第13話「世界平和を願う者たち」(6)
「あのオッサンを殺したのがアタシたちだって……?」
ザペルの死をトレイスとリスターが知った夜。
真夜中の研究室、誰も寄り付かない場所に彼女たちはヴィルフィたちを呼びつけた。
就寝しようとしていたヴィルフィたちはトレイスによって叩き起こされ、そのまま重要な話があるからと研究室に連れてこられている。匿うと言われお開きになった話し合いから突然呼び出された不満はあったが、ヴィルフィはトレイスたちの真剣な表情に押され、言うことを聞く。
そしてザペルの死、そして王国ではそれを実行したのが魔女本人か、魔女の一味であると決めつけられている事態を知らされ、咄嗟にヴィルフィが呟いた言葉がそれだった。
「少なくとも王国はそう報じられているねえ」
ソファーに座り新聞を広げているリスターは、ソファー近くの椅子に座るヴィルフィをじっと見つめている。
「んなバカな……いや、アタシたちに敵対心が向いているのも、女神の差し金か?」
「それはないだろう。わたしたちが預言者ティアルムを差し押さえている以上、国民に対して女神が介入することは絶対に不可能だ。もちろん預言者だけが女神の声を聞くことが出来るという前提ではあるがね」
冷静に分析するリスターの表情も、この事態を深刻に受け止めているようだ……彼女の人を小馬鹿にしたような表情が消えていることから、ヴィルフィにもそれは分かった。
「共通敵の存在が国民に自然とそう考えさせたか、或いは決定的な証拠が殺害現場から見つかっているか」
リスターは隈のついた不健康な瞳で、じっとヴィルフィの方を見つめている。それはまるで後者の疑いをこちらに向けているようで、ヴィルフィはため息を吐く。
もちろんヴィルフィ自身はザペルを殺してなどいない。それはリスターやトレイスにも分かっているはずのことだ。第一、預言者ティアルムを誘拐した後にザペルを殺す意味もリスクを取る必要性もない。むしろヴィルフィは師匠ガラリエの件で彼には信頼を置いているまである。
そうなると彼女たちが疑っているのは、魔女の仲間がザペルを殺したという線だ。あくまでヴィルフィは命令した側で、実行犯ではない可能性。
「……アタシに仲間と呼べる仲間は、ここにいる奴ら以外にいねえよ」
疑いの眼差しを向けるリスターに対して、ヴィルフィは少し物悲しそうにそう呟く。
彼女の仲間と言えば、目の前にいる黒猫ティアマットと、先程協力を申し出てくれた父親ハーデット以外にはいなかった。そして二人ともにアリバイがある。殺害当時、目の前の少女トレイスと共に行動していたというアリバイが。
「その証拠は?」
しかしヴィルフィたち目線ではそうでも、リスターの視点であればその証言に説得力はなかった。仲間が他にいない、と言うだけであれば簡単なのだ。
「……んなもんはねえよ」
もちろんそれを証明する方法をヴィルフィは持っていない。
確かに彼女は魔女の森から世界の底に転落して、そこから時間的な余裕はほとんどなかった。そこで仲間を作れるほどの時間もないというのは自然なことだ。
だが彼女には魔女の森で師匠と共に暮らしていた、空白の六年間がある。ガラリエの関係者かヴィルフィ個人の関係者かはさておくとして、王国を滅ぼすために仲間を作る期間が無いわけではなかった。
首を振るヴィルフィに対して、リスターは眼鏡の奥に構えている眼差しを彼女から離すことはしない。下手をすれば彼女は今ここで暴れて、ザペル同様に自分たちを殺す可能性があるのだ。
「……やめよう、リスター。その議論は現段階では無駄だよ」
しかしそんなリスターの様子を止めたのは、一つスペースを開けて椅子に座っているトレイスだった。
証拠がなければ彼女は納得しない、ということはトレイスが一番よく分かっている。しかし彼女たちの他に仲間がいないというのは、悪魔の証明だ。
そしてそういった意図で制止したトレイスの行動も、リスターはよく分かっていた。やれやれと一つため息を吐きながら、新聞を閉じる。
「……分かっているさ、可能性として受け止めておくに過ぎない。判断するのは結局わたし達だからね」
「ありがとう。……さて、魔女ヴィルフィ。こうなった以上、私たちはあなたの扱いに困ってる」
トレイスの視線が今度は魔女ヴィルフィに注がれる。相変わらず無表情な顔で、瞳の奥には強い決意の灯った氷柱を向けていた。
ヴィルフィはその熱き焔の宿った瞳で、トレイスを見つめる。
「……連れてこられた上に扱いに困ってるって言うなよ。アタシらの気持ちにもなってみろ」
その場の会話をじっと聞いていたティアマットとハーデットも、トレイスの出方を伺っている。
トレイスは無表情ながら、心の中では心臓が張り裂けそうになっていた。目の前には世界を滅ぼそうとしている……と噂されている魔女、そしてその仲間たち。もし王国で出回っている噂が本当であれば、トレイスがずっと考えていたことは全て無駄になってしまう。
だがもし彼女の考えている通りであれば、彼女はぐっと魔災の解決に――世界の真理に近付くことになる。まるで勝負師のような決断はトレイスもあまり味わったことがなく、その額に少しの汗が滲んでいた。
「――魔女ヴィルフィ、私はあなたの味方になれるかもしれない」
そしてその一世一代の賭けを、トレイスは始める。
「なぜなら、世界を脅かしているのはあなたではなく、”女神”だと私は思っているから」
打ち上げられたコインは、表裏を少女に示すまで刻を要するほど天高く舞い上がっていた。
トレイスの核心をついた言葉に対して、ヴィルフィは一瞬息を詰まらせてしまう。
それは自らが推理し、女神と共に答え合わせをして得た事実だ。少なくとも女神を信仰しているスコラロス王国の人間にはたどり着けない結論だとも思っていた。だがトレイスは王国の人間でありながら、ヴィルフィが異邦人として手に入れた結論の一つに到達したのだ。
トレイスの言葉に驚いていたのはヴィルフィだけではない。女神に仕えていたティアマットはもちろん、先ほどヴィルフィから話を聞いていたハーデットも、目を見開いていた。
そしてその驚きは真実を知っている者だけではない。リスターさえも同僚の突拍子もない発言に、驚きを隠せないでいたのだ。
ヴィルフィはトレイスの言葉に対して、驚きから警戒へ表情を移り変えていく。
「……アタシたちに心地良い事を言って油断させて、利用しようって腹積もりじゃねえよな」
「論文に”思う”は厳禁だよ、私が言っているのはあくまで予想。……だけどその反応だと何か知ってるんだね」
その日初めて、トレイスはヴィルフィに得意げな顔を見せた。
それは賭けの第一段階に勝利した勝負師の、挑戦的な笑みだ。ヴィルフィたちの反応を見ていれば、自身の予想が的外れではないこと、そしてヴィルフィたちが何か魔災について知っているということなど丸わかりだった。
うっすらと口角を上げているトレイスに対して、ヴィルフィはその瞳をじっと見つめる。氷塊の奥に灯った熱き焔は、自身の瞳の反射で映ったものではない。
「……へっ」
ヴィルフィは呆れるように、一つ、笑い声を漏らした。その挑戦的な笑みをトレイスに向けたのは、これが初めてだ。
この世界にこんな奴がいたんだな、とヴィルフィは内心感動していた。
「……わかった、アタシの掴んでいる情報をアンタらに提供する。代わりに納得できりゃアタシらに協力してもらいたい。困ってるのはこっちも一緒なんでね」
「分かった。元々私たちはあなたの味方になるつもりで行動している。問題ないよ」
トレイスは笑みを浮かべながらそう告げる。リスターもため息を吐きながら、自分の中でどこか納得させられたのか、いつもどおりの笑みを浮かべた。
「……さて、まずはあなたの話を聞かせてほしい。教えて、産まれてから今まで、前預言者ザペルが殺されるまでに何があったのか――」
――ゴトン。
明らかに自分たちが話している所とは違う場所から物音がして、その場にいた全員がその音の方を振り返った。
彼女たちが振り向いたのは、研究室の入口扉の方だ。入口近くに置かれたものが突然動いた様子はなく、廊下側に何か物を置いているわけでもない。だとすればたどりつく結論は一つ。
リスターがソファーから立ち上がり、扉の方へと近付いていく。そしてその扉を開いた先にいたのは――
「――ふっ。トレイス、どうやらわたし達も、立派な大罪人になったようだ」
リスターが見下げた先にいたのは、白い絹のような長髪をした女性――拘束して別部屋に閉じ込めておいたはずの預言者ティアルムだった。




