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幕間「皮肉な追い風」


 賢者と呼ばれた少年が、預言者の座についた。

 その事実に対して困惑する王国民は少なからずいたのだが、だが彼の功績を鑑みれば彼以上の適任者はいないと、国民たちも感じ始めていた。

 生まれながらに魔法を無詠唱で唱えることができる能力、どれだけ魔法を使ったとしても尽きない無尽蔵の魔力、そしてあの伝説の元騎士団長グレンに教わった剣術。彼の素質は民を”自分たちとは違う存在だ”と認識させる。

 そして彼が行ってきたこと――トリンフォア村の村民の救出から始まり、惜しくも倒すまではいかなかったが厄災の魔女と互角に渡り合い、そして女神の天啓によるジュスカヴ村の全村人の救出および王国との融和のきっかけを作った。

 その功績を見込んで王国は新たな預言者に彼を推薦。それを応援する声は、リートの仲間たちをはじめとして、トリンフォアの民、騎士団、そしてジュスカヴ村の村民。特にジュスカヴの村人たちは彼が女神の声を聞いた預言者であることを、”全く違う神を信仰しているにもかかわらず”主張していた。


(……完璧な英雄譚ですね。まるで仕組まれたかのような)


 新たな預言者となった賢者リートが、民に向けて初めての挨拶を行おうとしている。王国民がこぞって集まり、王国はまるで海のように人に埋め尽くされ、うねりを上げていた。

 そして少しだけ離れた、余裕のある場所に一人――外套のフードで顔を隠しながら、リートが出てくるであろう教団の高い場所にあるテラスをじっと見つめる女性がいる。

 彼女はやがて出てきた少年――リートの姿と、隣にスコラロスの国王、および教団のかつてザペルに仕えていた側近の地位にあった初老の男性が見えた。

 リートは民に向けて微笑む。彼の姿は美麗な顔立ちということもあり、国民にとって眩しい存在だった。

 だが眩しいくらいが丁度よいとも、外套の女は思っている。女神の声を聞くことができる神聖な者なのだ、多少はその貫禄を出さなければいけない。

 ……と、そこまで考えた外套の女は、呆れるように一息、笑ってしまった。その真意を訊こうとする者は、この場にはいない。みな、新しい預言者の誕生に浮足立っているのだ。


「……恐れ多くもザペル様、ティアルム様と続く預言者の清流に、僕が着くことになりました」


 やがてテラスから国民たちを見下ろすリートは、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎ始める。拡声魔法によって王都に響く声により、聴衆は静かに彼の言葉へ耳を傾けていた。


「正直、ここまで多くの人物の前で話すことは緊張します。自らの一声がこの王国の未来を決めるものになる、そんな重責をお二方が背負われてきたのだと知って、改めて尊敬の念を感じずにはいられません」


 リートは話す内容こそ弱気で、普段の彼であれば苦笑いでも浮かべているところだったが、今回は違った。

 彼は今、真摯にその事実を受け止めている。苦笑いの一つでも浮かべれば、彼が信用に足る人物なのか疑いの余地が生まれてしまう。

 受け止めたからこそ、自分が何をするべきなのかを伝えなければいけないのだと思っていた。


「……ですが僕の想いは、ザペル様やティアルム様と同じです。この国を襲う魔災を解決し、人々が幸せに暮らすことのできる世界平和こそが、僕の使命です」


 すぐ前まで預言者に着いていたティアルムを知っている者はもちろん、さらに前の預言者であるザペルの頃を知っている国民たちは、彼の言葉に頷く。

 リートも預言者に至るまでの日々があったからこそ、彼らの功績を知ることができた。

 ティアルムも女神の命に従って魔女を討伐することに固執していたが、それでも世界をより良くするために行動しようとしていたのだ。ジュスカヴ村でアンクとともに仕事をして、遠い存在だと思っていたザペルが、民の声を聞き続けていたことを知った。

 預言者へと至る道の中で、リートの言葉は上っ面をなぞっただけのものでは無くなっていったのだ。彼は真摯な瞳で国民を見渡しながら、言葉を続ける。


「確かにこの世界には、まだまだ悲しみに溢れています。魔災によって怯え、時に巻き込まれて苦しむ者がいます。ですが、僕は苦しんでいる”皆”を救いたい。だからこそ、今ここに立っています!」


 国民たちが徐々に歓声を上げ、それが爆発的に王都に広がっていく。おそらく起爆剤はジュスカヴの村民か、騎士団か、魔法学校か。どちらにせよ、彼が預言者として多くの信頼を得ることが出来ているのは、国民の声を聞けば一目瞭然だ。


「……ふふっ」


 外套の女が、ここに来て初めて声を上げた。その声はもちろん歓声に紛れてすぐに消えてしまったが、彼女のフードから垣間見える口元は、少し口角が上がっている。


(……貴方は貴方の物語を通じて、今ここにいるのですね)


 彼女は新たな預言者から背を向けるように踵を返して、人の少ない方へと歩いていく。誰もいない方へ、誰もいない方へ。

 そうしてしばらく歩いて歓声が他人事のように聞こえなくなった頃、外套の女の目の前に、一匹の黒猫が現れる。


「もう、良いのか?」


 人の言葉を話す黒猫は、見た目にそぐわないその低い声を外套の女に向けた。


「ええ、もうわたくしの役目は終わったことなど、明らかでしょう」


「分かった。騒ぎを起こさないうちに戻ろう、アール」


 彼の言葉を聞いて、外套の女はフードに両指をかけて、ゆっくりとその顔を王都に吹く涼風に晒す。

 風がたなびかせたのは、錦糸のようなミルキーホワイトの髪だ。首元で切り揃えられた後ろ髪に対して、横髪はそれよりもずっと長い。そしてその髪は彼女のすこしふっくらとした頬を撫でるように、後ろから吹いてくる風に揺れていた。


(”皮肉な追い風”ですね……)


 アールと呼ばれた女性は、追い風に押し出されるように、外套を揺らしながら王都の喧騒からますます離れていく。


「……ここからは、わたしの物語です」


 その瞳に宿っていたのは、彼女が感じているような諦観ではなく、自らの使命を宿したような、ほむらだった。



=== 第3章A「天啓を継ぎし者」 完 ===


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