第六話③「"無能力少女"の追憶 part3」
──ミラディアのすぐ近くの野原は、子どもたちにも人気の遊び場である。ここまで街に近いと流石のクリーチャーも大勢の人の気配を察知し、あまり近づかない為、安全だといえる。
念の為、「ここは人間の縄張りだぞ!」と警告するように鈴が着いた柵が野原を囲んでいる。
しかし、柵を超えて奥の方へ入っていくと危険な森へと繋がってしまう。
「ここからは先は立ち入り禁止」なんて看板が
目に入らない猪突猛進な少女がここにいた。
「エレナおねーちゃんのやくに立てる!」と、鼻息を荒らげながら森の奥にズカズカと入り込んでいく勇敢で、愚かな少女。
気分は、まるで「伝説の花を求めての大冒険」だ。
しかし、そんな彼女に迫る影がひとつ。
「……ひゃ、な、なにっ!?」
急に、草むらからガサガサと音がする。
「がおおおっ!!」
飛び出してきたのは、背中にトゲトゲを生やした大きな犬型のクリーチャーであった。
「ひっ……! え、えっと……っ」
腰が抜けて、しりもちをつくアリーナ。
大きな目に涙をためながら、必死にクリーチャーを見つめる。でも、逃げようにも足が動かない。
「……ひ、ひっぐ。」
初めて生で見るクリーチャーを前に泣き出す寸前のアリーナ。
犬型クリーチャーはうなりながら近づいてくる。
──その時。
アリーナの中に、ふしぎな気持ちが流れこんできた。
「お、おこってる?……こわがってる……?」
「…どこか、いたいの?」
ぽつりと、そうつぶやいた。
見れば、犬型のクリーチャーの背中にトゲがある。その一本が、なんだか変なふうに曲がっている。
違う、よく見るとそれは木のトゲであった。
深くささっている。
「ちょ、ちょっとまってて?……ぬいてあげる。がんばって、がまんして?」
震える手で、そっと、そっと背中にふれる。
犬型のクリーチャーは「びくっ」、と反応したけど、逃げる気配も襲う気配もない。
「よいしょ……っ」
ぐいっ、とトゲを引っこぬいた。
犬型のクリーチャーが短く鳴いて、そのままぺたんと座りこんだ。血は滲んでいたが、もううなり声はなかった。
それどころか、ぺろりとアリーナの手をなめた。
「えへ……なかよし?」
にこっ、と笑ったそのとき──
「アリーナっ!!」
ぱしゅん、と草をかき分けて飛び込んできた声。振り向けば、エレナだった。
真っ先にアリーナを抱きしめる。
「おバカさんっ…!なんで、こんなとこまで来てるのよ!」
「ご、ごめんなさい……でもでも、トゲささってて、かわいそうだったから……」
エレナは驚いた顔で、アリーナの背後のクリーチャーを見た。
その目に映ったのは、穏やかな顔でアリーナのそばに座るケモノの姿。
「……っ!あなた、本当に……。」
ぽつりと、エレナが呟いた。
「あなたなら、託せるかもしれない。
私の叶えられなかった夢を。」
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犬型クリーチャーに「ばいばいっ!」と元気よく別れを告げ、エレナと手を繋ぎながらエレナの家へと到着した。
家の中に入った途端、エレナはいつものふざけな様子とは打って、アリーナに背を向けて立っていた。
そして、呼吸を整えて苦悶の表情を浮かべながらアリーナの方へと振り返る。
「アリーナ、今からあなたに見てもらいたいものがあるの。」
そう言い終わったあと、パチン!と指を鳴らす。
その瞬間、アリーナの脳内に直接…映像が流れた。
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その記憶は、エレナとそして、「シュナイデル」と呼ばれるエレナの婚約者との話だった。
淡々と、見せたい場面だけピックアップするようにアリーナの中に断片的に記憶が入り込んでくる。
エレナの小さい頃からの夢は「世界中の人々や生物、クリーチャーと通じ合い、争いではなく話し合いで解決する世界を築くこと。」であり、それを実現する為にエモシアとなったこと。
「感情を共有する」という能力を活かし、あらゆる地方地域で人助けやクリーチャーの無力化を行い、10年かけてS級のエモシアに昇格したこと。
そして、その夢に初めて心から共感して貰えたのが、波動連の中でたまたま出会った7シュナイデル」であったこと。
何回もデートを重ね、やがて異性としてお互いは惹かれ合い…お付き合いを始めたこと。
誕生日ともなればお外に祝い合ったこと。
綺麗な花畑をデートしたこと。
そして、その時、開に咲いていたのが青白い星型の花であったこと。
…プロポーズに、7色に光る宝石が入った指輪を渡された事。
そして…あるクエストの最中、エレナに迫るライオン型のクリーチャーの攻撃を咄嗟に庇ったシュナイデルの腹が…大きな爪で貫かれていた時のこと。
憎しみに支配され、そのクリーチャーを絶滅させてしまったこと。
そのクエストから帰ってからというものシュナイデルの家族からの罵声、シュナイデルの友人からの怒号の声が頭の中で鳴り響いて絶えないこと。
──気が狂いそうだった所見つけたのがアリーナであったこと。
その全てが、現実が、想いが、アリーナの包み込んでくる。
──パッ!と見せたいものを見せ終えた記憶達はアリーナの中から姿を消した。
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そして、目の前に立っていたのは
甘い理想に踊り、現実に打ちのめされ、二度と夢を追いかけられなくなった一人の女性の姿であった。
エレナは、アリーナに対して過去の自分を重ねていたのだ。誰にでも優しく、純粋なその心。
だからこそ、彼女を死ぬ程苦しんだ地獄から遠ざけようとしていた。
だが、それは彼女の意志や感情…可能性を押し潰す事他ならない。
優しく、そして賢かった彼女は知っている
"あんな虐殺"をしてしまった私がそんな優しくて温かい大層な夢を追いかけていいはずが無い。
最愛のシュナイデルを殺したライオン型のクリーチャーを、抵抗も許さぬままその種族というだけで根絶やしにした。
そんな事が到底許されるはずがない。
だからこそ、エレナは…自分よりも強く、優しく…どんなものとでも仲良くなれる可能性を見出してくれた彼女に、自分の夢を託したくなったのだ。
やっと、事態を飲み込めた様子のアリーナと目を合わせながら淡々と喋り出す。
「まずは、見てくれてありがとう。
これが私、"復讐の魔女"と蔑まれるようになったろくでもない一人の感動者の話よ。」
それを聞いて首を必死に横に振るアリーナ。
「そんなことないよ!エレナおねーちゃんは…
すっごくがんばってたし…ええっと……
とにかくエレナおねーちゃんはすっごいんだよ!」
アリーナの必死の講義につい微笑むエレナ。
「ええ、分かってるわ。でもね、私自身がその夢を否定してしまったから……」俯くエレナそして、拳を握り決死の覚悟で口を開く。
「あなたは、感動者よ。そして…その、優しさと純粋さ…"誰とでも仲良くなれる能力"。」
「…あなたは、最高のエモシアとなる素質がある……っ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、アリーナの中で何かが動き始めた気がした。
まるで、初めて心臓が動き出したような…そう言いたげにドックンドックンとうるさく自己主張する心臓。
「えも、しあに…?わたしが?」
呟くアリーナ。
その言葉に頷き、エレナは言葉を続ける。
「そうよ、そしてアリーナっ!あなたに…
私の、夢を託したい。エモシアとなり…多くの人を守り、助け…クリーチャー達と心を通わせる事。」
「……そんな、世界で唯一無二の最高の感動者を
目指してみない?」
優しげに手を差し伸べるエレナ。
窓の日差しがエレナと被りなんだかその姿は少しだけ神々しい。
エレナの提案にたいして…アリーナはまるで今まで生きていてずっと言われたかった言葉を言って貰えた様であった。
「……わたし、なりたい!エレナおねーちゃんみたいな。つよくて、やさしくて、かっこいい、さいこうの…えもしあに!!!」
猛々しく宣言するアリーナ。
そうだ、このアリーナという少女の人生は
やっとここで始まったのだ。