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白花香  作者: 桐生スケキヨ
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第009話「誰も知らない唇」

【Tips:〇〇九 油を注がれた火】

・実際のところ行動に移せる人は強いが、普通なら思いとどまるようなことをやってしまえる、変に思いきりのいい人はそれが長所なのか、あるいは短所なのか。

どちらにせよ隙を見てなにかをやらかすのが上手い人というはいるが、それが不器用な効果をもたらすこともあるという例にならなければよいのだが……。


【〇〇九 誰も知らない唇】


 宿舎の浴場は広く、常にお湯が張られた状態になっている。昼夜問わない任務や訓練を行う隊員たちには好評だ。

 パリィは体と髪を洗い、湯船に身を浸ける。この時も傍らにはひと振りの剣を携行する。いかなる時も、剣士は丸腰になることを許されないからだ。

 ランナを待ちつつ、パリィは考える。

 脱走の件だ。

 剣士は絶対の忠誠が必要となる。脱走とは死に値する行為であり、不名誉極まりなく、他の剣士を侮辱するにも等しい行為だ。

 剣士の能力は国とそこに住まう民のための力。そこへの忠誠を欠いた力は己の欲望を満たすための暴力に成り下がる。かつて自分の住まいや家族を奪った盗賊団のように。


「…………」


 パリィは我欲のために振るわれる暴力に強い嫌悪感を覚える。

 ティーシャの剣術は強力。もしもその力が流出し悪用されたとしたら、被害の大きさは想像するだけで恐ろしい。

 そんなことを起こさないために、この件は早急に解決するべきと思いつつ、パリィは口元あたりまでをお湯に浸ける。

 熱めのお湯はもうすっかりとパリィの体を温めきっている。それなのに、未だにランナが姿を現さない。

 どうしたのだろうか、ふと不安がよぎる。

 脱走には外国勢力も関係しているという疑いもある。もしかしたらランナになにか――。

 そう思うと、パリィはジッとしては居られなかった。

 早々に風呂を出ると、髪を拭くのもそこそこに着替えを済ましランナの部屋へと向かう。



 ランナの部屋は三階の一番東側にある。つまり、パリィの部屋の真上だ。

 パリィはやや慌て気味に素早く扉を叩いた。


「ランナ、いる?」


 扉越しにランナの動く気配はなく、声も返らない。


「ランナ、入るわよ?」


 断りを入れパリィは部屋の扉を開く。施錠はされていなかった。

 ランナの部屋はパリィのそこと作りに大差はない。が、ランナの部屋には本が満載になっている大きめの本棚がある。

 机の上には外套(マント)開袴(スカート)が脱ぎっぱなしになっている。そして本人は寝台で仰向けのまま寝息を立てていた。


「……もう」


 パリィは苦笑しつつ、安堵の混ざった声を出した。


「ランナ。寝るならなにか掛けなさい。そんな格好じゃ寒いわよ」


 剣士にあるまじき無防備な姿でランナは寝ている。

 もっとも、周囲に微かな殺気や感じられない気配があれば、寝ながらに握っている剣が疾駆することになる。

 無防備な姿を見せてくれているということはそれだけの信頼があるということ。パリィはそれが誇らしく、嬉しい。


「ランナ?」


 起こした方が良いかとも思い、パリィは軽く肩を揺する。しかしランナは目を覚まさない。

 パリィの目に入るのは、ランナの血色のよい肌をした頬と、桃色の唇。


「ねぇ……寝てる……の?」


 確認をするかのように問うパリィの胸は、不思議と高鳴っていた。


「ラン……ナ? ねぇ……」


 小声で名を呼びながら、パリィの指先がランナの唇に触れる。

 それでもランナは起きる様子を見せない。


「ランナ……今日、あの男とどんな話をしていたの……?」


 ぽつり、呪詛を紡ぐかのように重くパリィの口から零れた。

 今のランナには答えられないと知りつつ、パリィは一番聞きたいことへの問いを重ねる。


「どうして、ランナあの時、わたしの知らない表情をあの人に見せていたの?」


 小声のパリィは、いつの間にかランナの耳元で囁いていた。


「ランナ、わたしには、あんな表情……見せてくれないの?」


 ジッとパリィはランナの寝顔を見つめる。


「わたしはね、ランナ――」


 ランナの唇を見つめると、パリィは目を閉じた。


「あなたを誰にも……だから、わたしは、あなたを――」


 自分でもなにを言っているのかわからないまま、パリィは気持ちを言葉ではなく、行動に委ねた。

 するとパリィの唇はランナの唇へと重ねられていた。


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