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第12話「第三王女の憂鬱」(8)


 王都とはいえ、人目につかない部分はある。王都の地下牢獄はその一つだった。

 リートたちは仲間であるベールやキャロシー、そしてリーンキュラスとノアとともに、地下牢獄へと繋がる裏手からひっそりとした入口に入り、一人の人物を待ち構えている。

 彼らが待っているのは、王妃ユスフィーンだ。リーンキュラスが手書きの招待状を送っている。その内容は至ってシンプルで、自分がユスフィーンの正体について……すなわち彼女が厄災の魔女の母親であることに気付いたという事実を添えて、この王都の牢獄の一室に来てほしいという内容だ。

 もちろんユスフィーンが実際に出張ってくるかは分からない。もしかしたら送り込まれてくるのは、診療所を襲ったあの罪人たちのような連中かもしれなかった。


「大丈夫ですわ、お母様は必ず自らの手で、ワタクシたちを始末しに来るはずですわよ」


 物騒な言葉が飛び出したが、彼女の論理は的確のようにリートは思っている。

 ユスフィーンは自らの出自が明らかになってしまうのは絶対に避けたいところだ。しかし彼女の出自を知っている者は少なく、協力を得られる人物もそこまで多くない。

 加えてリートたちは一度、ユスフィーンが仕向けた手先を返り討ちにしている。仮に同じように襲撃者を返り討ちにされ、彼女の出自を知るものがこれ以上増えるとすれば、彼女は黙っていない。

 だからこそユスフィーンは、自分の手で止めに来るはずだ。どちらにせよ敗退すれば自らの出自がバレてしまう。ならば下手に刺激せず、自らが出向いて事を片付ければ良いと考えるはず。

 もちろん援軍は連れてくるだろうが、それでも今はリートとその仲間たちがいる。騎士団に所属するグレンやアンクは残念ながら表立った協力はできないため、彼らに協力をお願いできなかったのは残念ではある。ただその中でアンクだけは、牢獄に近付く者を監視するという役目を買って出てくれた。下手をすれば騎士団追放で済まないだろうに、リートは彼女の献身に感謝する。


 そして彼らが待ち続けてからしばらく時が経過し、やがてコツ、コツと地面を叩くヒールの音が聞こえてきた。一同は牢獄の裏口である扉の方を見つめる。ギイイと錆を擦る音が扉から聞こえてきて、やってきたのは一人の外套を着た女性だった。

 彼女は姿を隠すためのフードを外して、リーンキュラスと似た金髪を、地下牢獄のひんやりとした空気の中に晒す。赤い口紅、整えられた睫毛、まっすぐな鼻立ち、全てがまるで”作られた人形”のような女性が、そこにはいた。


「……お母様、お待ちしておりました」


 リーンキュラスが声をいつもより低くして、目の前の女性――スコラロス王国の王妃ユスフィーンに対して、そう告げる。


「リーンキュラス、どうして貴方がこんな所にワタクシを呼び出すの? 話なら王室でだって出来たじゃない」


「あらお母様、ワタクシはむしろお母様の気を遣ってこの場所を選んだのですわよ? 手紙の内容はお読みになったでしょう?」


 ユスフィーンは一つ、ため息を吐きながら目の前の娘に呆れた表情を浮かべる。


「……まあ確かに、あんなバカバカしい話を王室でするわけにいきませんものね。貴方の母親であるワタクシが馬鹿にされてしまいますわ」


 退屈そうにそっぽを向くユスフィーン。しかしリーンキュラスはその燃えたぎった炎を宿す瞳を、決して彼女から逸らしはしなかった。


「お母様は本当に嘘だとお思いですの? 嘘だと思っているのであれば、こんな所にまで出張ってくるなんて、随分ご苦労様なことですわね」


「……可愛い娘の頼みだもの、聞いてあげるのが母親ってものよ」


「心にも無いことをよく言えたものですわ」


 リーンキュラスの淡々とした、しかし心の奥底に親への反抗心が見え隠れするような声が、自らの母親の言葉をそう否定した。

 彼女の表情は、決して普段のような明るいものではない。実の親に反抗することは、まだ反抗期らしい反抗期を迎えていないリーンキュラスにとっては初めてだ。しかも母親はこの国のトップである王のきさきであり、彼女に楯突くことはスコラロス王国に対して反逆することとも同義である。寒々しい地下牢獄の裏口にいながら、リーンキュラスの額からは数滴の汗が流れ落ちていた。


「なんですって?」


 ユスフィーンは明確に自らを否定した娘の言葉に対して、そのひたいひずませる。

 彼女も決して余裕があるわけでは無かったが、それでも自分はこの王国の王妃だ。自らの手で掴んだ権力を駆使すれば、こんな連中を始末するなど些細な問題のはずだった。

 ユスフィーンの怒りの中にどこか余裕を感じる、まるで母親が子供を嗜める時のような表情に対して、リーンキュラスは自らを鼓舞するように口角を上げる。


「お母様は王国の妃の立場を確実にするためにワタクシを産んだ、そんなことは王室に勤める使用人ですら知っていることよ?」


「王女でありながら下らない噂に惑わされないで頂戴。どうせこの紙切れに書いたことも、ワタクシを貶めようとする誰かの噂によるものでしょう?」


 ユスフィーンは懐から一枚の紙を取り出す。少しぐちゃぐちゃの折れ目が付いてしまっているが、リーンキュラスが差し出した手紙そのものだった。

 その手紙には、ユスフィーンが厄災の魔女の母親であると書かれている。勝負はここからだ、リーンキュラスは丹田に力を込めて、震える声をなんとか嗜める。


「……あらお母様。火炎魔法が詠唱されなければ、黒煙が上がることもないのですわよ? ちゃんと証拠があるからこそ、ワタクシはこうやってお母様をお呼びしたのですわ」


「証拠、ですって……?」


 リーンキュラスは懐から一枚の紙を取り出す。それは彼女がノアに診療所を調査させて発見してもらった、ユスフィーンの魔法整形のカルテだった。

 魔法整形をしているということは、彼女が紛れもなく前の顔を持っているということだ。そしてこのカルテにはかつての顔ももちろん記載されている。魔女ヴィルフィが産まれたというトリンフォア村の誰かに聞けば、絶対に証言を得られるはずだ。

 もちろん彼女が魔法整形をしているという事実自体も、知られれば王国から敵としてみなされることになる。王国が禁じていることを王妃が行っており、かつそれを利用して王をたぶらかしたとあれば、反逆者としての烙印を押されることになる。

 しかしユスフィーンを追い詰める一枚の紙を目の前にしても、彼女は娘よりも余裕そうな表情を浮かべていた。彼女は鼻で笑いながら、リーンキュラスが差し出した一枚の紙を眺める。


「こんなもの、一体どこで手に入れたの?」


「ワタクシの調査で、ですわよ。お母様はかつて騎士団の有名人であるハーデットさんと婚約し、その後行方をくらましたのでしょう。でもワタクシには分かりますわ、最終的に腐ってしまったとしても、相手は騎士団の有名人。もし自分が離婚したとなれば、世間的に上り詰める面子が立たなくなってしまう。それを不安視したお母様は、スタンツ診療所で魔法整形を受けた。そして今のお人形のようなお顔を手に入れて、お父様に近付いたのです」


「あら、想像力豊かになったのね。一枚の紙からそんなところまで妄想できるなんて、寓話でも書いたらいかが?」


 真実を突きつけられてもなお、ユスフィーンの表情は余裕そうだ。リーンキュラスは冷静に自らの母親を観察する。

 王妃としての貫禄ももちろんあるだろうが、それよりもまるで"自分の娘がこの紙を出すことを分かっていた"かのような振る舞いだった。

 しかしリーンキュラスはそんな母親の態度で、自らの立てた一つの仮説が正しいのだということを確信する。彼女は再び口角をぐっと上げ白い歯を見せながら、獲物に噛みつかんとするハイエナのように、実の母親の事を見据えた。


「さてお母様。お母様はかつてこう仰ったことがありましたわね、王族というものはどんな詐欺にも騙されてはいけないと。なぜなら王族を利用しようとする悪い輩はこの世にごまんといるから。ワタクシもそれは重々承知しております、タイニーバグは光魔法に吸い寄せられるものですわ。……そしてその代表的な詐欺の一つは、文書の捏造だとも仰いましたわね?」


「よくわかっているじゃない、その文書も捏造されたものでしかないわ」


「ふふっ、この話には続きがあったのを覚えておいでで?」


 ユスフィーンの眼が少しだけ揺らぐ。その一瞬の動揺を、リーンキュラスは見逃さなかった。

 リーンキュラスは懐からもう一枚、紙を取り出す。彼女はまるで勝負師のように、瞳を炎で燃やし、その熱さで額から一筋汗を流した。


「――本物であるかを見極めるためには、証拠として裏付ける、説得力が必要なのだと」


 取り出したもう一枚の紙は、ユスフィーンのカルテと同じレイアウトをした、もう一枚のカルテ。

 そこに刻まれた文字――"ノア"という名前。それこそがリーンキュラスの切り札だった。


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