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第13話「世界平和を願う者たち」(5)


 魔災対策機関クスウィズンの研究室の一つ。夜のとばりが下ろされてしばらく経ち、既に研究室には誰も立ち入らないような時間帯に、二人の研究者の影があった。

 一人は緑髪の長身の女性リスター、そしてもう一人は水色髪の少女トレイス。ともにクスウィズンでは優秀であるものの変わり者として扱われている。だからこそこんな時間にそこまで利用頻度の高くない研究室を、まるで私物のように扱う事ができるのだった。

 リスターは茶色の柔らかなソファーに座り、ふうと一息吐く。対してトレイスは立ったまま、リスターの瞳をじっと見つめていた。


「……そこまで熱烈な視線を送られると、わたしも困っちゃうねえ」


「嬉しい?」


「それはもう」


 気のおけない者同士の会話に、リスターは口角を上げ笑みを浮かべて、対してトレイスは無表情ながらもどこかリラックスした様子を感じさせた。

 二人は先ほど厄災の魔女ヴィルフィとその一味と話したところだ。王国では彼女が世界を滅ぼす魔災を引き起こしている、大罪人として扱われている。真実がどうであれ、そんな疑いをかけられている人物と話すのに、さすがのトレイスやリスターも警戒心を抱かざるを得なかった。

 何よりこちらからの比較的強引なアプローチで来てもらっているのだ、相手側からの警戒心が強い。


「それで、厄災の魔女からは情報を得られそうなのかい?」


 リスターがにやにやとした表情でトレイスを見つめる。彼女の青黒くなった隈と、色々な色が混ざって濁ったような彩度の低い瞳は、それでも同胞に対する期待を隠しきれていなかった。

 トレイスが彼女たちをここに招いた理由は、敵対するためではなく、あくまで自らの目的を達成しようと情報を集めるためだ。この世界で女神以上に魔災を知っている人物は、彼女以外にありえなかった。

 その根拠となったのが、魔女の森でトレイスが拾った本――もとい、魔女の日記だ。この世界で見たことのない言語で書かれたその日記の存在だけで、彼女が何かを知っているという証拠になる。解読にも努めたが、残念ながらほとんど出来ていない。


「魔女ヴィルフィは私たちが知らない何かを知っている、それは前に伝えた通り。情報を得られるかどうかは、今後得られる信頼次第かな。そのために手は打った」


「重要な情報源である魔女の日記を渡した、と。写本は?」


「そんなものないよ。作るのに時間もかかれば、本当に正しく作れるかどうかも分からない。――もっと言えば写本が手元にあるという事実は、魔女の説得の前では害でしかない」


「魔女が何も教えてくれなかった場合のリスクは?」


「私たちは魔災対策のプロだよ。魔女一人から情報を聞き出せないなら、私は失業する」


「違いないね」


 くくく、とリスターが面白そうに笑い声を上げる。彼女はソファーから立ち上がって、世俗に疎い研究者用に置かれている王都の新聞を持ち出し、再びソファーに座って読み始めた。

 トレイスは研究室をとぼとぼと歩いて、唇に指を添えながら考察を進める。

 確かに魔女にしか分からない言語を解読することには興味がないわけではない。しかしトレイスの目的は自らの知識欲求を満たすことではなかった。あくまで魔災による被害を食い止めて、被害を最小限に留める……それが彼女に与えられた大きな役割の一つだ。

 賢者リートは、魔女との協力を望んでいる。ゆえに魔女を殺すという短絡的な発想ではなく、あくまで魔災の解決という事に焦点を合わせたほうが良い。

 もちろんトレイスとしてはすぐにでもリートに引き渡しても良いという気持ちがあった。しかし魔女自身がどう思っているかはまた別問題だ。二人の間には何か得体のしれないものがある事を彼女は悟っていたが、それが何かを突き止めるには信頼関係の構築が出来ていない。そもそも彼女はリートにあまり会いたくないようにも感じられる。


(……或いは、魔女の握っている情報に関係することなのか)


 今ここでヴィルフィとリートを引き合わせることが、本当に得策なのだろうか。トレイスの研究者としての勘が、彼女たちを安易に引き合わせてはいけないと告げていた。

 トレイスはリスターと比べ、情動で動くタイプである。それはトレイスも認識していたし、先程魔女に詰め寄った際にもリスターにたしなめられてしまった。

 だが研究には理論で固める部分と、直感で攻めるべき部分があるとトレイスは感じている。良いアイデアというものを思いつくためには、時に既存の理論を逸脱した発想が必要だ。リスターにはこの考えについてあまり同意されていないが、間違っていることではないと思う。トレイスは感覚派の研究者だと自負していた。

 そしてそんな自分が、魔女の現在の動機についての疑問点を解消せずに、先に進んではいけないと告げているのだ。


「……トレイス、ちょっといいかい?」


 その動機とは――とトレイスが考え始めたところで、リスターの声が彼女の思考を遮断する。

 彼女は新聞を広げて、トレイスの方を見つめていた。その表情に普段浮かべているような笑みはない。


「どうしたの?」


「この記事を見てくれ」


 トレイスはリスターの座っているソファーに近づき、新聞を手に取る。印刷術が少しずつ進歩してきて、多くの人間が情報を得ることが出来るようになった。トレイスは新聞は革命的な発明ではあると思っている。説得力はともかく、世俗の事を知る良い機会にはなる。

 そして彼女に手渡された記事の一文目を見て、トレイスの眉がぴくっと動いた。


「前預言者ザペルが、何者かに暗殺された……?」


 トレイスはリスターの表情を伺う。やはり彼女には珍しくあまり良い顔はしていなかった。

 リスターは別に偉い人が亡くなろうが、そこまで感情を揺さぶられることはない。それが暗殺だったとしても、偉い人には偉い人の苦労があるもんだと割り切って、いつもの笑みを浮かべているだけだ。

 だが彼女は笑みを完全に消している。その意図を探るべく、トレイスは新聞記事を読み進めた。


「……犯人は厄災の魔女か、その仲間である、だって」


 トレイスはリスターの表情の意味をようやく理解する。リスターはじっと、トレイスの瞳を見つめていた。


「おかしいね。魔女とその一味はわたし達が匿っているのにさ」


「他に魔女の仲間がいるかもしれない……けど」


 そうは感じられない、トレイスの直感がそう告げている。これは魔女とその仲間の犯行ではなく、別の誰かであると。

 そして預言者ティアルムの誘拐から狙ったように前預言者を暗殺する。まるでスコラロス王国を崩壊させようとしているかのように行動するその”誰か”。


(王国と教団側、そして魔女側……そのどちらにも属さない第三勢力の存在)


 この状況を作り出した”誰か”がいる。魔女ではない、”誰か”が。トレイスはそう考える。

 もちろん証拠はないため、リスターに今それを伝えることに意味はなかった。彼女自身はおそらくトレイスの考えを察しているだろうが、どれだけ話しても現状では結論の出ない話だ。


「……ともかく明日、魔女ヴィルフィにもう一度話を聞こう」


 トレイスの言葉にリスターは頷く。彼女たちは何も知らない状態だった。


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