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第12話「第三王女の憂鬱」(14)


「――元王妃の”殺害計画”。間違いありませんわね、お母様?」


 リーンキュラスの言葉に対して、ユスフィーンの表情が明らかに崩れていた。まるで核心を突かれて滲み出た汗は、リートたちにその言葉が真実であると伝えている。

 物騒な単語が出てきたと、リートは驚きの表情を浮かべていた。そしてそれは前方のオンジアも同様である。

 オンジアは、自分が騙されたとはいえ犯してしまった罪を、ユスフィーンに救ってもらったと感じていた。大罪を犯してしまった自分に対して、もう一度生きるチャンスをくれたのだと。

 だがもしリーンキュラスの言う通り、ユスフィーンが元王妃の殺害に関わっている人物だったとしたら……それは全ての根底を覆すような事実だ。


「……ユスフィーン様、どういうこと、ですか?」


 少し震えた声でユスフィーンを見つめるオンジア。その瞳も動揺が隠しきれずに揺れている。

 そしてまた違った意味で震えている者――ユスフィーンは汗を何滴も額から垂らし、その化粧が崩れるのもいとわずに、拳を作りながらリーンキュラスを睨んだ。


「あ、あなた、なんて事を言うの……!?」


 焦るユスフィーンとは対照的に、リーンキュラスは白い歯を見せながら挑戦的な笑みを浮かべていた。


「お母様、今はワタクシの質問に答えてくださる? お母様は元王妃の殺害を計画したのでしょう? その依頼をしたのがノアですわ。貴方は自分で騙した相手を自分の手で救う、自作自演を行ったのよ」


 リーンキュラスの言葉に対して、ユスフィーンは明らかに動揺を浮かべている。どうやら図星らしいと、その場にいる三人は感じることが出来た。

 ユスフィーンがリーンキュラスの父親――スコラロス王国の王と婚約した時期は、リーンキュラスが産まれる前の一年間という、間もない頃だ。恋は再燃するのが早いのかもしれないが、それにしても早すぎる。薪を焚べている人物がいるのは明白だった。

 そしてもっと前の事を辿ってみれば、ユスフィーンが現れた時期よりもほんの少し前に、前王妃が何者かに暗殺されているのだ。

 ここに因果関係を抱く者がいたかもしれない。しかし彼女には魔法整形の事実がある。幾つものカモフラージュを重ねていくのは、王妃ユスフィーンの常套手段のようだった。

 もちろん一人では不可能なことだ。だからこそユスフィーンは匿名で前王妃の暗殺を依頼、それを実行することになったオンジアが罪の意識に苛まれていることを知り、彼女の弱みにつけこんだのだ。


「そ、そんな出鱈目でたらめをよくも……!」


「出鱈目ですって? ではワタクシが握っている証拠を国民に晒し上げて差し上げましょうか。それでお母様は終わりですわ」


 しかしリーンキュラスは揺らがない。まるで絶対的な自信があるかのように、実の母親に向けて死神の鎌を突き付けている。

 その証拠が何かも知らないまま、しかしユスフィーンは怯えるように自分の娘を見つめていた。自身とオンジアの魔法整形のカルテを用いて、オンジアが元王妃を殺した犯人であることを突き止めた我が娘のことだ、既に証拠を掴んでいるに違いない……ユスフィーンはそう考える。

 だからこそ、ここで娘を食い止めなければいけない。ユスフィーンは娘を強く睨みながら、暴力的に口を開けた。


「そ、そんな事をして貴方に何の得があるの!? ワタクシがそのような罪で裁かれれば、貴方だってただでは済まないのよ!」


 ユスフィーンは震える声でリーンキュラスに向けてそう告げる。

 厄災の魔女の母親である彼女には、家族一人が大罪を犯した時に、周りに与える影響がどれほど大きいかをよく分かっていた。例えば自分の元々の夫であるハーデットも、騎士団によって捕らえられている。自分が彼のかつての嫁であると言うつもりは毛頭なかったが、バレてはいけないという使命感だけはつのっていった。

 そして彼女は今、同じ事を自分の娘に突き付けている。自分が捕まってしまえば、リーンキュラスも同様に捕らえられ、処刑されかねない。自らの立場が危うくなるのだとすれば、彼女にも交渉の余地があるはずだ。

 しかしリーンキュラスは、その笑みを止めない。


「心外ですわ。お母様と違ってワタクシは、自らの立場に興味などありませんの。……良い機会ですから教えて差し上げますわ。ワタクシ、あのテーブルマナーが大嫌いですのよ? 汚れた地面に胡座あぐらをかいて座っても構いませんわ、カトラリーがなくて手を汚そうが構いませんわ」


 リーンキュラスはまるで邪悪な笑みを浮かべる”魔女”のように、言葉を続けていく。その表情から迷いというものは一切消えていた。


「――ワタクシは、お母様とともに地の底まで落ちても構いませんのよ?」


 リーンキュラスの言葉に対して、ユスフィーンはどんどん顔を青ざめていく。

 わが娘はこんな風に育てた覚えがあっただろうか。少なくとも自分はこのように育てた覚えはなかった。

 だがリーンキュラスは今、自らの正義を貫くためであれば、自分もろとも地の底に落ちても良いと言っている。彼女の表情から見ても、その気持ちは揺らがないだろう。

 ……だとすれば、ユスフィーンが出来ることとは。


「……リーンキュラス、貴方には失望しました。今までどれほどの愛情を注いできたのか、貴方には分からなかったのね」


「愛情ですって? 娘のことを出世の道具としか思っていないお母様に、一体何の愛情があると言いますの?」


「厳しく突き放すことを愛だと思っていない貴方には、分からないことよ」


 心にも無い事を次々に口走る母親の姿に対して、リーンキュラスは怒りを覚えていく。

 もし自分の母親であるならば、どうして自分の意見は全く聞いてくれないのだろう。もし自分の母親であるならば、どうして自分を王室の隅っこに閉じ込めておくのだろう。

 ……もし自分の母親であるならば、どうして腹心であるノアはこちらに有利な情報を提供してくれたのだろう。

 彼女の告げたこと全てが間違いであるとリーンキュラスは感じずにはいられなかった。だからこそ一歩、もう一歩前に出て、そのたびにユスフィーンを睨む視線を鋭くしていく。


「――お母様のそれは、厄災の魔女ヴィルフィを幸せにしたでしょうか?」


「なに……?」


「ワタクシは魔女ヴィルフィに、その父親ハーデットに同情しますわ。貴方に人生を狂わされ、王国から嫌われることになったのですから」


 リーンキュラスは一つ、息を大きく吐く。そしてきっと視線をもう一度研ぎ澄まし、ナイフの刃を突き刺すように、我が母親の事を睨んだ。


「……本当に王国の害になっているのは、ヴィルフィでもなく、ハーデットでもなく、”貴方”ですのよ」


 そしてリーンキュラスは、そう言い放った。

 ユスフィーンも同様に自分の娘を睨んでいる。しかしそれは母親として反発する子供を諌めるためのものではなく、裏切り者を見るような、冷たい瞳だ。


「……そう、ワタクシの気持ちが伝わらなくて残念だわ。だったら――」

 

 彼女が淡々とそう告げた刹那、ユスフィーンの後方から突如として眩しい光が発生する。

 その光はリーンキュラスの瞳にある炎を包み隠してしまい、彼女は思わず目を背けてしまった。


「――親不孝者しっぱいさくは、教育しょぶんしないとね」


 ユスフィーンが右手を勢いよく差し出すと、彼女の後方から光り輝く矢がリーンキュラスの方へと素早く飛んでいった。

 それは光魔法だ。彼女は詠唱こそしていなかったが、こうした不測の事態を予期して、保険として設置型の魔法を発動していたのだ。

 そして突如現れた魔法に対して、リーンキュラスは防御魔法の詠唱をする時間もない。彼女の心臓めがけて発射された光の矢は、何物にも邪魔されることはなく、そのまま彼女のもとへと。


「――ぁ」


 リーンキュラスは声にもならない絶望の悲鳴を上げる。

 彼女の高貴な衣装に、血がべっとりとついていた。

 リーンキュラスの瞳が揺れている。


「――リン様。ご、ご無事、ですね……?」


 そしてその血液は、リーンキュラスのものではない。

 彼女の目の前に立ちはだかり、胸を貫通する光の矢を受けたのは、ロングスカートのメイドだった。


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