第13話「世界平和を願う者たち」(3)
クスウィズンの地下研究施設の隅の部屋には、またしても二人と一匹だけが取り残されてしまった。
やけに明るい魔法灯が壁を反射しながら、ヴィルフィたちの眼に光を注いでいる。しかし彼女たちの今後については暗闇が続いていた。
「とりあえず今日はゆっくりしたまえ……らしいが、どうする?」
黒猫もとい聖龍ティアマットが、低い声でそう尋ねる。ヴィルフィは相変わらず地面に胡座をかきながら、んー、と考えを巡らせた。
トレイスとリスター、二人は決して自分たちを王国に突き出したり、この場で殺すような素振りは見当たらない。あくまで情報収集の時間を稼ぐために、自分たちをここに匿っている様子が見て取れた。
「……あのトレイスって奴、お前はどう思う?」
ヴィルフィがじっとティアマットの金色の瞳を見つめる。
特にヴィルフィが気になっていたのは、トレイスという少女だ。幼い彼女がまずこの施設に出入りしている事も謎だが、この際それは良い。
それよりもあの瞳に宿っていた、熱い氷だ。彼女は何か強い意識を持って自分たちに接してきている。自らの意志に負けないほど強い想いだけは、容赦なくヴィルフィに突き付けられていたのだ。
「まず預言者ティアルムの誘拐ということは、頼まれても誰もしたくないだろう。王国と教団を双方敵に回すようなものだからな。それを実行したのだから、少なくとも私たちを殺すという小さな目標で動いていないことは分かる」
ティアマットは淡々とそう告げる。長年世界の底に閉じ込められ世俗には疎い彼だが、それでもかつて女神に仕えていたほどの龍だ。それを感じさせないほど冷静に分析が出来ている。
そしてその冷静な分析は、ヴィルフィに一つ、大きなため息を吐かせた。
「……だとしたら、アイツは本当に魔災について知りたがっているんだろうな。研究者の鑑じゃねえか」
ヴィルフィはトレイスと会話したことをもう一度思い出す。
彼女はヴィルフィの日記を持っており、それをきっかけに魔災の事を何か掴んでいる魔女に問いただしたくなったのだろう。もちろんこの世界では魔災を引き起こしているのが魔女ヴィルフィということになっているため、元々話を聞きたいと思っていたのかもしれない。
魔災の根本的解決は、少なくともこの世界では魔女の討伐だ。だがトレイスたちのしようとしていることは、むしろこの魔災の構造を解明して、世界平和を望んでいるような――とそこまで考えたところで、ヴィルフィは一つの事実に気付く。
「……師匠と、同じだな」
ヴィルフィは鼻の長い、皺があちこちに走っている老婆の顔を思い出す。
ヴィルフィに魔法を教えた師匠、ガラリエ。彼女は元々王国の専属魔法使いであり、世界の構造を研究しようとしていたところに、女神からの妨害が入った。
かつての師匠のことはもちろん分からないが、前預言者のザペルは彼女のひたむきな姿勢に魅せられている。彼はヴィルフィにとっても、信頼できる人物ではあった。
(あのおっさんにもう一度、話を聞いても良いかもしれねえな……)
そうヴィルフィは心の中でそう考えつつ、思考をトレイスという少女の方へと向き直す。
彼女は師匠であるガラリエと同じような行動を起こそうとしている、そんな風に見えた。魔災という題材ではあるものの、あくまで世界の構造を知ろうとするような、ひたむきな姿勢だ。
もしそれが本当であれば、確実に自分とは協力関係を結ぶことが出来るだろう……ヴィルフィは喧嘩腰になってしまった自分を少しだけ後悔する。後先考えずに行動するのは、自分の悪い癖だ。
「……これからどうするか、決まったか?」
金色の瞳を魔女に向けている黒猫が、確認するようにそう尋ねる。
「……アイツに協力する。日記も返してもらったし、別に悪い奴じゃねえだろ」
ヴィルフィは腕に抱えていた日記を手に持って、見せびらかすようにゆらゆらと揺らす。
トレイスにとっては協力しあえるかどうか分からない相手に対して、魔災の手がかりとなるものを無償で返すのは不利益のはずだ。実際、日記の内容自体にも興味はあったはずで、手渡してきた時の無表情ながら少しだけ握力が強かった様子に、彼女の名残惜しさを感じられた。
しかしそれよりも彼女は、自分との信頼関係を取ったのだろう。世界を滅ぼそうとしている魔女相手にそう出来る胆力に、ヴィルフィは降参したのだった。
「分かった。これで私もこの壁を壊さなくて済む。あれは疲れるからな」
黒猫はベッドの上にひょいと飛び乗って、そのまま丸くなって眠る体勢になっていた。普通であれば可愛らしいと感じるかもしれないが、あのティアマットだしなとヴィルフィは怪訝な顔をする。この部屋にベッドは一つしかない。
ヴィルフィは壁にもたれかかって胡座をかいているハーデットと目を合わせた。ベッドが一つしかない以上、二人が地べたで眠ることになる。あの黒猫を無理やりどかせたところで、一人は床で寝なければいけない。ヴィルフィは三人で仲良く一人用のベッドに眠るのも考えたが、思春期の女の子補正で――実際は前世を足せば思春期などとうに超えているのだが――父親と一緒のベッドはご免だった。そもそも彼はろくに体を洗っていない。論外だった。
「……いい、俺が地面で寝る。どうせあの家でも、酔い潰れて地べたで寝てたんだ」
ハーデットが諦めたように、壁にもたれかかっている体の重心を更に壁へ預ける。
「悪いな」
もちろんヴィルフィは嫌いだった父親ではあるが、住んでいたトリンフォア村が崩壊し、王都でも住む場所が無いまま、最終的に騎士団に捕らえられた境遇には同情している。出来れば娘として労ってやりたかったが、自分は自分で色々と大変だった事を思い出し、彼の好意に甘えることにした。
「……なあ、代わりに一つ良いか?」
ヴィルフィがベッドのど真ん中を陣取る黒猫をどかそうとしたところで、ハーデットが声をかけてきた。
腐った、しかしその中にも芯があるような瞳でまっすぐにヴィルフィの事を見つめている。ヴィルフィは、なんだよ、とぶっきらぼうに彼の言葉へ返した。
「お前の物語を教えてくれねえか? ――俺にはついていけねえことも多いし、色々知っといた方が良いと思ったんだよ」
ハーデットは言っている途中で目線を逸らしてしまう。
彼の最後に付け足した言葉は、恥ずかしさを紛らわせるためのものだと、ヴィルフィは気付いて父親の不器用さを鼻で笑った。




