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第13話「世界平和を願う者たち」(8)


「……というわけで魔女ヴィルフィ、もう一人増えてしまったんだけど大丈夫?」


 トレイスは平然とした顔でヴィルフィにそう尋ねる。

 ヴィルフィの目の前にはトレイスによって再び拘束魔法をつけられてしまったティアルムが、敵対心丸出しの視線で彼女の方を見つめていた。


「魔女ヴィルフィ! わたくしのみならずトレイスまで魔法で洗脳して、極悪人めっ!」


 トレイスがどうして魔女と共に行動しているかは、彼女の中ではひとまずヴィルフィを敵にすることで落ち着いたらしい。

 どうせ敵対心を向けられているヴィルフィだ。同じ人物からの敵対心の一つや二つ増えたところで、痛くも痒くもない。やれやれという表情で、トレイスへと視線を戻した。


「大丈夫なわけあるか……って言いたいとこだけどよ、仕方ねえ。それにアタシだって預言者から聞きたいこともあるしな」


 他の部屋にまた拘束しても良いが、ヴィルフィは別に目の前の預言者に自らの話を聞かせる分には悪くないと思っていた。

 教団の女神信者で元々敵対心の塊であるティアルムには、別に何を話そうが困ることはない。トレイスたちとは違って、どうせ彼女は何も信じないのだから交渉になっていない。むしろ自らの心の内を話して何か情報を得られるのであれば、それに越したことはないのだ。

 ヴィルフィは先ほどトレイスから質問された、自らのこれまでを話し始める。


「……アタシの生まれは別におたくらが知っているだろうことと変わらねえよ。トリンフォアで生まれて魔導書を読んできて、そこから魔女の森に家出したんだ」


「魔女の森ではどのように暮らしていた?」


 トレイスが淡々とした口調でそう尋ねる。まるで尋問だなと思いながら、ヴィルフィは自らの行動を語っていった。

 魔女の森で魔法の師匠であるガラリエから魔法を教えてもらったこと、賢者と戦うことになり世界の底に落とされたことをまず告げる。そこまではトレイスの予想の範囲内だった。


「アタシは賢者リートと戦った後に、一つの仮説を思いついた。そして世界の底に落とされながら、自らの前に現れた女神に仮説を投げかけたんだ」


「……どんな仮説を?」


 真剣な表情を浮かべこちらの話を聞くトレイスに対して、ヴィルフィは一息吐いて、彼女の瞳を試すようにじっと見つめる。

 先ほどハーデットには話したことだが、完全に部外者である彼と、関係者の一人であるトレイスに話すのとは、緊張の度合いが全く異なっていた。うるさく打ち続ける心臓を感じながら、ヴィルフィはゆっくりと口を開く。


「――魔災の原因はアタシではなく、”賢者リート”なんだってな」


「……リートが?」


 流石にこれは予想していなかったのだろう、トレイスが呆気にとられたように口を開いて驚きの表情を浮かべる。そしてそれが当然の反応だろうと、ヴィルフィが内心少しの諦めを抱いていた。

 この世界の住人に、この違和感に気付く者は少ないはずだ。まず魔災が人為的なものか、自然的なものなのかを判断できない。自然災害のようなものであればそもそも犯人を探そうとしないだろう。ゆえに魔災はそれが発生して一六年間、人為的なものであると言われなかったのだ。

 そしてもう一つは、女神が自分を指定したことだろう。この世界の住人にとっては、魔女ヴィルフィがどういった存在なのかを知る者は少ない。トリンフォア村の住民は、確かに気持ちの悪い奴だったと言っていたし、魔女ヴィルフィの家出後を知っているガラリエは既に他界している。彼女はこの世界の住人にとって、謎に包まれた存在なのだ。

 極めつけはヴィルフィが信じていた女神の嘘だ。自分が無理に世界へ押し入ったせいで世界が崩壊しようとしている……考えてみれば自然なことで、彼女自身もリートと話すまでは、自らが魔災の原因であると信じ切っていたのだ。


「……考えてもみろよ。アタシも戦ったから分かるけど、アイツの能力って尋常じゃねえだろ。あんなものが世界に存在しちゃあ、”魔力”に異常が起きるのも仕方ねえ」


 その全てがまるで意図されたかのように、リートの異常性を包み隠していた。

 トレイスはヴィルフィの言葉に反論できず、彼女の続きの言葉を待っている。事情を知っているハーデットやティアマットはじっと話を聞いており、対してリスターは考え込むようにソファーへと座り目線を外して、ティアルムは完全に話についていけていないと表情が物語っていた。

 本当の元凶であるリートから疑いを逸らし、魔災へ特に関与していないヴィルフィに罪をなすりつける……それが出来るのはただ一人だ。


「さて、本当の魔災の原因はリートだっつう話だが。そうなるとおかしいよな、誰が一般人のアタシを敵に仕立て上げたのか」


「……女神シゼリアード」


 トレイスはぽつりと呟く。

 ヴィルフィを敵に仕立て上げた女神シゼリアード以外に、この状況を作り出せる者はいなかった。


「ちょっと待ちなさい! 貴方は女神様がこの世界の混乱を招いていると言っているのですか!?」


 そしてこの世界で最も女神を敬愛しているはずの人物が、彼女の導こうとしている結論に難癖をつける。

 シゼリアードは拘束魔法があるにも関わらずヴィルフィの方へ前のめりになり、バランスを崩して倒れそうになった。トレイスが小さな手と腕でそれを支えるが、ティアルムの視線はヴィルフィから離れない。


「貴方の言っていることは意味が分かりません! 仮に貴方の言っていることが本当だとして、どうして女神様は魔災によってこの世界を混沌に陥れる必要があるのですか!?」


 ティアルムの言っていることはもっともだ。自らがこの世界の神様であるにも関わらず、あえて混乱させようと――もしくは、それを滅ぼそうとしている。

 この世界とは別の世界から来たヴィルフィにも、あるいは女神と関係のあったティアマットでさえも、シゼリアードの意図は掴めていない状態だった。


「……それは、わからねえ」


「ほら、わたくしは貴方の矛盾を証明できました! やっぱり貴方は敵ですっ!」


「ティアルム、ちょっと黙って」


 ヒートアップしていくティアルムを制するように、トレイスが支えた腕を離し、預言者は顔面を床に打ち付ける。ぎゅう、という彼女の叫びを特に気にすることもなく、トレイスは再びヴィルフィの方へ視線を向けた。


「ティアルムの言っていることも一理ある。あなたたちの言いたいことは分かるけど、動機の部分が見当たらないから、どこか空論のように思えてしまう」


「そりゃ仕方ねえよ。アタシだって女神からそこまで聞いてねえし、情報も集められてねえ」


「……だから教団本部を襲撃して、預言者ティアルムを誘拐したと」


「そういう理由もあるな」


 トレイスはどこか納得したように一つうんと頷き、そのまま椅子に座り直す。

 現状、何か手がかりがほしい状態……ヴィルフィは包み隠さずにそう告げる。それから世界の底で聖龍ティアマットと出会い脱出したこと、そこから王都へと向かい預言者を誘拐したこと、その途中で父親であるハーデットを見つけて共に王都から逃げたこと、そして最後にトレイスと出会って今に至ることを伝えた。


「……つまり教団を襲ったのは、女神の側近だったティアマットの力を復活する方法を探すため?」


 トレイスは研究室の机の上にちょこんと座っている黒猫を見つめる。見た目は無害な小動物なのだが、まさか女神の元使い魔的な存在だとは夢にも思わなかった。


「信じれねえなら預言者に聞いてみろよ、教団の建物の修理費と一緒に教えてくれるぜ。何ならここで実演してやってもいいけどよ」


 地面をイモムシのように這いずろうとしているティアルム、彼女に一目もくれずヴィルフィは冗談っぽく笑う。ティアルムは地面からヴィルフィの事を睨もうとしたが、視線がそこまで高く上がらなかった。


「勘弁してくれたまえよ。それよりキミが女神に仕えるような龍だったなんてねえ」


 リスターはソファーから立ち上がり黒猫のお腹を掴んだ。そのまま赤子をあやすように持ち上げて、その金色の瞳を不気味な瞳でじっと見つめる。

 ティアマットはプライドが許さないのか、ヴィルフィから見てかなり不服そうな顔をしていた。これから彼女の顔面を消し飛ばしかねないほど不満げな表情だ。しかしリスターがソファーまで連れていき、彼女と共に座ると、机よりも柔らかい居場所に満足したのか、先程よりも金色をキラキラさせていた。


「……大体の事情は分かった。ここからは私たちが質問を――」


「――その前に。一つ考えていることがあるのだが」


 しかしトレイスの言葉を遮った声があった。

 低く響くような、偉そうな口調の声。それはソファーに座って満足げにしているティアマットから発せられた声だ。


「賢者リートという少年の能力だが、私に一つ心当たりがある」


 ティアマットは全員の視線を集めながら、それを気にせずに一人――ヴィルフィの事を見つめていた。


「その少年の能力を私は詳しく知らないが、それは普通の人間にはない”特殊能力”なのだろう? ヴィルフィ、お前にも心当たりがあるはずだ」


 ヴィルフィはティアマットの言葉をきっかけに、自らの記憶を探っていく。

 そして行き着いた先は、世界の底での戦い。ヘルギガスとの戦いの中で自らが、これまで以上の能力に目覚めた、あの時。


「――”再生能力レストア”」


 先に呟いたのはヴィルフィではなく、ティアルムだった。

 彼女は魔女の人知を超えた力を目の当たりにしている。教団本部を襲撃したヴィルフィと戦ったときに目撃した、あの能力。


「”再生能力レストア”だって!? キミが!?」


 目を見開いて、面白いものを見るようにヴィルフィに目線を向けたのは、リスターだ。

 そしてその視線がトレイスに移る。それまで無表情を出来るだけ崩していなかったトレイスが、息を詰まらせていた。


「……魔女ヴィルフィ、あなたは魔力暴走の影響を受けているの?」


 ヴィルフィは否定しない。それは肯定にほかならなかった。

 そしてその事実が――モンスターにしか宿らない特殊能力が人間にも宿るのだとすれば。

 トレイスは黒猫ティアマットの方を見つめる。彼はじっとトレイスの方を見つめて、こう言い放った。


「……彼の宿している能力、それは魔力暴走の影響――すなわち魔災の影響なのではないか?」


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