第七話③「クソ野郎」
きゃあああああ!!!!!という悲鳴が
ミラディア中に響く。
その方角をむくと、映るのはガタイのいいオレンジ髪の青年と、そのすぐ顔の真横にある赤を基調とした黒いラインの入ったスカートに纏われたお尻……ではなくアリーナだ。
「お前、皆から命狙われてて、何したんだよ!」
空中の暴風に抗いながら声を上げるレクス。
「し・り・ま・せーーーーーーんっっっっ!!!!」
「というかっっ!!あれは!!!操られてるんですーーーっっっ!!!!」
風に負けじと小さなお口を大きく開き、レクスの問いに答えるアリーナ。
「…なるほど。なら、能力者を叩けばそれで解決だな。」
そう呟くと、瓦が砕けるような着地音と共に、民家の赤い屋根に着地し、周囲の建物に視線を走らせる。
「うーーーーん?ここからじゃわかんねーな。」
「いいですから!降ろしてください!
この格好、恥ずかしいんです…っ!」
「あぁ、わりぃ。」
謝罪しながら優しくアリーナを肩から降ろした。
「全く、レクスさんのばかっ、あほっ。」
頬を赤くしながらレクスを睨むアリーナ。
そんなことを気に留めずに、レクスは辺りを観察する。
「あ、そうだ。」と、豆電球がレクスの頭に浮かぶ。
「アリーナの能力で、居場所を特定とかって出来ねーのか?心が読めるやつ!」
「あ!そっか、その手がありましたね!
いや〜、流石レクスさんっ!」
目をつぶって、辺りの声を聞いてみる。
「脱獄者だ!」 「家の夫が!」 「アリーナ?なんの事だよ、目を覚ましてくれー!」
「今日から吾輩がこの家の主である!」
「アリーナっていや確かあの"無能力なんちゃら"とかっていう…」「出前遅いな……」
「チッ、映画館でスマホ見るとか何しに来てんだよ……」「ぱぱ?まま?どこいくの?」「遅延かぁ…」「こちらは時間通り来ないと置いてかれるのに、補償もなく当たり前のように10分以上何度も遅れるってありえないだろ!」
──「そうだ、殺せ…アリーナを殺せ。」
やけにキザでねっとりとした声がピーンと聞こえた。
声の聞こえた方角を振り返る。
目に映ったのは黒髪で顎が鋭い、ハンサムな
顔立ちの窶れた囚人服を着た男。
彼は、整然と石畳が敷かれた中央の広場に立っていた。
「いたーーーーっ!!!いました!クロードです!」
と、元気よく指差すアリーナ。
「はっはっはーっ!!流石アリーナだな!」
豪快に笑うレクス。
「いや〜、それ程でも…ありますけどぉ〜〜」
にへーっとした顔で頭を掻きながらテレテレとする。
レクスの方向を目を開けてみてみる。すると、
「あれ!?いないっ!」
クロードの方を見れば、そこにはレクスの姿があった。
ここからの距離は300m程はある。
彼の脚力はどうなっているのか、検討がつかない。
「は、早っ!あれ?というか私……ここからどうやって降りるのーー!!!」
彼女の声が、今日もこの町に響く。
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「よォ、"地獄"での生活はどうだった?変態野郎!!」
ニカりと笑いながら挑発をかけるレクス。
それに動じずボーッと空を見るクロード。
あの頃の小うるさいキラキラとした爽やかなイメージとは明らかに違う。
「あー。君の方が来たんだ。それに、変態野郎は君だろ?僕の"獲物"を奪った。」
怒りが混じったような声を放った途端、クロードの背後から、レクスに向けて雷の槍が飛んでくる。
「あっっぶね!」
と、頬をかすりながらスレスレで避けるレクス。
「予定変更だ、まずはお前から殺す。」
クロードが呟くと中央広場には続々と住民達が集まってきた。
「クロード様の、仰せのままに。」
レクス目掛けて襲いかかる老若男女。
それを見て、歯を噛み締めながら拳を握るレクス。
「……爆炎龍の、」
呟くレクスを遠くから見て
「やばい!レクスなんて、死に様イカレ野郎さんなんだから…"はっはー!ここがこいつらの死に様に相応しいぜー!最高だー!"なんて言って…皆殺しにするに決まってる……
あわわわ、どうしよう。」
焦るアリーナに反してレクスは
予想外の行動に出た。
自慢の脚力で大きく飛び上がったレクスは、
住民達を飛び越してクロード目掛けて"空中を蹴る"。
「鉄拳!!」
炎を纏った拳が振り下ろされる。
──が、クロードを庇うように目が虚ろの男が立ち塞がった。
「──なっ!!」
瞬間、起動を逸らした拳は地面をかち割る。
「随分と、お優しい事で。」
クロードがニヤリとしながら呟く。
「ちくしょう、この屑が!」
激昂のまま、顔を上げるとその先には
手からパチッパチッと音を鳴らし光が溢れる
茶髪をしたショートカットの目が虚ろの女性。そう、受付嬢スフレの姿であった。
「──やれ。」
号令と共に手から電撃を放つスフレ。
もう、あの優しかった受付嬢はもうどこにもいないのだ。
電撃が直撃してしまったレクスは
「ぐああああ!!!!」と叫びながらその痛みに耐えるしかなかった。
「ククッ……ハハハハッ!!!!
素晴らしい、素晴らしいぞ僕の能力!!!
前とは違って広範囲に、そして……
強力な感情なき奴隷を複数操れる!
最高の能力だ!!!」
「んの、野郎……!」
身体が痺れ、床に這いつくばりなからも
クロードを睨むレクス。
「それに、残念だったね。
僕とこいつら達は繋がっているんだ。
僕を攻撃したら彼らにまでダメージはそのまま行くのさ。」
レクスを押さえ込もうと筋骨隆々の男達が
周りに集まってくる。
「…流石に分が悪いな。」
と、冷静に呟きながら地面に拳を突き立てる。
「んん?何をしようってんだ?」
スフレに手で合図を送るクロード。
「噴煙龍の逃煙!!」
その声と共に地面に立てた拳から煙が火山のように噴き上がり、辺りを白く覆い隠していく。
「うわわ……」
アリーナの元にまで、その風圧が押し寄せてきた。
その時、アリーナのすぐ近くでシュタッと音が聞こえる。
耳元で「逃げるぞ。今の俺じゃ対処出来ねぇ。」と、悔しそうな声な聞き覚えのある声がアリーナを肩に担ぐ。
そして……ビュンッ!と勢いよく、クロード達とは真反対の方向に飛んでいくのであった。
「…逃げたか。でもまぁ、いいよ。
僕のこの力からは逃れられないんだから…
ふふ、くくくくく…くはははははは!!!!!」
あくどい笑い声が街中に響き渡った。
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パリーーーーン!!!!と、家の窓に突撃するレクス。
辿り着いたのはアリーナの部屋であった。
「はぁ…はぁ…クソッ!あの野郎!!
町の人たちを盾に使いやがった!!」
怒りを露わにするレクス。
何も出来なかった自分の無力さを内心非難しつつ、一先ずこのピリリとした雰囲気を宥めようとレクスに声をかけるアリーナ。
「で、でも少し意外でした。
レクスさんって最高の死に様だー!って言って
命に無頓着なイメージがあったので…
人とかお構い無しに、クロードを殴ると思ってました。」
「感情を押さえつけられながら"奴隷"呼ばわりされて死ぬ……そんなん、死に様でもなんでもねぇ!!ただの無駄死にだ!!!!人の死、そのものへの冒涜に他ならねぇよ!」
「クソっ!」という声と共に床をドン!と叩き
冷静さを取り戻そうとするレクス。
「死への冒涜……。」
レクスの台詞を聞いて、アリーナは過去の彼の発言を思い返す。
─「死に様ってのはつまり…どう生きてきたかって事だ、生き様を全部突っ込んだ最後の土壇場の一発!それが、死に様って奴なんだよ!!」
─「こいつは家族の復讐の為に、戦って死んだのか!なんて最高の死に様なんだ!!
くぅぅぅー、羨ましいぜ!!!!」
彼の発言は、形はどうあれ死への圧倒的な敬意と尊敬があった。
それは、彼自身が命というものを尊重し、その人個人の自由と意思を尊重しての最大限の手向けであったのだ。
その事に気づき、アリーナは自分の頬をパチン!と叩く。
「な、なにしてんだ?まさかお前まであやつられ……っ」
戸惑うレクスに関わらず頭を下げるアリーナ。
「ごめんなさい。あなたの事、誤解してました。」
言い終わったあと、赤く腫れた頬を撫でながら
覚悟の決まった顔で宣言する。
「こんな事、許してなんておけません。
一緒に打開策を考えましょう!」
その顔を見たレクスは、ニヤリと笑う。
「ああ、頼んだぜ…相棒!」
さぁ、反撃の時間だ。