第13話「世界平和を願う者たち」(7)
王都にて教団の本部から魔女ヴィルフィに誘拐されたティアルム。
彼女の手下である黒猫から逃げ出すことが出来、安心したのも束の間、今度は突然意識を失ってしまい、気付いたら謎の個室に閉じ込められて、手足が拘束されてしまっていた。
最初は何が起こったか分からなかったが、おそらく自らは魔女の仲間から不意打ちをくらい、しばらくの間眠っていたのだ。そして今自分は、魔女の住処の一つに囚われている。
「決して魔女には屈しません! こんな下等な拘束魔法など、私の前では意味をなしませんからね……!」
自らを待ってくれている国民のため、また自らに御声を下さる女神シゼリアード様のため、預言者ティアルムはこんなところで悪に屈している場合ではなかった。
確かに彼女にかけられた拘束魔法は強力だが、使用者が近くにいないのだろう、魔力がたまに途切れる時がある。せめて足につけられた拘束だけでも解くことが出来れば、この部屋からなんとか脱出することができるだろう。
ティアルムは自らの魔力をその隙間に流し込んでいくことで、まるで金属を錆びさせるように拘束魔法へ穴を作っていく。もちろん魔力の途切れはそこまで頻発するものではないため、長い時間を要する。窓のない部屋に拘束されているため詳しい時間は分からなかったが、それでも相当な時間をかけてようやく足だけ拘束を外すことが出来た。これでようやく部屋を自由に歩くことが出来る。
しかし一つの拘束を解くということは、いざ誘拐犯である魔女の仲間、あるいは魔女本人が来たときにバレる可能性が一気に跳ね上がったということだ。ティアルムは手首に宿っている拘束魔法は逃げ出した後で解くことにして、なんとか拘束された手で扉を開き、廊下を歩いていく。
(……しかし、広いですね。もしかして魔女ヴィルフィの勢力は私が思っているよりも大きいのでしょうか)
無機質な大規模建築の廊下を歩きながら、ティアルムはある種感心するように内心そう呟く。そしていつまで経っても窓の一つもない廊下から、自らが拘束されているこの場所の可能性を探っていく。
王都でもこれほど大きな施設はあまりない。レセシアルト城か、セネシス教団本部か、それほど大きな施設だ。少なくともほかに王都でこのような施設はない。あえて王都で限定するのであれば、レセシアルト城が管轄する地下牢獄か。ただこんなに小綺麗な場所でないことは、あまり立ち寄ったことのないティアルムでも知っていることだ。
王都の外であれば可能性は広がる……というよりも広がりすぎる。すぐに挙がるのは大都市ミュトシアにあるとされている魔災対策機関クスウィズンだが、魔女がそんな場所に出入りすること自体が難しいだろう。この線はない。
そしてスコラロス王国の外となれば、もう既に自分の領分ではなく、予想が出来ない。王国の外には様々な人種が暮らしているようだ。モンスターと人間の組み合わさったような人種がおり、様々な社会を作っているという。そこまで考えると本当にきりがない。
(ひとまずこの場所の手がかりを掴んで、早く外に出なければ)
ティアルムは内心そう決意を固めながら、廊下を黙々と歩いていく。
……ふと彼女の耳に、話し声が聞こえた。それは非常に微かな声で、部屋の中で誰かが話しているのだろう、内容が聞き取れず少しくぐもっている。
ティアルムは足早に、しかし足音は絶対に立てないように、その声の方角へと歩いていく。そして廊下の角を曲がったところで、一つの部屋の扉から、ほんの少しだけ明かりが漏れている事に気付いた。
(やりましたね、これで情報収集は完璧……!)
突破口が見えたかもしれない期待感に、ティアルムの表情がワクワクしたものに変わっていく。自らが置かれている立場は危ういものだが、女神のために自分が行動しているという感覚はもちろん、心のどこかに感じている冒険心がくすぐられているのが分かった。意外とこういうものが好きなんだと、ティアルムは感心する。
扉の近くに向かい、そこからこぼれる話し声に耳を向けた。どうやら女性が話しているようで、意外にも威圧的な声である。
「……連れてこられた上に扱いに困ってるって言うなよ。アタシらの気持ちにもなってみろ」
その言葉の意図は汲み取れなかったが、ティアルムはその声の正体にはっとする。その声はティアルムにも聞いたことがあった。
(厄災の魔女……!)
それは自分を誘拐した張本人、魔女ヴィルフィの声に違いなかった。
そしてティアルムは自らの推測が正しかったことを実感する。自分は魔女に誘拐されて、魔女の隠れ住んでいる施設に閉じ込められていたのだ。そして今話している人物が魔女の仲間である。
ティアルムは冒険心で目を輝かせながら――その中にはもちろん魔女に対する嫌悪感も混じってはいたが――いっそう彼女の言葉に耳を傾けた。もしかしたら厄災の魔女に関する何かしら弱みを握れるかもしれない。そうでなくても、ここがどこか分かることで自分が脱出するために役立つだろう。
「――世界を脅かしているのは――”女神”――」
そして魔女ヴィルフィと話しているもう一人の女性……彼女は声が小さく、ここからでは中々言葉を掴み取ることが難しい。どこかで聞いたような声ではあるのだが、ティアルムはそれを思い出せず、ひとまず会話の内容に集中することにした。
しかしなんとか聞き取れた言葉は、どうにも物騒な単語だ。世界を脅かしているのが女神? そんなわけがない。女神シゼリアード様はいつだってこの世界の事を考えていらっしゃるのだ。話しているのはまず間違いなく、魔女と意見を共にする味方に違いないだろう……ティアルムは核心を得ていた。
女神を罵倒する言葉に沸々と怒りが湧いてくるが、だが今自分が怒鳴り込めば、またあの小さな部屋に閉じ込められて、今度はもう逃げ出せないように対策されるだろう。ティアルムは唇を歯で噛みながら、彼女たちの会話に再び注意を向ける。
「――油断させて、利用しよう――」
次に聞こえてきたのは、魔女の声だ。少し抑えた声だったのか、内容はほとんど聞き取れなかった。
油断させる、利用する……これから導かれるのは。
(もしかして、私を懐柔して世界滅亡に利用しようと企んでいる……!?)
少なくともティアルムはそう考えた。女神関連の話があったため、女神と繋がりのある自分と結びつけたのだ。現に彼女は、魔女ヴィルフィから利用されるために誘拐されていたのだ。
残念でしたね私は貴方たちの魂胆には乗りません、と決意を新たにしたところで、また再び話に注意を向ける。
次の言葉は相手が話しているようで、少し聞き取れなかったが、しばらく沈黙の時間があった後のヴィルフィの言葉は聞き取ることが出来た。
「――アタシの掴んでいる情報をアンタらに提供する――」
「――私たちはあなたの味方――問題ないよ――」
聞き取れた単語は決して多くないが、これから魔女ヴィルフィは仲間に情報提供を行うようだ。これは聞いておかなければいけない、とティアルムはじっと扉から聞こえるくぐもった声に注意する。
だがその時聞こえてきた内容は、彼女の体に通っていた芯が抜け落ちてしまうほどの内容だった。
「――前預言者ザペルが殺されるまでに何があったのか――」
(……えっ)
ティアルムがこれまで物音を立てないように力を入れていた部分から、力が呆気なく抜けてしまう。そしてその場に倒れ込んで、物音が立ってしまった。
部屋の中から話し声が聞こえなくなっている。おそらくこちらに気付かれたのだろう。足音が、かつ、かつ、と近付いてくる。逃げなければ。
しかしティアルムの体には力が入らなかった。それは自らの父親が殺されたという信じられない言葉。
(うそ……うそだ……)
無機質な廊下は寒いくらいなのに、ティアルムの額から一筋、汗が流れ落ちる。そしてその言葉を解釈して自己防衛する暇もなく、扉は呆気なく開かれてしまった。
逃げ出そうとしていたティアルムの姿が初めて見られたのは、扉の高さよりも少しだけ高い長身の緑髪の女性だ。眼鏡の奥に潜んでいる青黒い隈と泥水のように濁った瞳が、こちらを見下ろしている。そして彼女は呆れ返るように一息、鼻で笑う。
そして長身の隙間から、ティアルムは奥にいる人物たちも見ることが出来た。一人は魔女ヴィルフィ、これは預言者ティアルムの予想通りだ。あとは一匹の黒猫と、髪がボサボサのだらしない男。
最後にもう一人、ティアルムも見知った顔がいた。
「――ふっ。トレイス、どうやらわたし達も、立派な大罪人になったようだ」
長身の緑髪の女性が、呆れるようにそう呟く。そしてその言葉の中に含まれていた一人の知人の名を、ティアルムは呟いた。
「トレイス、どうして貴方がここに……?」
ティアルムがずっと魔女の仲間だと思っていたのは、自らも多く面識のある人物、トレイスだったのだ。
水色髪の少女は、瞳を揺らしている預言者に対して、無表情でピースサインをした。




