第13話「世界平和を願う者たち」(4)
ヴィルフィはこれまで彼女が歩んできた道のり――とは言っても前世でのコトノとしての記憶は除いたが、ヴィルフィとして転生してからの道のりを、ハーデットに話した。
トリンフォア村で魔導書と向き合い続けたこと、魔女の森に家出したこと、そこで出会ったガラリエに魔法を学んだこと、ガラリエの死後に賢者と戦ったこと、魔女の森の崩壊に巻き込まれて世界の底に落ちたこと、世界の底でティアマットと出会い意気投合したこと、預言者ティアルムと出会い聖龍の力を取り戻す手がかりを得ようとしていること、そして王都から逃げる際にハーデットと偶然出くわしたこと……魔女ヴィルフィの歴史をハーデットには話した。
ヴィルフィも地面に胡座をかいて、ハーデットと同じ目線で自らの歩みを話す。彼女の話にハーデットはわざとらしく、いちいち驚いていた。
「……魔災の原因はお前じゃなくて、あの賢者のボウズだったのか」
特にハーデットが驚いていたのは、そのコペルニクス的転回とも呼べる世界の真実だ。ヴィルフィは世界の底に落ちていく中で女神に自分の推理を突き付けて、彼女自身からそれが正しいと告げられたことを話した。
ヴィルフィは女神シゼリアードの言葉を思い出す。事故ではなくあくまで意図して女神はこの状況を作り出した……ヴィルフィの推測に女神は頷いていたのだ。
「つっても、女神の言うことだからどこまでが真実なのかは確証ねえけど。でもハズレじゃねえと思う。アイツの魔力とか、無詠唱とか、普通じゃ考えられない能力は世界に影響を及ぼしてる可能性が高い。んで、それを授けたのが女神である以上、意図して行われた事だろうな」
神はサイコロを振らない。故にこの状況は女神が意図的に作り出したものだ。
その意図が何であるのか、ヴィルフィには想像がつかない。魔災が広がっていき世界の崩壊が訪れたとき、そこに待っているのは”無”であるのか、それとも”新しい世界”なのか。それすらも分からないのだ。
ハーデットは信じられないという様子で、しかし娘が歩んできた道程の過酷さに裏打ちされた真実味で、彼女の話を飲み込んでいた。
「……普通、にわかには信じられねえ話だが、お前を疑うことも根拠ねえ話か」
結果として娘を疑う方が馬鹿らしいという結論になった、ヴィルフィはハーデットの言葉からその様子を感じていた。
そもそもヴィルフィがこの話をしている人物は本当に限られている。ハーデットに伝えるまでこれを共有していたのは、ベッドで気持ちよさそうに眠っているティアマットだけだ。ティアマットはかつて女神の元に仕えていた聖龍という立場だったからこそ話は早かったが、一般人で世俗にも疎いハーデットが飲み込むには時間がかかるだろう。
「なあヴィルフィ、一つ聞いても良いか?」
ハーデットはもたれた背中を壁から離し、前のめりになってヴィルフィに尋ねる。
「お前はどうして、ここまで頑張れるんだ?」
いつになく真剣な声色でそう尋ねるハーデット。
答えは単純、自分の大切な人を殺されたからだ。
しかしその質問はヴィルフィの根幹に関わるところだった。コトノとしての前世と、賢者リート――いや、同級生の男子である音陸との話をしなければいけない。
そしてヴィルフィにとって、そこは父親に話すには少し気恥ずかしい部分だ。ティアマットにも話していない。話したのは本当に自分が信頼をおける人物――最高の師匠であるガラリエだけだった。
「……いや、話したくないなら別にいい」
どう話したもんかなと困っているヴィルフィの様子をみかねて、ハーデットはそう告げる。少し残念そうな表情をしており、ヴィルフィは少しだけ心を痛めてしまう。
ただやはり自分には話しづらいものだ、ヴィルフィはハーデットの気遣いに感謝しながら、代わりに話を続けようと口を開く。
「なあ、親父はどうなんだよ。アタシが産まれるまでの話とかさ、聞かせてくれよ」
ヴィルフィの言葉に対して、ハーデットは少し驚いた表情を見せる。
「俺の話か? お前の人生よりはくだらねえぞ」
「人生に優劣があるもんかよ。……それにやっぱ気になるんだよ、アタシの”母親”の話とかさ。言いたくなきゃ言わなくて良いけど」
「……ああ、そのことか」
ハーデットは一つの納得感を胸に感じ、かつての配偶者の事を思い出していた。
それはかつて酒と暴力で無理矢理に閉じ込めた、思い出したくもない事実の一つだ。ヴィルフィもそれが分かっているからこそ、言葉の最後に逃げ道を作ってくれているのだろう。
だが、いずれはヴィルフィにちゃんと話さないといけない、ハーデットはそう感じていた。彼は腹をくくってヴィルフィの顔立ちを見つめる。
「……お前の外見はどっちかと言えば母親似なんだよ」
ハーデットは娘の顔立ちをじっと見つめて、心臓から溢れ出す黒黒とした何かを溢れさせないように、淡々と話し始める。
目の前に広がっているのは、あの頃見たくもなかった顔だ。燃えるような赤髪、紫が赤に乗った鋭い瞳、少しふっくらとした唇……ヴィルフィはかつての妻の遺伝子を色濃く受け継いでいた。だからこそ自分は、彼女の姿を見るたびに苛々をつのらせていたのだ。
口調は自身とよく似ているが、性格は自分ともあの女とも違う気がする。誰に似たんだろうか……ハーデットは改めて娘の不思議な部分に違和感を覚えつつ、話を続けていく。
「お前も聞いていたから分かると思うが、俺は元騎士団所属でな。あのグレンって野郎と共に、お国のために戦ってたんだ」
「あー、あの大剣使いか」
ヴィルフィはハーデットと戦っていた、あの白髪が少し混ざった男の事を思い出す。
「アイツは騎士団長として騎士団をまとめ、俺はそのサポートをしていた。今思い出しても最高のパートナーだ」
ヴィルフィから目線を逸らし、懐かしさを感じているような眼差しで部屋の向こうの壁を見つめる。彼の瞳に映っているのは、おそらく輝かしい栄光なのだろう。
ヴィルフィは二人の戦いぶりを思い出していた。ともに魔法を使わない剣士だったが、その戦いぶりは対照的で、二人がコンビを組めば多種多様な戦法を取ることができるだろうと感じる。
ハーデットの瞳を置い続けるヴィルフィ。その瞳に少し憎しみが滲み出してたのを見逃さなかった。
「やがて俺に近付いてきたのが、お前の母親だ。お前の母親は――その時はやけに献身的でな、俺もこいつとなら生涯を共にしても良いと感じ始めた」
言葉とは正反対に、彼の表情には曇りが見えていた。ヴィルフィは結論を知っているからこそ、彼の表情の意図というものがよく分かる。
「お前が生まれてからは、騎士団を辞めて近くのトリンフォア村に移り住んで、子育てに注力することにした。働きながらでも良いと思ったけどよ、せっかくの子供だからとグレンにも言われてな」
「……でも、アタシが産まれてからはそうならなかった」
ヴィルフィの言葉にハーデットも一つ頷きを返し、言葉を続けていく。
「アイツは自分の娘を、”騎士団の実力者である男の婚約者”っつう、自分の立場を守るための道具としてしか見ていなかった。子育てをほとんど放棄していたアイツに俺は、怒鳴ることになったんだ。お前が産んだんだろ、ってな。後はお前が知っての通りだ」
ここからはヴィルフィの記憶にも繋がるところだった。彼女のこの世界での記憶は、どれだけ転生しているとしても欠落してしまっている。そしてその最も古いものが、自らの父親が自分でない誰かに怒鳴っている姿だったのだ。
ヴィルフィはこれまで、それがハーデットの癇癪であると認識していた。ヴィルフィの知っているハーデットは自分に暴力をはたらく暴力的な父親であり、彼が自分のために怒ってくれているとは思うことが出来なかったのだ。
しかし今のヴィルフィなら分かる。彼は不器用ながら、自分の父親であろうと頑張り続けてくれた。そんな彼の言葉ならば、信用できる。
「……親父」
「なんだよ」
ヴィルフィは白い歯を見せて、にっと微笑んだ。
「ありがとよ」
ハーデットの瞳が、揺れる。涙もろくなってしまったなと内心呆れながら目を逸らし、ぶっきらぼうに口を開いた。
「……それ以上に酷いことをしてきたんだ。親孝行してやろうなんて考えんなよ?」
「気にすんな、ぶん殴られたことは一生忘れねえからよ」
「それでいいさ」
ハーデットはヴィルフィのニヤリとした表情にようやく目を向ける事ができた。
そしてハーデットは彼女のために、何かしてあげたいと感じている。自分は父親として何もやっていない訳ではなかったと信じているが、それでも無償の愛を注いでやりたくなるのが父親というものなのだと感じていた。
「……お前の目的が何なのかは俺には分かんねえけどよ、俺に何か手伝えることはねえか?」
「親父に?」
ヴィルフィはハーデットが協力してくれる可能性を考えもしておらず、驚きの表情を浮かべる。
彼を助けたのは、あくまで自分の父親であるからだ。仲間に加えようとか、利用してやろうとか、そういう打算的なもので今一緒にいるわけではない。
しかし仲間は多い方が良いに越したことは無かった。彼にはそこまで女神に対する敵対心はないだろうが、自分がここまで話せる数少ない人物であることは確かなのだ。女神をぶっ殺す旅である、猫の手も借りたい。というか既に猫の手は借りている。
ヴィルフィは鼻でふっと笑う。ハーデットはそんな娘の様子に、馬鹿な事を考えるなと言われているような気がして、だがそれが違うと彼女の熱い瞳を見てから察した。
「なあ親父、アタシには大切な人がいんだよ」
突然、娘の口から出てきた予想外の返答に、あっけにとられるハーデット。
「……そうなのか?」
「ああ。さっきどうして頑張れるかって質問あったけどよ、そういえば答えてなかったなって思ってな」
ヴィルフィの言葉に対して、ハーデットは彼女の言いたいことを察する。
きっと自分と同じように、誰か好意を持っている人物のために頑張っているのだろう。そう推察した彼は、そいつのためか? と尋ねた。
しかしヴィルフィは首を横に振って、彼の返答を否定する。代わりに瞳に炎を宿らせて、ハーデットの瞳にもその焔を灯した。
「……アタシはアタシの思う我儘のために、女神と戦う決意をして、ここまで突き進んでる。アタシが大切だと思う奴の存在は、その我儘に組み込まれてるだけなんだ」
自信満々にそう語る娘の姿に、一体誰に似たんだかと、ハーデットは内心呆れていた。




