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第12話「第三王女の憂鬱」(15)


「――リン様。ご、ご無事、ですね……?」


 リーンキュラスを狙うユスフィーンの光魔法、それを背中で庇ったのはオンジアだった。

 ロングスカートで少しクラシカルなメイド服に血液が滲んでいく。光魔法の矢が貫いた彼女の体から、血が吹き出る。その血が庇ったリーンキュラスに対して、少しだけかかってしまう。主人の顔を自らの血で汚してしまったことに対して、オンジアはとても申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


「ノア、あなた……っ!」


 目を見開き、その瞳孔を揺らしているリーンキュラスの表情は、オンジアにも見たことがなかった。体の力が入らない状態のオンジアは、力なく前方へと倒れる。それをリーンキュラスは優しく受け止め、地面に寝かした。

 リートは無詠唱で回復魔法を発動させながら、オンジアの傷をなんとか癒そうとする。しかしその傷は人体を貫くほど大きく、焼け石に水という状態だった。

 オンジアは口元だけ少し上げて微笑みを浮かべながら、リーンキュラスの方を見つめる。


「……リン様。私、やりました。リン様の従者であるノアとして、動くことが出来ましたよ。褒めて、ください……」


「ばかね……」


 リーンキュラスの表情は、王族としてではなく年相応の、少女が悔しさと悲しみで涙を流してしまうものだった。

 泣き止まないリーンキュラスに対して、オンジアは腕をゆっくりと震わせながら上げていき、その手のひらで彼女の頬を包んで、流れる涙を受け止める。


「リン様? 私は、間違って、いましたか……?」


「そんな訳ないじゃない。貴方は今、”自らの手”でワタクシの従者になることを選んだのよ。従者の成長を喜ばない主人がどこにいるのよ……っ!」


「……えへへ、良かったですぅ」


 オンジアは満面の笑みでリーンキュラスの言葉に答える。

 ユスフィーンの配下であり前王妃の殺害犯であるオンジアは、たった今、本当の意味でリーンキュラスの従者のノアになった。

 ノアは真剣な眼差しでリーンキュラスを見つめている。その瞳は少しずつ色を失いつつあったが、それでも自らの使命を全うするために、芯の入った眼差しだけは崩さなかった。


「リン様、ノアは今から大事な話をします。聞いてくれますか?」


「……ええ」


 ノアは流血によって少しずつ失われていく命の灯火に、それでもなお生きようと、生きて何か残すものを作り出そうと、ゆっくりではあったがノアに語りかける。


「ノアはユスフィーン様の気持ちも痛いほど分かりますが、リン様の気持ちも、一番近くで見てきたノアにはよく分かりました。世の中を良くしたいと思っているのに、道具である自分は何を主張しても一蹴されるものだと」


「そうね。ワタクシたちは何度も苦汁をなめさせられた。そんな時はいつも、貴方が慰めてくれたわよね」


「……前預言者のザペル様が殺され、王都が危機に陥っている時も、リン様は動こうとしていた。でもその策は全てユスフィーン様に否定されて、そしてリン様は独自に動くことを決めた。実のお母様の弱みを握ることで、自分の意見を通しやすくするために」


「ええ、だから貴方はそれに協力してくれて、お母様のカルテを探し出してくれた」


 リーンキュラスは、でも、と一つ区切って、再び言葉を続ける。


「……これは勝手なワタクシの推測だけれど、お母様のカルテは診療所から”その時に”見つけたものではないでしょう?」


 少し驚いたように、オンジアの瞳が少しだけ見開かれた。だがよく考えてみれば彼女は気付いているはずだと、驚きはすぐに薄れていく。


「さすがリン様ですね、もうほとんどの事は気付いている様子です」


「……貴方のカルテを見つけたのが、他ならぬ貴方の部屋だもの。気付くのも仕方ないわ」


 リーンキュラスは呆れたようにそう呟く。

 彼女は診療所前でリートたちが襲われたと聞いた瞬間に、どうして事件から十年以上経っているこの場所の調査を邪魔する者が現れたのか、不思議で仕方がなかった。事件当初ならまだしも、今の段階でここまで周到に準備された襲撃を出来た意味が分からない。

 そうすると、診療所の調査を黒幕に報告した人物がいると感じていた。そしてかつてリーンキュラスがノアに診療所の調査を頼んだ時には、襲撃されたという報告は聞いていない。

 そこから導かれる結論は、ノアがその内通者であるということだ。彼女が黒幕であるユスフィーンと内通していたからこそ、リートたちは都合よく襲撃された。

 そしてそれが気がかりで、ユスフィーンはノアの部屋を調べることになる。


「……リン様はノアのことを、いつから裏切り者だと思っていたんですか?」


「ノア、貴方のことを裏切り者だと思ったことなどないわよ。貴方はずっとワタクシたちの協力者だった」


 リーンキュラスは涙を流しながら、それでも強気に口角を上げて、自信満々にそう告げる。

 彼女はノアが内通者でありながら、やけに王妃に対して否定的であることと、そして王妃のカルテを持ってきたことを疑問に思っていた。

 そしてその答えは、彼女の部屋にあったのだ。魔法錠のついた引き出しに入れられた、ノアの魔法整形のカルテ。それが残っていたことが、ノアがこちらの味方であることの証明だった。

 ノアとユスフィーンのカルテは、魔法整形医を殺したノアが回収しているはずだ。ユスフィーンからは処分してしまえという命令だっただろうが、彼女は彼女の命令に逆らって、処分をしなかった。それがなぜかは分からないが、いずれこんな日が来たときのためかもしれない。

 そしてユスフィーンの悪事の手がかりを掴もうとしているリーンキュラスに対して、ユスフィーンのカルテを提供した。ユスフィーンを止めるために。

 他人任せな性格のノアは、その時点ではまだ全ての手がかりを渡すことが出来なかった。

 だがノアはリーンキュラスを信用していた。彼女たちならば真相を突き詰めてくれると。そして彼女の見立て通り、リーンキュラスは真相まで近付いてくれた。

 不器用なノアなりの、精一杯の応援の仕方だったのだ。ノアはそれに応えてくれたリーンキュラスに対して、死んでいくはずの心が、ときめきで熱くなっていく。


「……リン様、単刀直入に聞きますね。ユスフィーン様が前王妃の殺人を計画した直接的な証拠は掴んでいないですよね?」


「……そう、ね」


 リーンキュラスは自らのブラフがノアに気付かれていた事に驚く。

 自らの母親に伝えたことは、実は何の根拠もない推測だ。ユスフィーンの反応からそれが真実であると分かったが、それでも勝負に出たのだ。


「リン様、ユスフィーン様が前王妃様の殺害を計画した犯人だったのは、ノアも知らないことでした。ですがノアの部屋にはまだまだ、隠しているものがあります。王妃を殺せという命令書とか、それを命令した者の情報とか。……それを追っていけば、きっとユスフィーン様にたどり着くはずです」


「貴方、そんなものまで……」


「墓まで持っていくつもりでしたけど、気が変わってしまいましたねっ」


 ノアはリーンキュラスに、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 彼女のリーンキュラスの頬に添える手の力が、どんどん失われていく。それに比例するように、ノアの瞳から急速に色が失われていった。もうリーンキュラスのことは見えなくなってしまっていたのだ。

 しかしノアはリーンキュラスに向けて、満面の笑みを浮かべる。笑みによって瞳から流れ落ちた涙は、彼女の精一杯の感情だった。


「ノアは、リーンキュラス様の事が、大好き、です、から……」


 そしてそのままリーンキュラスの頬に触れていた手が、力なく地面に落ちてしまった。


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