日本狼が帰ってきた 夜…地球がへこむ 音が聞こえる老人
✦日本オオカミが帰ってきた夜 — 地球がへこむ音が聞こえる老人
❥第1章 南極が泣いている
2025年10月15日。
南極・アムンセン=スコット基地が
観測史上最低の**−61.3℃**を記録した。
春へ向かうはずの南極が、
40年ぶりに氷の牙をむいた。
同じころ、北極では氷が例年より20%以上溶け、
地球の「頭」から湯気が立っているように見えた。
つまり――地球は、頭が熱くて足が冷えている。
働きすぎの人間みたいに、もう自分を整えられない。
「地球の交感神経が暴走しとるんじゃ…」
ニュースを眺めながら、
67歳の男は足湯でつぶやいた。
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❥第2章 地球は老人の鏡
かつて営業の最前線で働きづめだった男。
今はふるさとの部屋で、
沸かした湯に足を沈めてニュースを見る。
心臓弁膜症、静脈瘤、睡眠障害…
体のリズムは乱れ、眠りは浅い。
「わしの身体、まるで地球みたいじゃのぅ…。」
かかりつけの鍼灸師の言葉がよみがえる。
「頭を冷やし、足を温めなさい。
それが自然の循環です。」
北極が熱を出し、南極が冷えすぎる。
血流を失った67歳の身体のように、地球も今、
冷えと熱のアンバランスに苦しんでいた。
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❥第3章 地球の不整脈
あの日――2011年3月11日。
マグニチュード9.1の地震が日本を襲い、
地球は軸を10〜25センチ傾け、一日の長さを1秒短くしたという。
「あれは地球の心臓発作じゃったんかもしれん。
わしも65の時に体を壊した。
環境が変わると、大病は急にやって来る。
地球も同じなんじゃ。」
惑星は、自分がまだ生きているか確かめるように、
痛みを伴って鼓動を打つ。
あれ以来、地球の拍動は少しだけズレたままだ。
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❥第4章 インド洋のへこみと老人の古傷
ニュースが伝えた。
インド洋の一部で海面が100メートル沈下している――。
原因は地球内部の“歪み”。
沈みこんだ古代のプレートと、
アフリカの下から吹き上がる高温のマグマが押し合い、
海の底に巨大なへこみを作っているという。
「このへこみが海流と風のバランスを狂わせ、
モンスーンや雨のリズムを変えているんです」
――科学者。
遠い海のへこみは、
日本の気候・食料・心のリズムにまで影響している。
夏は40℃の灼熱、頻発する山火事、荒れ狂う豪雨
異常に発達した台風、地球の砂漠化…
物価は上がり、空気は乾き、借金は雪だるま式に増える。
人々の心はカラカラにひび割れ、
SNSの言葉は刃のように飛び交う。
誰かを責めることでしか息がつけない。
「遠い海のへこみが、
人間の心にまで波を立てとるんじゃ。
海水温上昇だけやない。真水も減っとる。
地球の皮膚が干からびてきとるんじゃ。」
男は湯気を見つめて思う。
「人間もそうじゃ。心に穴が開けば、呼吸が浅うなる。
地球も今、相当息が苦しいんじゃろう…。」
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❥第5章 モスキー音の街(若者・外国人を追い出す音?)
夜のコンビニ前。
若者を追い払うためにモスキー音が流れている。
それは高周波だから、老人にはほとんど聞こえない。
若者だけが耳をふさぐ。
「うるさい…なんでこんな音が…」
暑さ、痒み、怒り
――蚊に刺されたみたいなイライラが耳から刺さる。
これが現代の「防犯システム」。
危険な生き物だけに聞こえる音…?
だが実際は、人間版の害獣駆除に他ならない。
山ではクマ、街では若者。
どちらも“自然の子”なのに、文明は音で追い払う。
「昭和の教育は言うたはずじゃ。
自然を管理し、守れ――とな。
いつのまにかそれが曲がって、
**人間まで“管理”**するようになった。
高音が聞こえんのは、
お金持ちの老人には都合がええからのぅ…?」
67歳の老人は苦笑する。
そして思う――
人間も地球の一部だと、もう一度教え直さなきゃ、
社会は変わらん。
“支え合う社会”は、ずいぶん遠くなった。
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❥第6章 オーロラが降りてきた夜
その夜、山の湯。
男が空を見上げると、
雲の切れ間に緑と紫の光がゆらめいた。
「まるでオーロラみたいじゃのう…」
――それは本物のオーロラだった。
太陽の爆発が地球の磁場を乱し、
北極でも南極でもない日本の上空に、
光のカーテンを降ろした。
「太陽が咳をして、
地球が幻覚を見るようになったんじゃな…」
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❥第7章 明晰夢(老人の見た夢)
その光の下、
老人は足湯に浸かりながら明晰夢を見る。
森の奥から影が現れた。
――日本オオカミ。
絶滅したはずのその姿は、
人間のDNA再生技術で復活した個体だった。
若い科学者は言う。
「これで自然が元に戻ります。
科学の力で昔の森を再生するんです。」
しかし、男は首を振る。
「それも昭和の延長じゃ。
自然を支配する教育は何も変わっとらん。
それが神を怒らせ、
今の地球の血を滞らせとるのじゃ!」
便利を“進歩”、効率を“正義”と信じた社会。
拝金主義の果てに、地球は疲れ果てた。
人間はそれに気づかない。
「人間が神をまねれば、自然は人間をまねる。
これが、いまの地球の姿なんじゃ!」
オーロラの光が山々を照らし、
老人には、
地球全体が苦しい息をしているように見えた。
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❥第8章 日本オオカミの復活
夢から数ヶ月後。ニュースが駆け巡る。
「日本オオカミ、阿蘇山麓で初の野生出産を確認。
5頭の子ども誕生。」
SNSは歓喜に沸く。
「奇跡だ!」
「自然が戻った!」
だが、誰も気づいていない。
それが
――人間が制御できない自然の始まりであることに。
オオカミは静かに、しかし確実に増えはじめた。
九州から本州へ、本州から東北へ。
衛星画像の軌跡は、
山々が呼吸を取り戻す線のように見えた。
「自然を元に戻したつもりが、
自然に“寄り戻される”時代が来た。」
老人の言葉を、誰も信じない。
だが、リアルの世界では、
山の主が動きはじめていたのだ…
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❥第9章 ヨーロッパでオオカミが帰ってきた
同じ頃、
ヨーロッパでは“現実の復活”が進んでいた。
ドイツ、フランス、イタリア――
かつて絶滅寸前だったヨーロッパオオカミが、
再び森を駆けるという。
2024年時点、EUの調査で約2万3000頭。
10年前の倍。
ドイツは200群・1600頭以上。
彼らは、ポーランドからアルプスを越えフランスへ、
**「オオカミの道」**が再びつながる。
自然は蘇った。
だが、人間社会は悲鳴を上げている。
羊、馬、犬。
2024年だけで家畜5万頭以上が襲われたという。
農家の怒りと環境団体の歓喜が衝突する。
「オオカミを守れ!」
「いや、人間の生活を守れ!」
政府はGPS管理や限定駆除を試みるが、
森のオオカミは電波の届かない奥へ消えた。
「自然は戻った。
でも、人間の心はまだ戻っていない。」
あの明晰夢は正夢になった。
ヨーロッパの遠吠えが、
風に乗って日本に届く。
「次はお前たちの番だ。
覚悟しておけ!
お前は高音が聞こえんからな!」
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❥第10章 地球に呼吸をさせよう
オオカミの遠吠えが月に溶ける。
北極の熱と南極の冷気が混じり合い、
足湯の湯気のような霧が山を包む。
人間と地球の鼓動が、
ゆっくりと同じリズムを刻みはじめた。
「地球を大切にしたいなら、まず自分を大切にせぇ。
心にへこみを作らんこと。
他人や自然を責めんこと。
そして地球の鼓動を聞くこと。
それが、この惑星と呼吸を合わせるということじゃ。」
湯は静かに冷め、
オオカミの群れは森に消える。
残ったのは
――67歳の老人の高音の耳鳴りだけだった。
(完)




