第010話「秘密」
【Tips:〇一〇 やらかし】
・後先を考えられるのが冷静さだと言うのなら、後先を考えないのは熱情なのか?
日頃冷静な剣士パリィも、そうではいられないことがあるようなのだが、無防備に寝ておられる剣士様にもいささか問題があるかと思いきや、拠点の宿舎の自分の部屋なのだから、無防備になるのはしかないよね!
【〇一〇 秘密】
時が止まったような静寂。
早鐘のようだった心臓も、この瞬間だけは音を消す。
はじめて唇で触れた他人の唇――それは思いの外にしっとりと柔らかく、人の温かさを優しく伝えてくれた。
触れただけだというのに、自身の奥深くにある何かがランナの奥深くまで届きそうな気持ちになり――。
「…………」
パリィは唇を静かに離し、ランナの寝顔を真っ直ぐに見た。
心音が内側から鼓膜を叩くように高鳴り、全身の血が一気に温度を上げる。
もっと。
もっと、より――。
そんな衝動がパリィに沸き上がる。もっとランナを感じたい。もっと、よりランナを近くに感じたい。
強くランナを求める気持ちの沸き上がりに、パリィは確信を得た。
自分はランナのことが好きなのだと。それは家族のようであるとか、同じ部隊の同志だとか、恩人だからということではなく、自分は今、本来ならば異性に向けられるべく好意だ。
「ランナ……」
火照っていた体が一瞬でぞくりと冷えた。
足が震え、崩れ落ちそうになる。
寝るランナに背を向け、パリィは思わず自分の肩を抱いた。
――どうしよう、どうすれば。
そんな不安が押し寄せる。
思いを伝えるか……いや、それはできない。伝えてしまえばランナにどう思われてしまうのか。今の状態ではないられなくなるかもしれない。それ以前に、今以上に親密になりたいと思っている自分に対し、ランナは嫌悪する可能性だって低くはない。
隠すしかない――パリィは覚悟を決める。今まで通りにランナに接していけばいい。
だがもし、昼に見たあの男がランナを自分から遠ざけてしまったのなら――。
拳に力が入り、パリィはハッと我に返る。
これはいけない感情、己の剣を重く鈍くする感情だ。剣士として抑え込まねばならない負の感情だ――そうわかってはいるが、抑えきれない。抑えきれない感情はパリィの眼へと押し寄せ、涙となる。
抑え込めない感情の結晶がひとつぶ、紫瞳から零れた時だった。
「んん……あ、あれ」
不意に背中からランナの声が聞こえた。パリィは慌てて涙を拭う。
「あ、パリィ? あれれ、わたし、あれ?」
パリィは平静を装い、笑顔でランナへと振り返った。
「疲れていたのかしら、寝ていたわよ」
「う、うん。ごめんね」
「いいのよ。平気。お風呂はひとりで入らせてもらったわ」
するとランナひどく悪いことをしたような、深刻そうな表情になる。
「……そっか。ごめんね」
「謝ることなんかないわ」
「だってパリィ、なんか悲しそうだよ?」
首筋に刃が触れたような感覚がパリィを捉えた。震えそうになる声を、必死に押し込み答える。
「そんなことないわ。大丈夫よ」
「それならいいけど……本当に?」
「本当。そんなことはいいから、お風呂行ってきなさい。途中でクラティアに会ったわ。今日のおやつは奮発したって言ってたから」
「え、本当? 楽しみだね。じゃあそれは一緒にね、パリィ」
「ええ。それではまた後でねランナ」
「うん」
笑顔のランナに見送られ、パリィは彼女の部屋を出る。
そして何も考えぬようにと心に言い聞かせながら、自分の部屋へと戻った。
思考を止めているにも関わらず、パリィには今し方に見たランナの笑顔が強く焼き付き、彼女への気持ちだけがまだ、胸の奥に灯されていた。




