第13話「世界平和を願う者たち」(1)
魔災対策機関クスウィズン。
それは一六年前より発生している魔災から人々を救うため、魔災が起きた際の救出活動や、魔災の根本的な解決を目的とした機関である。
機関の本部はスコラロス王国の王都レセシアルトよりも馬車で二日ほどかかる、少し離れた場所にある都市ミュトシアに位置する。機関自体は新しいものだが、都市自体は古くからあり、魔法技術力は王都のものを凌ぐ。王都の空を覆っている対空魔法も、同じようなものがミュトシアには巡らされていた。
ミュトシア西部に位置する高い……最上部からは都市が一望できるほどの建物が、クスウィズンの本部だ。歴史は浅くも、ミュトシアの技術レベルを集結した建造物は、立派に都市のランドマークとなっていた。
そしてその建物は見える部分だけが全てではない。魔法を駆使して作られた地下施設は、魔力の流れを観測し研究するための施設になっている。
研究者たちがまるで住んでいるかのように研究へ没頭しているその地下施設、その端にある一室に、二人と一匹の来客が招かれて――いや、押し込まれていた。
「……匿ってくれるって、なんかの罠かもしれねえよな」
頬杖を尽きながら地面にあぐらをかいて座っている、赤髪の女性――魔災を引き起こしている原因であり、世界を滅亡に陥れようとしている存在……と世間からは評判の魔女ヴィルフィは、大きくため息を吐く。
彼女は魔女の森で賢者と戦った後、魔災による魔女の森の崩壊により世界の底へと転落した。なんとか地上に這い上がり、預言者ティアルムを誘拐したが途中で逃げられてしまう。しかしその預言者を彼女のもとへ連れ戻してくれた存在が、このクスウィズンのメンバーだった。
「罠なら逃げれば良いだけの話ではないか。また壁に穴でも開けてやろうか?」
低い偉そうな男性の声が、小さくて可愛らしい黒猫の口から放たれる。黒猫――もとい聖龍ティアマットは、ヴィルフィの正面に面と向かってちょこんと座り、じっとヴィルフィの方を見つめていた。
魔女ヴィルフィが世界の底へと転落した際にティアマットと出会い、それから行動を共にしている。彼らは各々の事情でこの世界の女神シゼリアードに喧嘩を売り、その関係者である者――女神の声を聞くことが出来る預言者ティアルムを拉致することになったのだった。
「いや、なんつうか、一応預言者を連れてきてくれた恩人だからな。アタシの首はそんな大罪を犯してまで取るリスクじゃねえだろ」
「お前はもう少し自分の首の価値を理解した方が良いだろうな。今のお前は世界を滅ぼす大罪人だ、殺せば歴史の教科書に間違いなく名前が載るだろう。私が試してやろうか?」
「面白れえだろうけど、女神と一緒にお空で眺めるのだけはごめんだな。……っつうか、言い方が悪かった。アタシの首を取るんだったらもっとスマートな方法があんだろ、ってことだ。こんなまどろっこしい方法取るなんて、何か裏があるに違いねえ」
ヴィルフィは表情を変えない黒猫に対して、口をへの字に曲げながらそう話す。
今の自分は世界を脅かす魔災を引き起こした存在で、世界の共通敵だ。回りくどい方法を取らずとも、とりあえず全員で殴ってぶっ殺せば良いだけのはず。ヴィルフィには特殊な能力があるから負けるはずはないだろうが、王国の民たちはそれを全く知らないはずで、罠に陥れるような方法を取る動機が分からない。それが実際に戦った賢者一行ならともかく、あまり関わりのない組織が取る行動にしては、違和感が大きすぎた。
ヴィルフィのため息を浴びながら、黒猫は自らの足でくしくしと痒いところを掻く。
「確かに不可解な点は多いな。ここは魔災に対処するための組織なのだろう? 私が一員なら、まずはお前の首を取ってから考える」
ティアマットも納得したようで、ふむ、と考え込んでしまい、それ以上何も話さなくなった。
「……お前ら、随分物騒な話をするよな」
ふと部屋の中に、少し枯れた男性の声が響き渡る。それはヴィルフィとティアマットの他にもう一人いた、クスウィズンに匿われた人物だ。
「……親父は何か心当たりがあるか?」
魔女の赤い瞳が、身なりの整っていない中年男性の光のない眼をじっと見つめた。
ヴィルフィから父親と呼ばれた男――ハーデットは壁に背中を当てて地面に尻をついた状態で、娘と同じように胡座をかいている。
ヴィルフィとティアマットが預言者を誘拐して王都から脱出する時、偶然にも王都の広場でヴィルフィは彼を発見した。厄災の魔女を育てた父親として捕らえられた彼は、元騎士団長グレンとの決闘を制し、ヴィルフィと共に王都を逃げ出したのだ。
「俺が知るか。自慢じゃねえが、グレンに捕まるまで何もしてなかったんだ」
それまではトリンフォア村で一人寂しく世俗から離れ、村が魔災による崩壊により無くなった後も王都で浮浪者として過ごしていた。それまで魔女騒動から蚊帳の外だったハーデットは、残念ながら何も知らない。
「……マジで自慢じゃねえよ」
呆れながらまた一つため息を吐くヴィルフィ。結局自分たちがどうしてクスウィズンに匿われているか、その真意は分かりそうに無かった。
しかし諦めの雰囲気が部屋に漂う中、コツ、コツと外から足音が聞こえてくる。そのリズムは不規則だったが、よく聞けば二つの足音が入り混じっていた。一つは細かい足音、もう一つはゆっくりとしたペースの足音。
ヴィルフィたちは部屋の扉の方を睨む。今からやってくる者たちが敵である可能性も否めない――というよりその可能性が高いと感じていた。
扉がゆっくりと開かれ、二人の人物が入ってくる。一人は背の低く無表情な水色髪の少女、もう一人は背の高いにやにやとした緑髪の眼鏡の女性だった。ともに白衣を着ていて、二人が研究者らしき人物だとヴィルフィたちに感じさせる。
「……おやおや、どうやらわたし達はかなり警戒されているようだ。どういう連れ方をすれば、猫から睨まれるんだろうね」
背の高い女性は口角を上げて、呆れるように笑っている。その目は隈による青白さも加えて生気がなく、心から笑っているように見えなかった。
「精一杯のもてなしはしたよ。彼女たちが望んでいる人物――預言者ティアルムを差し出した」
背の低い少女の方は、表情を変えることなく淡々と告げる。
そんな彼女の言葉に、緑髪の女性は大げさに腹を抱えて笑い出した。
「大罪人じゃないか! このままじゃあわたし達、王国で生きていけないよ?」
「問題ない。ティアルムには正体を明かしていないから、どうせ魔女の仲間が連れ去ったと思われてる」
「悪い奴め」
「賢いからね」
二人の研究者は厄災の魔女を目の前に、仲睦まじい様子で話し合っている。何なら水色髪の少女はピースサインさえしていた。
話している内容が物騒であることにハーデットは戸惑いを覚えずにはいられない。ただ残念ながら自分が知っている情報は少なすぎるため、その場の理解に努めるのが精一杯だ。彼はヴィルフィはどのように二人と話すのだろうと、注意深く自らの娘の方を見る。
ヴィルフィは緑髪の女性ではなく、水色髪の背の低い少女の方を睨んでいた。
「なあ背のちっこいアンタ。アンタの事がアタシは分からねえ」
ヴィルフィの少し低い警戒した声に対して、水色髪の少女は彼女の方へと視線を戻す。
ヴィルフィは自らの記憶を遡っていく。彼女はトリンフォア村を出た後に魔女の森に引きこもり、ガラリエの修行を受けていた。そして師匠の死後、賢者が自らの討伐に向かっていることを知り、そして賢者と仲間たちと対峙することになったのだ。
そして、その仲間の中に彼女はいた。魔災の発生にいち早く気付いた、小さい少女の一人。
水色髪の少女も無表情ながら、じっとヴィルフィを見つめて、その子供らしく少し薄い二つの唇を開いて、魔女へと言葉を紡いだ。
「……挨拶をしたことを忘れた? 私は天才魔法使いのトレイスだよ」
水色髪の少女トレイスは、不思議そうに首を傾げる。もちろん表情は特に変わっていない。
確かに彼女はヴィルフィに接触し、手土産に預言者ティアルムを連れてきたあの時に名乗っていた。だからもちろんヴィルフィは、彼女の名前を知っている。
しかしヴィルフィが聞きたいのはそういうことではなかった。
「ちげーよ。どうして賢者の仲間でこの場所の関係者でもあるアンタが、アタシを匿おうとしてるんだってこと」
ヴィルフィは単刀直入にそう尋ねる。
彼女にとって魔災の原因であるはずのヴィルフィは、敵以外の何者でもないはずだ。先程彼女たちが考えていた、トレイスがどうしてヴィルフィたちを匿おうとしている理由を探り出す必要があった。
トレイスは、ああ、とどこか納得したように口を少しだけ開く。
「それにはこちらの信念も知ってもらわないといけない。ちゃんと説明はするけど、長い話になる」
トレイスは部屋にあった椅子の方に移動し、ちょこんと座る。
そしてヴィルフィ、ティアマット、ハーデットを一人ずつ見つめて、再びヴィルフィの瞳に目線を合わせた。彼女の目の奥底には、何者も火傷を負わせようとするほどの強い氷塊が形作られている。
「……だけどこれだけは信じてほしい。私と、それからリスターは今のところあなたたちの味方」
リスターという名前を言う時に、彼女は同行している緑髪の女性に目をやった。それだけでヴィルフィは、それが彼女の名前であることを察する。
リスターは長身よりも更に長い白衣をずるずると引きずりながら、部屋に設置されてある一つのベッドにどさっと座った。
彼女の振る舞いをヴィルフィは鋭い目つきで追っていく。そんなヴィルフィの様子に臆する素振りだけを見せて、リスターは潤いが少し足りず乾いてしまっている唇を開いた。
「睨まないでくれたまえよ。わたしとトレイスはただ、世界平和を願っているだけなんだ」
「どうだかな」
吐き捨てるようにヴィルフィが呟くのを気に留めず、リスターは口角を嫌らしく上げてにやにやとしていた。
飄々としたリスターの態度にヴィルフィは舌打ちを一つ入れて、改めてトレイスへと向き直る。彼女の表情も依然として変わらない。まるですべてが下らない予定調和のようだ。
「最初から私たちを信頼してもらうつもりはない。私たちが理解し合うには時間が必要、でもあなたは追われる身。だからここに匿った」
「……つまりアンタたちはアタシらとゆっくり話がしてえってことか?」
「そういうこと。……例えば」
トレイスは白衣の内側に隠していたバッグから、そっと一冊の本を取り出す。それは長年使われたようにぼろぼろで、それでも手入れがしっかりとされているようなものだ。
そしてその本に、ヴィルフィは見覚えがあった。いいや、この本に対して一番知っているのは、間違いなく彼女なのだ。
「それは、アタシの日記……!?」
トレイスが取り出したのは、崩壊する魔女の森で拾った、魔女の所有物だった。




