嘘吐きの悪魔
あるところに嘘が大好きな悪魔がいた。
彼は多くの人を騙し、弄んでいた。
そんな彼がある日、今にも息絶えて死にそうな乞食と出会った。
その乞食は目を閉じながら呪詛を唱えていた。
「悔しい。悔しい」
実に甘美な言葉だ。
悪魔はうっとりとその言葉を聞いていると乞食は尚も言った。
「何がこの世は平等だ」
悪魔はちらりと乞食の脳の中を覗いた。
そこにはあまりにも悲惨な乞食の人生が克明に刻まれていた。
生まれた頃より両親を知らず、盗みで生計を立てていた。
しかし、そんな生活であるが故に多くの人々から疎まれ暴力を振るわれた。
そんな中、乞食は幾たびも思ったのだ。
この世は不平等だ、と。
反対に言えば、その事実だけが乞食が縋れる唯一の本当だったのだ。
故に彼は今も呪詛の言葉を吐いている。
その事実に縋りながら。
自身のしてきた悪行を必死に正当化しながら。
悪魔は残酷な笑みを浮かべる。
その希望を刈り取ってやろう。
慈悲もなく。
残酷に。
あくる日から人間の世界に貧富の差がなくなった。
まるで元からそうであったように。
いや、人間と言うものの差がなくなってしまったのだ。
能力も、思想も、そしてその生きざまさえも。
そんな中で悪魔は「こんなはずでは」と絶望していた。
そう。
悪魔はあの乞食を絶望させるためだけに、彼が縋っていた『不平等』という概念を『嘘』にしてしまったのだ。
故に世界は完全なる『平等』なものに変わってしまったのだ。
人々の中から『嘘』という概念が消えた。
何せ、嘘とは誰かを出し抜くためのものであるから。
平等な世界では存在しえないのだ。
こうして悪魔は自らを正当化する乞食の魂と引き換えに全ての人間に平等を与えることになってしまった。