庶子で妹なので、婚約解消の原因役を押しつけられました
「トレヴァー様はあの妹さんばかりを気にするではありませんか!」
「誤解だ! アイシャはそんなんじゃない!」
当家で兄様とその婚約者のお茶会の最中、淑女らしくない大声に思わず首を竦めてしまう。
あの妹ってわたしのことだよね?
隅っこで目立たないようにしていたのになあ。
別室にいればよかったじゃないかって?
いえ、いなきゃいないでテオドラ様は、わたくしと顔を合わせるのが嫌なのねきーっ! って感じなの。
トレヴァー兄様も災難だけど、テオドラ様も相当おかしいんじゃないの?
テオドラ・シェルヘイム侯爵令嬢。
とても美しい方で、兄様とはヴィジュアルのバランスが取れている。
素直に似合いって言えないのは、さっきの大声で察して。
うちウェストウッド侯爵家とは家格も合ってるので、婚約の条件としてはいいと思う。
傍から見てだけど。
わたしがウェストウッド侯爵家に来たのは最近だから、兄様とテオドラ様の詳しい婚約事情は知らないの。
わたし?
父様の庶子っていう設定だよ。
実の母が亡くなったので、引き取られてきたの。
いきなり美形の兄ができて、わたし眼福。
庶子風情が飛び込んできちゃって、奥様怒るかなあと思った。
そしたらすごくいい人で、わたしの立場に同情してくれるの。
さすがに名門ウェストウッド侯爵家の夫人ともなると、人間ができてるわ。
わたしも母様と呼ぶことにした。
いいところに引き取られてきた。
わたし幸せと思っていたんだよ。
そうしたら兄様の婚約者という、とんだところに難物が。
……テオドラ様まだキャンキャン吠えてる。
こういうの何て言うんだろ?
弱い犬ほどよく吠えるじゃなくて、強い言葉を使うと弱く見えるじゃなくて。
トレヴァー兄様よく辛抱しているなあ。
辛抱しているのはわたしもだ。
今中座したら何言われるかわからん。
わたしが標的になると兄様に悪い。
不快だけどじっとしているしかない。
……しかしテオドラ様、今日は何故か兄様がわたしばかり構うという論調だなあ。
まあわたしが放っておかれるなら、兄妹仲が悪いって言うんだろうな。
どうして婚約者に文句つけたがるんだろう?
不思議。
「テオドラ、すまない」
「いいえ、もう許せませんわ! お父様に婚約解消の手続きを取ってもらいますわ!」
えっ?
自ら傷物令嬢になりにいく新機軸?
どういうこと?
公平に見て、トレヴァー兄様はちっとも悪くないと思う。
いや、真面目だから、愛情が表に出にくいタイプではある。
でも優しいよ?
テオドラ様って褒められたりベタベタされたりが好きな人なのかなあ?
「失礼いたしますわっ!」
「送っていこう」
「結構よ!」
あっ、テオドラ様帰ってしまうみたい。
軽く会釈しておくが、こちらを見ていない。
でもどことなく喜んでいるように見える。
どうして?
テオドラ様が退室した後、わたし付きの侍女に聞く。
「ヘレン、どう思う?」
「違和感がありますね」
「テオドラ様に何かの事情があるのだと思うわ。どういうことか調べられる?」
「可能です。アイシャ様はトレヴァー様のフォローをお願いいたします」
「了解よ」
明らかに落ち込んでいるトレヴァー兄様の背中にダイビング。
役得だ。
「兄様」
「あ? ああ。アイシャか」
「テオドラ様はどうしたのです? 今日はいつにもまして機嫌が悪そうでしたが」
「僕がアイシャに構っているのが気に入らないらしい」
「わたしさほど兄様に構われている気がしないのですが」
兄様に十分構われているなら、淑女らしくないダイビングなんてしないのに。
「まあテオドラはアイシャがうちに来る前からああだった」
「短気ですよね。わたしのせいにされても困るなあと思っていました」
「僕のことが気に入らないんだろうな」
「奇妙ですね」
トレヴァー兄様ほどの貴公子を邪険にするってどういうことだろう?
我が儘も過ぎるんじゃないの?
「テオドラは完璧な淑女だろう?」
「かんぺきなしゅくじょ? ああ、あまりにもイメージとかけ離れていましたから、一瞬頭に入ってきませんでした。淑女でしたらあんなみっともなく怒鳴ったりしないと思います」
「いや、学校ではお淑やかで隙を見せないんだ。成績や美貌と相まって、高嶺の花の令嬢扱いでね」
あのテオドラ様が?
ええ?
わたしはうちでしかテオドラ様を見ないから知らなかった。
「僕もテオドラの婚約者ということで、大層羨ましがられているのだ」
「優秀な方なのですか。ただの自分勝手でヒステリックな人かと思っていました」
「……僕が至らないせいでテオドラが怒ってしまうのかと」
「そんなことありませんよ! 兄様は素敵です。わたしが保証します」
「ありがとう。アイシャは優しいね」
でもいよいよ変だ。
テオドラ様は兄様に甘えて難癖をつけているのでもないし……。
甘えているのなら、婚約解消なんて言いださないよね?
……王立学校で完璧な令嬢を演じることができるのなら、バカということはあり得ない。
優秀なテオドラ様がどうしてトレヴァー兄様には突っかかるのか?
「兄様、テオドラ様に何か目的があるとしか考えられません」
「うん……。しかし目的といっても……」
「確かにわかりにくいです。ヘレンに調査を命じました」
「えっ、ヘレンに? 大げさではないかい?」
ヘレンのルートで調べると、かなり詳細な報告書ができ上がってきますからね。
「大げさではないですよ。ウェストウッドとシェルヘイム、両侯爵家に関わることなのですから。ナイテリオス王国の一大事です」
「ま、まあ。アイシャが重要と判断しているのなら」
「すごく重要だと思います」
一見テオドラ様が損になるような行動を取るのはどういうことか?
テオドラ様には何らかの秘密があるはず。
当然隠そうとしているに違いないが、ヘレンのルートから逃れられるとは思えない。
「確かに僕もテオドラの態度には納得いかない部分があるんだ」
「兄様は全然悪くありません。調査結果をお待ちください」
「わかった。よろしく頼むよ」
◇
――――――――――数日後。テオドラ・シェルヘイム侯爵令嬢視点。
わたくしとトレヴァー様との婚約は無事解消になりました。
無事というのもおかしいですかね。
だってトレヴァー様は朴念仁なのですもの。
ええ、普段は淑女の仮面に隠していますけれども、自分が欲しがりなのは承知しておりますわ。
でもそれの何がいけないの?
侯爵家の娘が幸せを求めてはいけないというのは、理不尽でなくて?
トレヴァー様は美形で文武両道で、評判のいい貴公子ではあります。
令嬢方に羨ましがられることも多かったですわ。
完璧にわたくしを婚約者として大事にしてくださいました。
でもそれだけですの。
トレヴァー様は愛というものを御存じないのではないかしら?
プライベートなお茶会の時くらい、わたくしに心を開いてくれてもいいのではなくて?
わたくし達の婚約は政略だと、もちろんわかっておりました。
でも愛の言葉の一つでも投げてくださればよろしいでしょうに。
第二王子カスバート殿下は違いますわ。
会うたびに美しいの愛してるの仰ってくださって。
……わたくしに婚約者がいるのにも関わらずそういう態度なのはどうかと思います。
が、求めていたことだったのですわ。
わたくしが密かにカスバート殿下に思いを寄せてしまうのは、当然のことでありました。
ああ、でもわたくしは婚約者のいる身。
トレヴァー様は傍から見れば完璧な貴公子。
婚約が解消される見込みはなく、ついトレヴァー様に当たってしまうことも増えました。
状況が変わったのは突然でした。
トレヴァー様にアイシャという妹ができたのです。
ウェストウッド侯爵家の御当主バーニン様の庶子ということでしたね。
わたくしとはタイプの違う、守ってあげたくなるような令嬢で。
閃きました。
トレヴァー様が新しい妹にうつつを抜かし、わたくしを蔑ろにしていることにすればいい。
アイシャ様はそれを信じさせることができる程度には可愛らしいです。
少しずつ友人達を通して、トレヴァー様シスコン説を流布しました。
わたくしに追い風が吹いていました。
公明正大で陛下の信頼も厚い侯爵バーニン様に庶子がいるということが知られてくると、ウェストウッド侯爵家自体の評判が下がり気味になったのです。
そこでトレヴァー様がわたくしに対して冷淡と吹き込んだら、お父様が婚約解消を了承してくれました。
やりました!
わたくしはカスバート殿下との愛に生きますわ。
王族のカスバート殿下ならトレヴァー様より身分は上。
お父様もきっと喜んでくださいますわ!
ちょうど来月、王家主催のパーティーがあります。
カスバート殿下にエスコートしてくださるよう、頼んでおきましょう。
◇
――――――――――一ヶ月後、王宮でのパーティーにて。アイシャ視点。
今日はわたしのデビューの日。
ちょっとだけ緊張するけど、トレヴァー兄様がエスコートしてくれるから大丈夫。
もっともあとちょっとで兄様ではなくなるの。
陛下に挨拶したら、そのまま呼び止められた。
あ、パーティー開始早々なのに、もう発表するらしい。
参加者に話題を提供するつもりかな?
「皆の者! これなる娘は本日デビューのアイシャという。わしの庶子じゃ」
おお、結構皆さんビックリしてる。
今までわたし、ウェストウッド侯爵家の庶子ってことになってたからな。
それには理由があるんだよ。
わたしの母親が王家の影なの。
実の母様は美人だったから、報告のために陛下に会っていれば愛されることもあるかなあと思う。
ちなみにわたし付きの侍女ヘレンも影だよ。
母様の元部下。
「アイシャはウェストウッド侯爵家嫡男トレヴァー君の婚約者となる」
わあ、温かい拍手をたくさんいただいた。
嬉しいなあ。
母様が亡くなった後、わたしの扱いをどうするかに関しては結構揉めたの。
母様に身分がないから、王女として認めるにはどうかってことがある。
でもそんなこと言い出すと、影達が不満で忠誠度に問題が出そう。
なので政府高官として事情を知っていた父様(陛下じゃなくてウェストウッド侯爵家当主バーニン様の方ね)が、自分の庶子として引き取った。
陛下と母様のロマンスは影達の間でもちろん有名で、愛の結晶であるわたしまで熱烈な支持を受けていて。
だからこそわたしは迂闊に身分を明かせず、事情を知らない家の令息と婚約するということもできなかった。
だって王家の影って、国がひっくり返るほどの情報を持っているもん。
陛下の落胤っていうわたしの立場と化学反応を起こすと、えらいことになりそう。
諜報を司るウェストウッド侯爵家で飼い殺しかなあと思っていたところにあの事件。
兄様ことトレヴァー様とテオドラ様の婚約解消があったから。
じゃあわたしは陛下の娘であることを公表して、トレヴァー様の婚約者でいいんじゃない? ってことになった。
結果的にテオドラ様の超ファインプレイだわ。
トレヴァー様と婚約なんて、わたしも万々歳の結果だよ。
誠実で優しくて格好いい殿方だもの。
この時点で初めて父様もとい義父様が義母様とトレヴァー様にわたしの素性を明かして。
二人はビックリしていらしたけど、義母様はこれからも家族であることに変わりはないわねって言ってくれた。
義母様は本当にいい人。
わたしは母様と義母様を見習って、素敵なレディになりたい。
「もう一つ発表がある。次男のカスバートは、メラニー・リプトン子爵令嬢と結ばれることになった。メラニー嬢のお腹の中には、既に新しい命が宿っておる!」
これまた大きな拍手だ。
カスバート殿下のお相手としては身分が低いと思うけど、愛する二人が結ばれるのはいいことだと思うよ。
あ、テオドラ様扇を落として呆然としてる。
テオドラ様はカスバート殿下に懸想しているのではないかっていう、ヘレンの報告があったけど、当たってるみたい。
「わしからの話は以上だ。さあ、今宵を楽しんでくれたまえ」
◇
――――――――――数日後、ウェストウッド侯爵家邸にて。トレヴァー視点。
「……ということなのです」
「全然気付かなかった」
アイシャとヘレンから、テオドラ……テオドラ嬢について報告を受けた。
テオドラ嬢はカスバート殿下のことが好きだったのか。
僕から見ると殿下は、落ち着きのない軽い王子にしか思えなかったが。
僕はテオドラ嬢の好みすら把握していなかったのだなあ。
「おそらくですけれどもね。テオドラ様が自分の本心を明かすことは、どうやらなかったようでしたから」
ヘレンの言葉に頷く。
いや、当たっていると思う。
テオドラ嬢には女心がわからないのなんのって、よく言われてたから。
カスバート殿下は歯の浮くようなセリフが得意だものなあ。
ヘレンが王家の影だということは知っていた。
というかそもそも、父上ととある王家の影の女性との間の子がアイシャだという説明を受けていたから。
そしてヘレンはアイシャの母の部下だと。
諜報部長の父上ならばありそうなことだと思ってしまっていた。
実際にはアイシャの父は陛下だったわけだが。
「しかしカスバート殿下は、メラニー・リプトン子爵令嬢と結婚するのだろう? テオドラ嬢はどうなる?」
「まだ何も決まっておりません」
「でもテオドラ様は王立学校で人気者なのでしょう? すぐ相手は決まるのでは?」
「アイシャ様、そう簡単にはまいりませんよ。お相手の身分もありますし」
頷かざるを得ない。
テオドラ嬢がカスバート殿下に惹かれたのは、僕より身分が上だったということもあるだろうし。
テオドラ嬢の相手に誰が相応しいかって、ちょっと思いつかない。
「テオドラ嬢には幸せになってもらいたい。僕にも悪いところがあったから」
「「それです!」」
「は?」
声を揃えて何だ? 一体。
「終わったことはどうでもよろしいのですが、今後のことは重要です。すなわち、トレヴァー様とアイシャ様の仲がギクシャクしてはいけません」
「大いに反省を生かしてください」
「えっ……具体的にどうすればいいだろう?」
「実の母を亡くして可哀そうなわたしを、ベタベタに可愛がってください」
思わず苦笑だ。
そういえばテオドラ嬢にも、愛が足りないみたいなことを言われた。
アイシャも異母妹としてうちに来た時、母上にハグしてくださいと言っていたなあ。
紳士として淑女に対する時と、親しい女性に対する時の距離感。
これまで僕のあまり考えていなかったことかもしれない。
テオドラ嬢のことは仕方がない。
僕に婚約者としての非があったかもしれないが、テオドラ嬢にも婚約者がありながらカスバート殿下に夢中になったという非があった。
イーブンだ。
僕は新たな婚約者アイシャに愛想を尽かされないようにしなければならない。
「ベタベタにか。こうか?」
アイシャをぎゅっと抱きしめ、おでこにキスを落とした。
「い、いきなり距離が近いですね」
「む、まずかったか?」
「「完璧です」」
そうか、これが婚約者の距離か。
しっかり覚えたぞ。
「トレヴァー様、もう一つ重要なことがあるのです」
「何だろう?」
「わたしへの思いを繰り返し口にすることです」
「可愛い。愛してる。ずっと一緒にいてくれ。こんなところか?」
「ああ~」
「トレヴァー様は実に優秀でいらっしゃいますね」
心を隠すのが貴族としてのありようだと考えていた。
場合によりけりなのだな。
アイシャが瞳をウルウルさせている。
「トレヴァー様、わたしも好きです」
「おおう、込み上げるものがあるなあ」
「えっ? ひょっとして、テオドラ様には言われてなかったですか?」
「言われてないな」
アイシャとヘレンが顔を見合わせている。
そうか、一方通行ではなく、互いに愛を語り合うものだったか。
「お可哀そうなトレヴァー様。わたしがたくさん言ってあげます。好きです、好きです、大好きです」
「たくさん返さねばならんな。愛してる、愛してる、大いに愛してる」
「大変結構ですけれども、見せつけられる私のことも考えてくださいな。熱くなってきたので、窓を開けてもいいですか?」
アハハ。
確かに幸せを感じる。
テオドラ嬢が婚約者だった時には知らなかったことだ。
これが正しい婚約者同士の関係だと、肝に銘じよう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。