第12話「第三王女の憂鬱」(7)
第三王女リーンキュラスに呼び出され、リートたちは再び城の応接室の一つにやってきていた。
彼女は食事を共にするのが好きなようで、前と同じく執事やメイドたちに料理を運ばせて、それを頬張りながら幸せそうな表情を浮かべている。
リートはそんな彼女の表情に苦笑いを浮かべつつ、今日招かれた人物を確認した。こちらも前と同じだ。リートの仲間であるベールとキャロシー、騎士団関係者のグレンとアンクである。また招かれているわけではないが、リーンキュラスの傍には前と同じようにノアが明るい表情で整然と立っていた。
「とりあえず、前にリートくんたちが捕まえてくれた盗賊たちを調べた」
リーンキュラスがパンを頬張ってることを特に気にせず、少し枯れが見え始めた男の声――グレンが皆にそう伝えた。
リートたちが診療所の前で戦った盗賊たちは、騎士団を通じてグレンに引き渡している。既に事件から十年以上経っているにも関わらず、リートたちの調査を妨害しようとする連中、そして依頼主である黒幕の存在――怪しさだけは満点で、これがリートたちの次の調査における鍵になると思ったのだ。
リートはグレンの方へ真剣な眼差しを向ける。グレンは、期待通りの返事が出来るかは分からないがな、と付け足して言葉を続けた。
「彼らは純粋な盗賊ではなかった。みな、何かしら罪を犯して牢に入れられている罪人だ。しかもその牢獄はこの王都にあるもので、彼らは別に刑期を終えられている訳では無い」
「それって……」
リートは思考する。襲撃者たちが全員罪人であり、かつ明らかにユスフィーンの弱みを握ろうとしている自分たちへ襲撃したのだ。
彼らは確かに下請けの下請けで、詳しい内容などは聞かされていないのかもしれない。だが全てが繋がっているのであれば、王都の監獄と黒幕には接点があるということだ。
「……これはあくまで一つの推論だが、魔法整形医を殺したのも、ユスフィーン様が罪人を利用したのだと考えても良い。ユスフィーン様が罪人を勝手に連れ出しているのか、或いはユスフィーンに加担する黒幕が王都の牢獄関係者である可能性が高いな」
グレンは一つ、大きなため息を吐く。彼の気持ちはこの場にいる誰でも分かることができた。
黒幕が何かしら監獄と繋がりがあるのであれば、それはかなり面倒なことになる。王都の監獄は堅牢で、脱走しようにも入り組んだ地形や配備されている数多の兵士をくぐり抜けなければいけない。
そんな監獄から罪人を簡単に出すことが出来る人物だ。もしユスフィーンが監獄を意のままに操ることが出来るのであれば、かなり厄介だろう。
「……なるほど、分かりましたわ。グレン、アンク、調査をありがとう。リートさんも診療所の再調査をしていただき、感謝ですわ」
戸惑うリートたちに対して、頬張ったパンを頬袋にためてもぐもぐとしていたリーンキュラスが、パンをようやく飲み込んでそう告げた。
彼女の表情はやけに自信たっぷりで、瞳はめらめらと燃えたぎっているように見える。何か彼女の中で確信があったのだろうか、リートはそう推察する。
「さて、グレン、それにアンク。実はもう一人、調査してほしい人物がいるのですわ」
パンを掴むフォークをグレン、そしてアンクに向けながら、リーンキュラスは片目を閉じて自信げにそう告げる。相変わらずテーブルマナーについては特に気にしていないようだった。
「ワタクシも独自に調査を進めていたのですわ。そこでこの件と繋がった人物が一人いて、貴方たちにはその人物の過去を洗ってほしいの。後でその人物の資料を送りますわ。牢獄関係者であることは間違いないと思いますの」
やけに自信満々なリーンキュラスに対して、グレンは訝しげな表情を浮かべる。ただそれが誰かも分かっていない以上、リーンキュラスを疑うのは時期尚早だ。それにリーンキュラスは別に信用できない人物というわけではないことを、グレンは分かっていた。
それにグレンにとって、ハーデットの元妻の真相を探り、彼の豹変の真実を知ることは一つの使命だ。確かに彼は厄災の魔女の父親でこの国の敵であり、そして騎士団を辞めて結婚してからは様子が一変してしまった。
だが彼の中にも、変わらないものがある。それをグレンは、先日彼と剣を交わしたことで実感していた。彼の内側には、今もなお炎が宿っている。
騎士団関係者である自分が表立って動けないことは歯がゆいが、それでもこの件に関しては出来るだけ協力したいと考えていた。グレンはゆっくりとリーンキュラスの言葉にうなづいた。
「分かりました、リーンキュラス様」
「ちょっとグレン、貴方はいつになったらリンと呼ぶのを慣れるのかしら。まるで三歩歩いたら忘れるコッカトリスのようですわ」
「……分かった、リン。後で資料をアンクに渡しておいてくれ」
「それでいいのよ、おーっほっほっほ!」
高笑いをワンフレーズ入れるリーンキュラス。その声は応接室全体に、或いは防音に優れた応接室の壁を乗り越えて、隣の部屋にまで響き渡っているだろう。
そして彼女は満足したのか、スープを一口、ずずずと飲んでいき、そのスプーンを高らかに掲げた。
「――ワタクシの予想が正しければ、これで全て解決しましたわ。後はお母様を呼んで、証拠を突きつけてやるだけなのですわーっ!!」
高く掲げられたスプーンの縁から、一滴、どろっとしたスープの雫がテーブルにこぼれ落ちた。




