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第2話「王国を襲う魔災」(3)


 リート、ベール、トレイス、そしてトリンフォア村から助けられた黒髪の少女が、一列にまっすぐと並んでいる。

 ここはスコラロス王国の王都にある、女神シゼリアードを崇拝する教団――セネシス教の本部となっている建物の一室だった。豪華な飾りつけと荘厳な雰囲気が漂っており、まるでこれから国王への謁見でもしようかという佇まいだ。もちろん教団の本部なので国王に会う訳では無いし、そもそも見張りの兵士の一人すらいない。

 ただ四人が何も話さずに、緊張した面持ちで並んでいる。リートはなんだか変な空間だなと感じた。


「トレイスっ! 会いたかったですよ!!」


 そしてその異質な空間は、奥の扉を勢いよく開け入ってきた一人の、柔らかで大きな声によって、更に変な色へ塗られていった。


「……ティアルム、うるさい」


 トレイスは腕を掴んでぶんぶんと振る目の前の女性に対して、明らか嫌そうに顔を背けていた。

 その目線はリートの方へ向いており、いかにも”なんとかしろ”と言わんばかりだ。


「ティアルム様、お初にお目にかかります。リートと申します」


 トレイスの普段見ない表情に心の中で苦笑しながら、リートは丁寧に自己紹介をする。ティアルムと呼ばれた女性はリートの方へと振り向き、満面の笑みを浮かべながら、またしてもぶんぶんと腕を振る。柔らかい手の感触に加え、豊満な胸が揺れているのが周辺視で分かり、気持ちのやり場にかなり困った。


「きゃーっ、貴方が噂の賢者さまですね!! ティアルムです賢者さま、よろしくお願いします!」


「ど、どうも……」


 リートへの挨拶が終わり、ティアルムは残り二人にも挨拶をしようと離れた。ミルク色の長髪からアロマの香りがして、リートの心臓はまた跳ねる。

 黒髪の少女は恐れ多そうに、そしてベールも珍しく畏敬が混ざっている所作で、ティアルムの言葉に答えた。

 そしてティアルムはそのまま四人の前にある、やけに背もたれが高い椅子に座る。快適に座るためではなく、あくまで威厳を持たせるために設計したんだろうなと、リートはやけに冷静に分析した。


「ふうーっ。……ごめんなさいちょっと気分上がりすぎたから落ち着くまで待ってくださいね」


 明らかに息の上がっているティアルムを見てリートは、人は会ってみるまで偏見まみれなんだなぁと感心する。

 この目の前の女性は、セネシス教の中でもかなりの権力を持っている――いわゆる”預言者”と呼ばれる血筋の人物だ。

 教団の最高位と言っても差し支えがなく、教団の運営こそ父親に任せているらしいが、実際に女神の声を聞いて国民に伝えるのは、紛れもなくこの人である。

 ゆえに自分たちがこうやって面と向かって会う機会など無いに等しいはずだった。


「……女神とお喋りしたんでしょ、とっとと話して、ティアルム」


「急かされるのは好きじゃないですよ、トレイス」


「じゃあ帰って良い?」


「帰っちゃだめですっ!」


 そしてなぜか、預言者ティアルムに呼び捨てで話しかけるトレイス。彼女が今日吐いたため息の数は二桁になっていた。

 リートはいつぞや研究室でトレイスと話した記憶を呼び起こす。ベールはトレイスの女神信仰への言葉を「聞く人が聞けば死刑」と諌めたが、どうやら預言者は聞く人ではなかったようだ。


「……こほん、いいですか。預言者のわたくしが今から貴方たちに、女神の啓示をお伝えします。皆さん落ち着いてください」


「落ち着くのはティアルムの方」


「いちいちうるさい! 黙って聞いてください!」


 なぜかトレイスとティアルムのコントが挟まり、リートは苦笑いを浮かべながら眺める。先程まで感じていた緊張感は、少なくともリートからは消えてしまっていた。


「さて、女神シゼリアードはこう仰られました。厄災を引き起こしているのは、王都の東の森に住む魔女なのだ、と」


「魔女……?」


 リートは思い当たる節があった。

 王都の東から進んだ先には、魔女の森と呼ばれる鬱蒼とした森がある。面積が広く、凶暴なモンスターもいるため、元々誰も近寄らない場所だった。

 数年前、リートがまだ初等部の中頃を過ぎた頃、その森には一人の魔女が住み始めたと言われている。その魔女は呪われた魔導書を読み、凶悪な魔法を使って魔物たちを従え、森で王国滅亡の時を狙っている、とか。


「……その魔女の出自は、もしかしてトリンフォアではありませんか?」


 リートとは違う声が、ティアルムに投げかけられる。


「さすがキャロシーさん、よくご存知ですね!」


 ティアルムが目を向けたのは、トリンフォア村出身の少女――キャロシーだった。

 黒髪を一点で束ねて作られたポニーテールが、頷きと共に揺れる。彼女をリートたちが助けた時は髪をまっすぐ下ろしていたが、村が崩壊してからはずっとこの髪型をしている……ということを、彼女とその母親を保護したトレイスが教えてくれた。

 キャロシーの言葉にティアルムは満足げな笑みを浮かべ、少しオーバーにも見えるほど首を縦に振りながら口を開く。


「その魔女の名前はヴィルフィ。トリンフォア村の父子家庭で育ち、六年前に村を去って東方の森へ住み始めました」


 ティアルムが目を閉じながら、腕をどこかへ伸ばしながら、まるで演劇のように話す。

 “ヴィルフィ”という言葉が出た瞬間、キャロシーの体がビクッと跳ねる。それは何かに怯えているような顔だった。


「私は魔女の事を存じていました。家に引きこもり魔導書を読み耽って、村への協力もせず、自分の世界ばかり。村から灯りが消える事はありませんでした。気持ち悪かった……村人みな同じ気持ちであったことは確かです。やがてその姿が消えて、そして六年後の先日――」


「――トリンフォア村を滅ぼした、ですね」


 ティアルムがそう締めくくる。キャロシーの拳は震えており、血が出てしまうのではないかというほど固く握られていた。


「……本当にトリンフォア村を滅ぼしたのが、その魔女なのですか?」


 ティアルムの結論に対して疑問を呈したのが、リートだった。

 確かにその魔女の存在は奇妙だと思う。トリンフォア村出身で、愛着の無かった村を標的に、魔力を大規模に暴走させて崩壊させた……別に筋の通らない話ではない。

 ただそれだけで”魔女のせい”にするのは早計すぎる気がしている。まるで誰かが人為的に魔女を貶めようとしているかのようだった。


「賢者さま。これは女神様が仰ったことです、間違いありません。それにわたくしもこの魔女が魔災の原因であれば、納得のいく部分があるのです」


「それは……?」


「魔災が生じたのが、ちょうど彼女が産まれてからのことなのです。日に日に魔災の被害が大きくなっていることから、魔女は益々(ますます)力を付けてきているのだと思われます。このままではやがて王国だけでなく、世界が滅んでしまうでしょう」


 そうたしなめられたリートは、トレイスの方を見やる。彼女は女神の言葉ではなく、自分が正しいと思ったことを信じるはずだった。


「……魔災が生じてから十六年が経過してる。魔女が産まれたのも同じ時期。これは事実」


「それなら僕だって産まれてから十六年経ってる」


「リートは魔災を引き起こしている犯人なの?」


「いや、そうじゃないけど……」


「なら、この議論はそこまで重要じゃない。……私も別に女神の言葉を鵜呑みにはしないけど、可能性の一つとしては考えられるってだけ。だったら――」


 トレイスは一歩前に進み、ティアルムの方を見つめる。熱烈な視線にうっとりしている彼女を無視して、トレイスは口を開いた。


「――女神の啓示に基づき、王国は魔女を殺すよう勅令を出す。その勅令の対象に、私たちが入ってる」


「正解です! さすがトレイス!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 リートは思わず会話を止めてしまう。

 それもそのはず、自分たちにこれから魔女殺しをしてこいと言われたのだ。

 ただティアルムは不思議そうな表情で彼の事を見つめていた。なぜそのような反論が出てくるのか、という疑問だ。


「どうして僕たちが無罪かもしれない魔女を殺さなければいけないんですか!?」


「魔女は有罪ですよ。だって女神様が仰られたのですから」


「……そうかもしれないけど!」


「リート、そこまでにしよう」


 リートの言葉に、トレイスが割って入る。彼女はリートに向かって、首を横に振った。


「女神崇拝のセネシス教を国教としている王国で、女神を否定するような行動をしたら、それこそ死刑になってしまうよ」


「……でも」


「気持ちは分かる。お前が言うなって言いたい気持ちも」


 トレイスは至って冷静だった。リートは自分が頭に血が上っていたことを自覚する。

 ……どうして自分はこんなに魔女の事を庇うのだろうか。確かに理不尽な言い分ではあったが、本当にその魔女が世界を滅ぼすのであれば、リートはきっと全力で止めるだろう。

 それは、リートがこの世界が好きだからだ。幼馴染のベールも、剣術の師匠であるグレンも、共に崩壊を対処した仲間のトレイスも、父親も、母親も、そして誰かを守ることが出来る、強い能力を持った自分自身も。何もかも好きになっていた。

 それに女神というのは、リートが転生前に出会ったあの女性で、実在している事は自分でも分かっている。女神など存在せず、目の前の女性が嘘を付いている可能性は低いようにも感じた。

 理屈ではその魔女が世界を滅ぼす存在かもしれない事は納得していた。しかし心のどこかで、本当にそうなのだろうかと迷う自分がいる。

 リートはトレイスと一瞬視線を合わせ、その後、全員と一度ずつ目線を交わす。みんなのことが、この世界のことが愛おしくて仕方なかった。


「……今の僕には、女神の天啓が本当なのか分からない。だから魔女と会って、話して、殺すかどうかは僕自身で決めるよ」


「分かったよ、リート。私は絶対に、リートの味方だからね」


 ベールが芯の強い表情で、笑みを浮かべる。こういう時のベールは、本当にお姉さんのようで頼もしい。


「ティアルム様、僕は一度、魔女が住む森へと向かいます。そして魔女と直接話して、必要があれば……倒してきます」


 ティアルムはにっこりと笑いながら立ち上がり、ぎゅっとリートの手を掴んで、


「”厄災の魔女”の殺害を、女神も望んでいますよ! よろしくお願いしますね!」


 そう声をかけながら腕をぶんぶんと振った。


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