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モグラ、小さな陽だまりに顔を出す

作者: 島島

小田さとるは、内向的で控えめな男性。かつて大手IT企業で働いていたが、母親の介護を優先するために退職し、その後は母を看取り、静かな日々を送っている。恋愛にも消極的で、結婚相談所に申し込む勇気も出せないままでいた。

そんなある日、スーパーで起きた出来事をきっかけに、ほんの少しの勇気を振り絞る。

その小さな一歩が、彼の閉ざされていた世界に新しい光をもたらすかもしれない——。

小田さとるは、おどおどしていて引っ込み思案な男だ。

中小企業の事務所で静かに働きながら、誰の記憶にも残らないように生きている。


かつては大手IT企業に勤めていた。だが、30代の半ば、たった一人で育ててくれた母が脳卒中で倒れた。彼は迷わず仕事を辞め、介護に専念した。

40代で母を看取り、再び社会に戻った。今の会社に就職して、五年になる。


20代のころは、結婚を約束した女性がいた。だが、母の介護が始まると、その関係も静かに終わった。それ以来、恋愛とは縁がない。年齢のこともあり、結婚相談所に申し込む勇気すら持てずにいた。


ある休日の午後。小田はスーパーに向かった。お目当ては、ささやかな楽しみである3時のおやつのケーキだ。


店内のスイーツコーナーで、声を荒げる男の姿が目に入った。若い女性店員が、理不尽なクレームに困り果てている。

周囲は見て見ぬふりをしていた。


小田は、知らず前に出ていた。


「やめてください、それは…店員さんのせいじゃありません」


か細い声だったが、確かに相手の怒りを止めた。男は舌打ちして去り、女性店員がほっとしたように小田の方へ顔を向けた。


「…助けてくださって、本当にありがとうございます。あの、すごく怖くて…声も出せなくて…」


その言葉に、小田の胸がじんと温かくなった。

小さな勇気だった。けれど、それだけで、世界が少し明るく見えた。


帰宅し、買ってきたケーキをフォークでゆっくりと口に運びながら、メールをチェックしていると、ひとつの件名が目に留まった。


——「仮登録から1年。ぜひ本登録をお勧めします」


それは、以前なんとなく登録しかけてそのままにしていた結婚相談所からのものだった。


小田はそっとリンクをタップした。

モグラが初めて土から顔を出すように——世界に、小さな光が差し込んだ。


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