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第12話「第三王女の憂鬱」(11)


 リーンキュラスが笑う、その表情にオンジアは心の中だけで動揺を浮かべる。

 自らはユスフィーンの味方であり、即ちこれからリーンキュラスたちを始末しようとしているのだ。事実上の敵である。

 しかしリーンキュラスは未だ、自分のことを味方である”ノア”として見てくれていた。その瞳に燃えるほむらは、オンジアを明るく照らしている。


「何をしているのオンジア! 早くそいつらを始末しなさいッ!」


 後ろから聞こえるのは、自らの主であるユスフィーンの叫びだ。

 オンジア目の前のリーンキュラスの事を見つめる。彼女の笑みにつられてしまったのだろうか、オンジアの口角も少しだけ上がり、笑みを浮かべていた。


「リーンキュラス様、でしたらどうぞ、私の背後にいる死神を殺してみて下さい。――殺せるものならば、ですが」


 オンジアは左手をリーンキュラスの方へと翳して、詠唱を始める。


「リーンキュラス様っ!」


 魔法の詠唱を始めるオンジア、その狙いがリーンキュラスであることを悟ったリートは彼女に向かって叫ぶ。


「大丈夫ですわ! ――聳え立つ強固な牢獄よ、他の者を寄せ付けぬ山の如き矜持を我に見せ給え!」


 リーンキュラスが詠唱を終えたと同時に相手も詠唱を終え、散弾銃のように飛んでくる土塊つちくれ。しかしリーンキュラスの周りに発生した正十二面体が、それをいとも簡単に弾いてしまう。

 リートは攻撃を仕掛けてきたオンジアに対して、次の攻撃を防ぐために相手へ接近する。

 だがオンジアは次の攻撃の準備を既に始めていた。彼女は今度、近付いてくるリートに視線を定めて、手のひらを天井に向け口を開いた。


「産まれいずる生命を受け止めし母なる揺り籠よ、空に浮かびおのが力を誇示する愚者を撃ち落とせッ!」


 オンジアが詠唱を終えると、リートの目の前には巨大な岩石が現れる。そして彼女が上げた手を振り下ろすと、それはリートの体を押しつぶそうとするように叩きつけられた。

 リートは無詠唱でおのれつるぎに風を纏わせる。そして岩石が自らを潰そうとした瞬間、素早い斬撃が一つ、また一つと繰り出され、強固だったはずの岩石は呆気なく砕かれてしまった。

 そしてそうなればもう、リートの剣撃の射程にオンジアがいる。リートは風をまとった剣で一撃。その攻撃をオンジアはナイフ一本で受け止め、彼女の握っている右手が大きく痺れる。

 だがオンジアは次に、袖からもう一本ナイフを取り出し、リートに攻撃された反動を逆に利用して、リートの脇腹を突き刺そうとしていた。

 リートはなんとか膝蹴りを入れてそのナイフを弾くが、オンジアの右手に握られているもう一本のナイフが、リートの首を掻っ切ろうと狙っている。

 しかしその攻撃は元々リートが弾いた攻撃を立て直したものだ。先程よりもほんの少しタイムラグがあったナイフの攻撃は、リートが体を回転させた勢いで剣を振るうことで、弾かれてしまう。

 なんとか攻撃を防いでいるリートだが、自分よりも明らかにスピードタイプであるオンジアの攻撃で、流石にバランスを立て直す必要があった。一歩だけ後ろに下がり体勢を立て直そうとするリート。

 しかしオンジアの攻撃は止まらない。彼女はリートの方へと体勢をもっていき、そのまま突き上げるようにナイフで切り上げる。

 なんとか体勢を後ろに持っていくことで避けることができたリートだが、彼女が持っていたナイフがその手から空中に投げ出された事に気付く。

 そして自らの少しだけ後ろに投げられたナイフを拾うように、オンジアはリートを中心にターンする。

 ちょうどナイフが取れるリートの背後に回ったオンジアは、自らが飛ばしたナイフをキャッチし、その流れのまま相手の首元を突き刺そうとした。

 リートはその攻撃を、なんとか上半身をずらすことで回避に成功する。

 そして横向きになったナイフが更にリートの首元を狙う。リートは体勢を低くして回避。

 リートは更に体をずらした勢いを利用して回転し、剣に風を纏わせて、背後にいるオンジアに斬撃を与えようとする。

 その攻撃をある程度予測していたのか、オンジアは衣装に似合わない素早いバク転でその攻撃に空を切らせた。

 オンジアが回避行動を取った隙を利用して、リートも一度オンジアと距離を取る。


「……はあ、はあ、お強いですね」


 戦う者としての最低限の警戒は怠らないよう、リートはまっすぐオンジアを見つめる。リートは肩で呼吸をしていたが、それは相手も一緒だった。

 大きく息をしながらオンジアは、メイド服のスカートの裾を持ち上げる。リートの風を宿した魔法剣でついたのだろう、まるでスリットのように大きく切り取られていた。

 黒いストッキングを履き、ガーターベルトで固定している扇情的な脚が見える。少し残念そうな表情でオンジアは、切り口の方を見つめる。


「……お気に入りの服だったのですが、仕方ありませんね。流石は最強無欠の賢者と呼ばれているだけのことはあります」


 そう軽口を叩きながら、オンジアは再びリートの方を見つめる。彼女の額から汗は流れているものの、瞳の暗さは相変わらずだった。


「オンジア! どうしてそんな奴らに苦戦をしているの!? 早く倒してしまいなさい!」


 二人の戦いに割って入ったのが、ユスフィーンの声だった。

 世間を知らないユスフィーンにとって、今オンジアが戦っているのが、あの女神の加護を受けた賢者であることが分かっていなかったのだ。上司の無茶な要求に対して辟易するかのように、オンジアは大きなため息を吐く。


「……ユスフィーン様はもちろんご存知でしょうが、相手はあの厄災の魔女と互角に渡り合った賢者です。少なくとも私一人で賢者とその仲間を葬る事は難しいと思われますが」


「貴方、しばらく見ない間に衰えたのではなくて? ……仕方ありませんわね」


 ユスフィーンの悪態に対して、特にオンジアは表情を変えなかった。まるでそういった言葉が日常茶飯事であるかのように。

 苛立ちを隠しきれていないユスフィーンは、右手をゆっくりと真上に上げる。その瞬間、牢獄が広がっているはずの部屋の奥から、ぞろぞろと甲冑を着た男たちが集まってきた。


「あれって、王国の兵士……!?」


 突然後ろを取られ、弓を構えて警戒するベール。リーンキュラスも彼らの姿をじっと見て、そして何かを悟ったのか、一つため息を吐く。


「……うちの王国の兵士にしては、構えが粗雑すぎますわね。どうせお母様が雇った、この牢獄の罪人ですわ」


 リーンキュラスの言葉に対して、一歩進み構えを取るキャロシーの口が開いた。


「つまり、撃退しても何ら問題ないということですね」


「ええ、そうですわよ。他のモンスターに擬態したミミックは、仲間を呼ぶ手段を持ちませんもの」


 リーンキュラスは自信満々な表情で、そう告げる。

 ベールとキャロシーはお互い戦いの体勢を取り、多くの増援にも怯まずに対峙した。

 リートは今、強大な相手と戦っている。王妃の最終兵器とも呼ぶべき手駒――オンジアと戦えるのはリートだけだ。自分たちが代わりに戦っても、太刀打ちできるかは微妙なところだろう。

 だからこそ、彼にこれ以上の負担をかけるわけにはいかない。ベールとキャロシーはともに、この先へ誰一人とも進ませない事を決意する。

 そして二人の闘志を感じたリーンキュラスは、満足げな表情を浮かべて、腕を組んでいた。


「……第三王女リーンキュラスが許可しますわ、思う存分暴れなさいっ!」


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