の一環であったりと、いろいろある。
パリィもランナもそれに関してはあまり抵抗もなく、別段深い意味を感じることはないのだが、深い意味を伝えたかったり、あるいは普通に触れる中で深い気持ちだけは隠しておきたい時もある。
なんとも難しいものである。
【〇一二 ふと触れられる核心】
「ランナ?」
そこには満面の笑みを浮かべたランナの姿があった。
「おはようパリィ。早いね」
「おはようランナ。ふふ、あなたが早起きというのは珍しいわね」
「むぅ、そんなことないよぅ。わたしだって早起きできるもん」
「ふふふ」
頬を膨らませたランナは小走りにパリィに近づく。
「パリィが宿舎を出るのを窓から見て、急いで着替えて来たんだよ」
「そうなのね。ありがとう」
「ううん。わたしも少し体を動かしたかったんだ。――ねね、それより誰かいたみたいだけど……」
「ええ。レビュン様よ。会ったことは内緒にって言われたけどね」
「え、黒様が来てたの?」
「なんの用事かまでは聞けなかったけどね」
「きっとルシェル様に会いに来たんだよ!」
ランナは興奮気味に言う。
「そこには言及させてはもらえなかったわ。お互いに折り合いはついてる、と言って。でも環境の変化とレビュン様は言っていたけど、お互いに嫌いになったわけでも、気持ちがなくなってしまったわけでもなさそう……複雑なのね」
「うーん、なんだか大人の恋愛って感じだね。わたしにはまだわからないや。でも、お互いに好きなら一緒にいられるのがいいよね。好きな人とは、一緒がいいから――え」
パリィの手が、無邪気な笑顔を見せるランナの頬へと伸びる。
手の平で触れるランナの頬は柔らかく、温かい。自分が心から望む、言葉にできない感覚が形となっているような気さえしてくる。
自分が心から望むのは、この笑顔だ。わたしにだけ向けられる、この笑顔の傍にいたい。守りたい。誰にも渡したくない。このまま、この手の中に留めてしまいた――そんな情感にパリィは支配される。
「パ、パリィ?」
「え、あ」
しかしその支配も一瞬。ランナの声でパリィは理性を取り戻した。
「ごめんなさい」
慌てて手を引こうとしたが、ランナの手が、自らの頬に触れているパリィの手に重ねられた。
「パリィ、帰って来てから……少し元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「平気よ」
ランナを安心させられるように平静に応じたのだが、彼女の顔は悲しげに沈む。
「わたしには、そうは見えないよ?」
「ランナ……?」
「夕べの食事だって、あまり食べてなかったよ? それに、わたしと話していても、いつもみたいに聞いてくれてなかったし……どうしたの? なにかあったの?」
「そ、それは――」
まっすぐと向けられた心配のまなざしに、パリィは窮する。
ランナ、あなたのことで胸がいっぱいで食事なんかできない、まっすぐに顔を合わし続けることさえ、苦しくなる――そう答えてしまおうか。そんな気持ちすら浮かぶ。
だが、そのままの気持ちを伝えてしまうことは許されない。
「ちょっと食欲がなくて。少しだけ疲れていたのかもしれないわ。でも、もう大丈夫だから」
「本当に?」
「本当」
「それならいいけど……なにか悩んでることがあったら言ってね?」
ぎゅっと、ランナの手に力が込められる。
「わたし……隊長とかそういうの関係なしにパリィが心配」
吸い込まれそうになっていたランナの瞳に、じわりと涙が浮かぶのを見た瞬間、パリィはランナを抱きしめていた。
「あっ」
顔を胸に抱え込むように、ランナを抱きしめる。
「心配しないで大丈夫よ。わたしはどこにも行かないわ。あなたを置いて」
「うん――」
ランナの手はパリィを抱き返す。
じゃれ合うように抱きつかれたことは何度かあったが、これほどにランナの気持ちを感じたことは、パリィにははじめてのことだった。
自分はランナに必要とされている。
それだけで十分ではないか。
それ以上を望む必要はない。
自分は彼女を守り、傍に居続ければ、それでいいのだ。
ランナが六煌剣を継承しようが、しまいが――時が許す限り共に居続ければ。
「パ、パリィ苦しい……」
「あ、ご、ごめんなさい」
「ううん。――えいっ」
パリィが手を離し、一度は体を離したのだがランナは再びパリィの胸に顔を押し当てた。
「え?」
「パリィの胸、帷子付けてないから柔らかいっ」
「な、なにを、ランナ? 帷子なんて滅多に付けないでしょう?」
「ふふ、前にこうした時は付けてたから。ねぇねぇ、ひとつ教えて」
自分の胸に顔を埋めるランナに、思わず顔がほころぶ。
「なにかしら?」
「わたし、だいたいパリィと同じものを食べて、同じような生活をしていると思うんだけど、どうしてこう……違うんだろう。胸とか、身長とか」
「どうしたの突然?」
「前から思ってたんだもん。どうして?」
「わ、わたしに聞かれても困るわ。けれど、なにも困ったことはないでしょう?」
「そうだけど……式典の時とかでルシェル様とパリィに挟まれて立つと少し恥ずかしいよ?」
「ふふ、そんなことないわよ」
「うぅ~、パリィはかっこいいから羨ましい。男の人からも人気あるでしょう?」
「な、ないわよ」
「本当? パリィみたいな人、きっとみんな好きだと思うよ」
「だからないってば」
「昔、黒様から聞いたことあるんだ。男の人は胸が大きい方が好き、って」
「あの人は……もう」
「あははっ、けど本当に、パリィってばこんなに綺麗なのに男の人には興味ないって感じだものね」
そう言われ、パリィは気が付いた。
男性に対し、なんらかの特別な感情を抱いたことがないということを。
レビュンはよい人だと思っている。信頼できるし、自分にもよくしてくれる。とても好感の持てる唯一の男性と言っても良い。しかし、そこまでの感情でしかない。
恋愛の対象であるという考えは、発想の段階で欠落していた。
「そうね……うん」
パリィはぽんと、ランナの頭に手を乗せる。
「パリィ?」
「そろそろ戻りましょう。朝食の時間になるころよ」
「あ、もうそんな時間。うん、行こう行こう」
ランナがくるりと踵を返した時、微香が漂った。
「ランナ? その香り……」
「あ、気付いた? うん、調整につけてみたんだ。戦闘香用だよぉ、えへへ、いい香りでしょう?」
「ええ、とても。なんだかとても、ランナらしい香りね」
「そう? じゃあわたし、これを戦闘香に使うね。パリィはもう決めた?」
「ううん。まだ考えてもいなかったわ」
「早く決めないと。後で一緒に考えようよ」
「ええ。お願いするわ」
言いながらランナと並んだ時だった。
「ねぇパリィ」
「うん?」
ぽつりと、何気なくランナがつぶやく。
「パリィって、もしかして女の子が……好き?」
その言葉はどすんと、パリィの胸に深く突き刺さった。完全な不意打ちを受け、パリィは息が詰まった。
「あ、あれ、ごめんパリィ、怒っちゃった?」
険しい顔になってしまっていたのを、ランナは勘違いしてしまった。
「ち、違うわ。怒ってないから」
「うん、変なこと言ってごめんね。さ、行こう行こう」
と、ランナは誤魔化すように笑うと、足を速めて宿舎へと向かった。
パリィは静かにその後を追うも、心臓は激しく鳴っていた。




