第12話「第三王女の憂鬱」(6)
リートたちが診療所に向かって調査している、ちょうどその頃。リーンキュラスは城にある、とある人物の部屋に来ていた。
「……さて、リートさんたちが頑張ってくれている間、ワタクシもちゃんとお役に立たなければ、ですわ」
リーンキュラスは誰にも聞こえないように小声でそう呟き、自らの使命を噛みしめる。
第三王女である自分が表立って出来ることは少ない。立場が立派な分、グレンやアンクといった騎士団関係者と同様に、行動がかなり制限される。少なくとも立場が上である両親に歯向かうような行動は出来ない。
また権力にしても中途半端で、裏から手を回そうにも頼れる人物は限られてくる。特に今は側近のノアが近くにいない以上、本当に頼れる人物というのはどこにもいないように感じていた。中途半端に誰かを頼れば、それが母親に伝わり、自分はより一層肩身の狭い思いをすることになるだろう。下手すればより一層母親の支配が強くなり、自分の意見が通らなくなる、なんてことにもなりかねない。自分のことをただの道具としか思っていないような人だ、娘だとしても容赦はしないだろう。
だが彼女にとって自分が彼女を王室に繋ぎ止めるための楔であるということは、ある意味では自分に有利に働くだろう、リーンキュラスはそう感じる。彼女に自分は殺せない。なぜなら自分の評判は彼女の評判に直結するからだ。
(不思議な関係ですわね。まるでそう、体を同じくしてなお仲の悪い二つ首のモンスター、オルトロスのようですわ)
リーンキュラスはお互いにそっぽを向く獣の姿を浮かべながら、少ししたり顔をかます。
リーンキュラスにとって母親がユスフィーンであることは否定できないが、しかし本当に自分に寄り添ってくれたのはノアだった。
彼女はユスフィーンが自分に対してネグレクト気味であるのを見かねたのか、彼女が産まれてから今までずっと手厚く扱ってくれている。自分が産まれた頃はまだ賢者リートほどの年齢で、母親というよりは年の離れた姉だという感じがしていた。本当の姉はちゃんといるが、彼女たちはユスフィーンの腹から産まれたわけではなく、むしろそれを僻んでいるようにも感じられる。ノアの方が断然、頼れる姉だという印象が強かった。
今はもう二〇台後半くらいになるくらいだろうか。年齢の割には言動が若々しい……というか幼い感じにも見受けられる。もちろん彼女が年甲斐もなくそう振る舞っている姿を嫌がっている人がいることを、リーンキュラスは知っていた。うちの年老いたメイド長はその代表例だ。いい年して何をしているんだと言う気持ちも、分からなくはない。
(……まあ、王族から嫌われているという点では、ワタクシはノアのことを応援しているわけですけど)
彼女は確かに変な人物だ。何を考えているか、長年付き添っているリーンキュラスでも分からない。
だが確実に信頼できる人物でもある。自分と同じ境遇に置かれて、そしてどこか自分の絶対的な味方でいてくれるという安心感があった。
だからこそ彼女がリートたちと一緒に頑張ってくれている間、自分が何もしないというのは気持ち悪くて仕方がなかったのだ。
リーンキュラスは改めて部屋の中を眺める。この部屋の人物の性格を反映しているように、派手な装飾品が飾られ全体的に特徴的な部屋だ。
そしてその部屋にある鍵のついた棚を見つけて、リーンキュラスはゆっくりと近付いていく。棚に着けられた錠は容易に破壊できないよう、魔法が張り巡らされていた。リーンキュラスも戦闘面で使えるほど実用的ではないが、ある程度は魔法を嗜んでいたため、すぐ錠に魔力が纏わりついている――いわゆる魔力錠であることに気付いたのだ。
(さて、ここからはワタクシの勉強の成果が試されますわ。まるで専属の家庭教師が出す小テストで、教えた内容よりも高度な知識を使って問題を解いているようですわね)
自らの心の中で考えている喩えに得意げな顔をしながら、リーンキュラスはぶつぶつと詠唱しながら、長い指先で錠をなぞっていく。
リーンキュラスは解錠の練習を日々行っていた。もちろん人にバレれば何を言われるか分かったものではないため、信頼できる人物含め誰にも内緒で練習を積み重ねている。
魔法で作られた錠は、パスキーとなる魔力の流れを知っている者でしか開けることができない。一般的な南京錠とは違い物理的な鍵はないが、盗まれる心配がないからこそ防犯能力が高いのだ。
そしてその魔力の流れというのは、使用者の魔力使用のクセを把握しておかなければならない。見ず知らずの人間が仮に魔力の流れを知っていたとしても、使用者の魔力のクセを分かっていなければ、開けることができないのだ。魔力錠の防犯能力が高い理由は、この二つの特性による。
だが、リーンキュラスはその二つともをクリアしていた。魔力の流れ自体はどうしても手探りにはなってしまい、パターンも多いが、魔法を使える者であれば解錠を試すごとに選択肢をどんどん絞っていける。そして使用者のクセに関しては、この部屋の主が彼女のよく知っている人物である以上、少し調べればすぐに分かることだった。
(開きましたわ!)
無事に解錠が終わり、リーンキュラスは胸をほっとなでおろす。何度も練習したこととはいえ、実際に行動に移す時は緊張するものだ。それが悪いことをしている時は、特に。
リーンキュラスは棚を開けて入っている物を確認する。洒落た装飾品がごてごてと入っており、売れば庶民が喜ぶ金額が手に入る者ばかりだ。
だがもちろん彼女の狙いはそれではない。むしろこの装飾品はカモフラージュで、この部屋の主が本当に見られたくないものが、この棚にはあるはずだ。
「ありましたわ……」
そしてリーンキュラスは発見する。この部屋の主がリーンキュラスに、或いは国民全員に見られたくないものを。
それは一枚の用紙だった。だがそこに書いている内容をじっくりと見て、リーンキュラスは確信する。これこそが母親にとどめを刺すための、大事な一手となるものであることを。
「……お母様、これで終わりですわよ」
リーンキュラスの額から汗が一滴伝う。しかしその汗は口角の上がった口に流れていき、彼女のふっくらとした唇に染み込んだ。
彼女は舌で汗の染み込んだ部分を撫でて、自らの汗の塩っぱさを感じる。うるさく鳴り響く心臓の音に意識を向けると、そこには確かに炎が宿っていた。




