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第12話「第三王女の憂鬱」(17)


 ユスフィーンと対峙してから日は流れ、リートとリーンキュラスは教団本部裏の墓地へと来ていた。

 リートがこの墓地に来るのはこれで二度目だ。一度目はあの雨の日、前預言者ザペルが何者かに暗殺され、王国の民の悲しみによって包まれた日。

 そして今日は、もう一人――ザペルの時とは違い、快晴の中で来ているのはこの二人だけだ。

 その墓石に刻まれていた名前は、”ノア”。リーンキュラスの一番信頼している従者の名前だ。

 リートたちはノアの墓石に対して少しだけ目を閉じて祈りを捧げたあと、お互い目を合わせるでもなく、話し始める。


「教団との会議では、上手い方向に持っていくことができて、良かったですわね」


 リーンキュラスが思い出す仕草をしながら、いつもよりもやや張りのない声でリートへと告げる。


「それは全部、リーンキュラス様たちのおかげですよ。僕一人では絶対に出来ないことでした。本当にありがとうございます」


 リートはリーンキュラスの方へと振り向き、微笑みながらそう告げる。

 ユスフィーンの悪事を突き止めたリーンキュラスは、彼女に対して一つの交渉を行う。それはリートを預言者として教団に推薦するよう、国王に打診することだった。

 国王は良くも悪くも、ユスフィーンの事を信頼している。本当は彼のかつての妻を殺した計画犯がユスフィーンであるのだが、特にリーンキュラスは打ち明けることはしなかった。いずれは全て明らかにしてやるという意気込みはあるようだが、今は王国の再建が優先だ。

 もちろんユスフィーンも娘に様々な弱みを握られている以上は、彼女の要望に従うほかはない。いつか殺してやりたいという気概はリーンキュラスの目にもあるようで、その辺りは警戒しているらしい。


「……大変なのはこれからですわよ。貴方は教団の事実上のトップに立ち、人々を導かなければいけないのですから」


 リーンキュラスが呆れたようにため息を吐く。その重責が自分よりも重いものだと、彼女自身はよく分かっている。

 そしてユスフィーンの力添えもあり国王は賢者リートを新たな預言者として推薦することになった。ジュスカヴ村を救った事を実績として教団にそれを提案する。教団も最初は猜疑心に包まれていたが、ジュスカヴの村民たちが流してくれていた噂や、騎士団関係者のグレンやアンクの意見もあり、リートの事を新たな預言者として受け入れてくれる事になった。


「そうですね。まだ突然やってきた若者を疑っている信者の方も多いと思います」


 リートはこれから待ち受ける困難を心の中で思い描き、リーンキュラスと同じようにため息を吐いた。

 もちろん教団に所属している全ての人間が賛成しているわけではない。前預言者ザペルの血を引くティアルムこそが真の預言者であるという意見も無くはなかった。

 だが幾つかの事実が、リートを預言者の座に座らせる理由になっている。一つは現状、ティアルムの生死が不明であること。厄災の魔女ヴィルフィに誘拐されて、ザペル同様に魔女の手先によって殺されたのではないかと噂が立っている。預言者の座席が空白である以上、教団も新たな指導者を欲していた。

 そしてもう一つ。リート自身が他にはない特別な能力を持っているという点だ。彼の無詠唱で魔法を発動させる能力、そして様々な属性の魔法を無尽蔵に使うことができる能力はまさに人知を超えたものであり、”女神の力”と呼ぶには相応しいものだった。ゆえに彼が女神の声を聞くことができるという事も、信者が納得する要因になっている。

 もし仮に納得がいかない信者がいたとしても、リートは既に彼らと話し合う方法を知っていた。それはジュスカヴ村でアンクたちから学んだことの一つだ。


「リート、少しいいかしら?」


 リートが決意を新たにしているところへ、リーンキュラスがまっすぐに彼を見つめた。

 その瞳には彼女にしては珍しい、弱々しい灯火が宿っている。


「どうしたんですか?」


「先ほど貴方はワタクシに感謝をしましたわよね。でも、ちゃんとお礼を言わなければいけないのはワタクシの方よ。貴方は王国をより良くするために立ち上がってくれている、ワタクシは貴方に王国の面倒事を押し付けた挙げ句、貴方に頼ることしか出来ないんだもの」


「そんなこと――」


「――それ以上言わないで頂戴。人の感謝は素直に受け取るのが礼儀ですわよ。ウェアラットにチーズを差し出せば、迷いなく齧り付くでしょう?」


 それは罠の可能性もあるのでは、とリートはつっこみたくなったが、流石にそこまで無粋な事はできず、素直にありがとうございますと感謝の意を返した。

 そしてその様子に満足したリーンキュラスは、少しだけ微笑んで、更に言葉を続ける。


「……不躾であることを承知の上で、もう一つだけお願いがあるの。よろしいかしら?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 リーンキュラスは人差し指で自慢の金髪をくるくると弄びながら、目線を逸らして少し頬を赤らめる。そしてその柔らかい唇をぷるんと弾ませて、リートの方をまっすぐに見つめた。


「……貴方にも呼んでほしいの。リーンキュラスではなく、”リン”って」


 リーンキュラスの声が少しだけ震えていた。彼女が緊張している様子を見たことがなかったリートは、彼女の姿を意外に感じてしまう。

 しかし彼女はノアやグレンに対して、同じように”リン”と呼ばせていた。グレンはあまり乗り気ではなかったが、彼女はそれを別の人に強制はしていなかったのだ。信頼できる人物にこそ、そう呼んでほしかったのだろう。

 そしてリーンキュラスが今告げたことは、つまりリートへの信頼の証だった。それに気付いたリートは少し頬を染めて照れてしまう。


「わかりました、リン様」


「違うわよ、”リン”で良いの。そもそも貴方とワタクシにもう身分の差は無くってよ? 王族と預言者、ともに世界平和を目指す同志なのですから」


「……わかった、リン。これからもよろしく」


「ええ、それでよろしいですわっ!」


 二人はノアの名前が刻まれた墓石の前で談笑する。まるで二人ではなく、三人でこの会話を楽しんでいるかのように。

 二人の肩にはそれぞれ、王国の未来が背負われている。確かにリートは預言者として、リーンキュラスはこの国の王族として、それぞれ立場は違う。

 だが彼らが目指しているのは、この世界をより良くしていこうという理想だ。リートは魔女ヴィルフィさえも救うという理想を掲げて、これから奔走することになる。

 そしてリーンキュラスはそんな彼に対して、彼の同志の一人として支えていこうと、心に決めたのだった。



第12話「第三王女の憂鬱」 (終)


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