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第12話「第三王女の憂鬱」(5)


 診療所を後にした四人たちは、裏路地の左右から数人の男たちに囲まれていた。

 男たちは後から少しずつやってきて、合流して十人ほどになっている。身なりは整っていないが、彼らはみなダガーのような小型の刃物を持っていた。


「なあ兄ちゃんたち。悪いことは言わねえから、この件からは引いたほうが良いぜ」


 男たちの一人、一層身長が高い大男は刃がギザギザになった短剣をリートへ向けながら、口角を上げて笑いながらそう告げる。


「……何か知っているんですか?」


「さて、どうかな? 聞きたきゃ、俺たちに勝ってから聞きやがれっ!」


 大男が短剣を大きく振りかぶり、リートへと突撃してくる。

 リートは男の隙の大きい攻撃を軽々と避けて、剣を鞘から抜き、抜剣の流れでそのナイフを弾いた。

 男の手からナイフが呆気なくすっぽ抜けてしまう。更に生まれたその隙を突いて、リートはもう一撃、あくまで威嚇として剣を振るった。

 しかし男はもう一本あ、懐から同じようなナイフを取り出し、リートの剣撃を防ぐ。火花を散らしながら刃を削ろうとするナイフに対して、リートは剣を離した。男は一歩、また一歩と後ろへ下がり、リートと対峙する。


「……実力の差はあるように思えますが」


 リートが挑発的にそう告げる。大男は一つ舌打ちをした。


「ほざけ、この人数差だ。おい! そこの女を狙え!」


 大男が指さした先は、ベールとキャロシーだった。彼はその二人が自分たちの荷物であると思っていたのだろう。

 短剣を持った男が三人、ベールとキャロシーの方へとナイフを振りかざす。その勢いはやはり大人の力を感じて、一般的なベールやキャロシーの年齢の女の子では太刀打ちできないだろう。


「――なっ!?」


 しかし男たちは間違っていた。彼女たちはリートの頼れる仲間であり、魔女討伐に同行し魔女の森で凶暴なモンスターを倒すほどの実力の持ち主だ。

 キャロシーが真っ先に近づいてきた男の振り下ろした腕に一撃入れて、ナイフを弾く。そしてそのまま体勢を低くし、中段の回し蹴りを加える。男の体が飛ばされて、ベールを狙っていた男の方へと直撃した。

 そしてキャロシーの後方で驚きながらも武器を構えていた男を、今度はベールが狙う。横に構えた弓で速射、男の頭の際を擦るように矢が飛ばされ、怯えた男が一人逃げ出していった。

 予想外の動きを見せる彼女たちに対して、周囲の部下の男たちはもちろん、司令を送った大男でさえも目を大きく見開いて驚いている。


「もしかして私たちが弱そうだから、人質に取れば相手も手出しできないって考えてたの?」


 ベールは大男の方へと弓を構えて、いつでも相手の頭蓋骨を貫けるように鋭い瞳を向ける。


「……舐められたものですね。それとも世間知らずなのでしょうか」


 キャロシーも構えを解かずに、大きく一息だけついてまっすぐに大男を見つめる。呼吸は全く乱れていなかった。

 大男は額に流れる脂汗を拭く余裕もなく、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。完全に想定外の出来事が起きていた。


「……くそっ、でも俺達にはやるしかねえ! やらなきゃ明日なんてねえんだっ!」


 大男がそう叫ぶと、それに同調するように周囲の男たちが声を上げて己を鼓舞する。

 まるで誰かに脅されて自分たちを襲っているのではないか、リートはそう感じていた。普通の人間であれば、実力差をこれだけ見せつけられれば自らの命が惜しくなる。ただのこそ泥にしては、何かに追い詰められているようにしか見えなかった。

 だが彼らの事情がどうあれ、自分たちが殺されてたまるものか。リートは再び剣を持ち直して、大男と対峙する。

 他の手下たちはベールたちに任せ、リートは大男を食い止めるために走り出した。男は鋸刃のこぎりはの短剣を再び大きく振りかぶり、リートをその腕力で押しつぶすように振り下ろす。


「ふっ――!」


 だがリートの刃には炎が纏われていた。リートは男の攻撃を剣で受け止める。大男の攻撃ゆえに多少の反動は受けてしまうが、それでもあくまで自らの筋力や体重を使った、力任せの攻撃だ。これまで戦ってきた人やモンスターに比べれば、全く大した事のない攻撃だった。

 そしてリートの剣を纏う炎が、男のナイフを侵食する。鋸歯きょし状の刃はリートの魔法で呆気なく溶け出してしまい、本来の攻撃力を損ねてしまった。


「チッ!」


 大男は舌打ちをしながら、更に懐からもう一本の短剣を取り出し、左手でリートの肩を突き刺そうとする。

 しかし男の右手のナイフを受け止めていた力を抜いて、リートはナイフが振り下ろされている側と同じ方向、更に奥へと体を持っていく。突如支点を失った大男の体はそのままバランスを崩し、派手に転んでしまう。

 そしてリートは大男の胸に片足を着けて体重をかけて、そのまま自らの剣を相手の喉元へと突き立てた。


「……これで終わりですね」


 リートは一つ息を吐いて、そのまま見下すように男の眼と視線を合わせた。

 対して大男の胸は息が苦しそうに上下している。余裕の差は明らかだった。


「そちらも片がついたんですねっ!」


 甘ったるい明るめの声――ノアの声がリートの耳をくすぐり、目を向けるとそこには気絶して倒れてしまっている男たち。

 ベールやキャロシーの方も見やると、彼女たちも一区切りついたようで、崩れた服装を整えて大男の方を見つめている。

 完全に形勢が逆転していた――というよりも、人数差だけが目立って最初から実力差は歴然としたものだった。その当然の結果が現れたに過ぎない。


「……さて、まさかここまで襲っておいて、ただの盗賊でしたって事はないですよね? 誰の差し金ですか?」


 リートは出来るだけ声を低くして、相手に威圧感を与えるようにそう尋ねる。リートにとってあまり得意ではなかったが、相手の裏にいる人物が誰か分からないため、一応こちらがお前の命を取るぞという意志を見せるようにしていた。


「……し、知らねえ、俺達はあくまで下請けの下請けをした側だ」


 男は観念したように、リートに対してそう答えた。刃を首に近付けて、リートは更に威圧の姿勢を見せる。


「本当だ! ……確かに俺は汚え盗賊から依頼を受けたさ。だがそいつも別に大物じゃねえ、誰かから依頼されたのは明白だ」


「その人の名前や顔は?」


「教えてやってもいいが、意味はねえと思うぞ……こういうのは何人も辿って、ようやく俺の所に依頼が回ってくるんだ」


 リートは前世であった、マネーロンダリングのことを思い出す。

 犯罪によって得られた資金を、その資金源が分からないようにするために様々な所を経由させ、摘発を逃れるという方法である。それはおそらくこうした依頼においても同じ手口が使えるのだろう。

 それを追いかける事は出来なくはないが、例えばそのうちの一人が殺されているとすれば、道が途切れて辿る事は困難になってしまう。

 リートはノアの方を向く。彼女はやれやれと手を広げてオーバーなジェスチャーを取り、そのまま足で大男の頭を蹴り飛ばした。


「……騎士団にでも連れていきましょっか。グレンさんの情報網なら分かるかもしれないですねっ」


 ノアは慣れた様子で、ニコニコと明るい笑顔を浮かべていた。


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