第三話②「泣かないで」
森の奥深く、楽しそうに笑う声が一つ。
そこには、
「はーーーはっはっはっ!!!!!
オラオラァ!お宝はどこだーい!冒険は楽しいなぁァァ!!!!」
全速力で走りながら周囲を見回す奇っ怪な男の影があった。だがしかし、そんな姿も…
キキーーーーーッッッ!!!!とまるで車が急ブレーキをかけたように止まったことで終わりを迎えた。
「…あれ?アリーナはどこいった?もしかして…
──迷子か??」そう言いながらふむ…と顎をさすりながら辺りを見回すレクス。
「よし、決めた!!アリーナを見つけよう!!!」
ニッカリと笑い、今度はアリーナ捜索のために走り始めるのであった。
…アリーナとは真逆のあさっての方向へ。
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森の奥深く、悲壮に悲鳴をあげる声が一つ。
「ひぃぃぃぃぃ!!!!!」
大きなゴブリンに追いかけられながら全速力で走る女の影があった。
「やばいやばいやばい…こんなのに殴られたら私……!」最悪の状況を考えながらゴブリンから逃げる、逃げる、逃げる!
…しかし、体格差があり過ぎる大きなゴブリンに対して逃げられる訳がなくあっさりと
ガシッッッッ!!とアリーナは大きなゴブリンに身体を掴まれてしまった。
ギチギチ…と凄い握力で身体を掴まれ、指一本動かす事ができない。
握力が増す度に痛い、苦しい、怖い そんな感情がレモンを絞るかのように溢れてくる。
「グォォォォォ!!!!!」
そんなアリーナを掴んだ腕を
ブン!!と高く振り上げる。
地面からゴブリンの腕までの距離はおよそ
7m70cm。ゴブリンの腕力を持ってすれば一瞬だろう距離もアリーナには凄くゆっくりに感じた。
それを感じたアリーナは死を悟り、恐怖の感情も薄れ、「今日の朝ごはん美味しかったな…」「結局エモシアになる前に死んでしまうのか…」そんな他愛も無いことを考えていた。
それでも、それでも諦めたくない……
心の内で誰かがそう叫んだ気がした。
心の内で叫んだ犯人は…エモシアになりたい幼い頃の自分であった。
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──私は、幼い頃から人の感情に敏感であった。
誰かが泣いていると何故か泣いてしまったり、怒っている人がいるとこちらも何か腹が立ってしまう。
そんな感覚に苛まれる事が何度かあった。
しかし、13歳のある日…そう
エモシア適性検査を受けたあの日。
「感動者としての適正がある。」と適性検査も合格し、どんなエモシアになれるのかとウキウキしていたあの日。
さっそく感動者として、適性検査の合格者達が順番で大勢の前に出て、どんな能力が発現するのか試す。そんな時の出来事だ。
「いよいよ私の番だ」と、意気揚々と出て行ったが、どんなに力を込めても何も起きなくて……
そうすると、何だか周りの人から馬鹿にするような言葉とか見下すような言葉が言われてもないのに沢山入ってくる。
慰めようと近づいてきた友達が内心では「ライバルが減った!ラッキー♪」等と喜ばれる。
そう、この日から私は…人の声を聞けなくなった。
いや、聞かなくなったのだ。
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幼い自分自身の声を聞き、その刹那幼い頃にあった不思議な感覚を思い出す。
──その瞬間。
まるでゴブリンとアリーナの間を小さな糸が繋がったような感覚に苛まれる。
すると、ゴブリンの方から
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!!!
殺してやる、殺してやる、殺してやる!!!
と、まるで呪詛の様な感情が雪崩込んできた。
ゴブリンも小さな糸が繋がったような感覚にビックリしたのかパッとアリーナを掴む手を離してしまい、アリーナはあさっての方向に投げられた。このまま垂直に地面に叩きつけられていたら即死だった。しかし辛うじて投げられた方向似合った草木がクッションとなり最悪の事態は免れた。
しかし、投げられた時の痛みを気にする余裕等アリーナにはなかった。
無限に雪崩込んでくる憎悪の感情…
この感情を小さな体で受け止められるわけもなく、地面に蹲ってしまう。
「心が、痛い…ちくちくする…。気持ちが悪い…。」必死に他者から雪崩込んでく来る強い感情に耐えていると…
──アリーナの目から涙が一筋、零れ落ちた。
「……かな、しい?なんで?」
そう呟くと、勝手に脳内に入り込んでくるこの、大きなゴブリンの記憶。
このゴブリンは先程のゴブリンの巣穴に居たゴブリン達の父親であった事。
最愛の妻と子ども達を、食料を持って帰って来た時には全部炭になっていた事。
子どもたちの産まれたあの日を思い出し、失った苦しみに耐え切れず暴れるしか出来なかった事。
沢山の記憶がアリーナの脳を支配する。
「……そう、だったんだ。」
全てを失った悲壮感、恨み、全てを共感したアリーナ。
しかし、人間に害を成すゴブリンを駆除しなければ死ぬのはこちらの人間の方だ。
"殺されて当たり前"そんな悲しい存在がゴブリンである。
自らが退治しようと思っていた、全滅させてやろうと意気込んでいたゴブリン。
その対象の感情が流れてきてアリーナは……
ただ、
助けたいと思ってしまった。