第12話「第三王女の憂鬱」(4)
「あっ、リートさーんっ! こっちこっちです~っ!」
王都のとある路地裏の入口、そこにいるメイド服の女性がリートを見つけた途端、手をブンブン振って飛び跳ねていた。
紫色の細い髪の毛が束ねられたツインテールが、体と共にぴょこぴょこ揺れている。リートと、彼に同行していたベールとキャロシーが足早に彼女へと近づいていった。
「すみませんノアさん、お待たせしてしまって」
「いえいえ問題ありませんよぉ。ノアはメイドですからぁ、誰かを待つのなんて慣れてますしぃ」
ノアは柔らかい砂糖菓子のように柔らかい声でそう言いながら、自信ありげに胸を反らせた。
リートたちは今、王妃ユスフィーンが魔法により整形を行ったとされている診療所へとやってきている。王妃ユスフィーンの弱みを握りリートをセネシス教の預言者へと推薦するように仕向けるという、第三王女リーンキュラスの作戦の最初の一歩目だ。もしここで何か見落としがあり、ユスフィーンが王国で禁止されている魔法整形を行ったという確固たる証拠が見つかれば確実だ。そうでなくても魔法整形医を殺した犯人の手がかりが見つかれば、次の一手に繋げられる。
リートとノアの他には、ベールとキャロシーが手伝ってくれることになった。頼れる仲間であるトレイスからも手がかりを得られないかと考えたリートは、彼女の同級生である魔法学校の先輩マリンのもとを訪れてみたが、トレイスはここ最近魔法学校に戻っていないという。魔災対策機関クスウィズンの仕事で忙しいのではないだろうか、とマリンは教えてくれた。
そしてグレンとアンクに関しては、騎士団の関係者ということもあり表立って行動できず、今回はどちらかと言えば裏方として手伝ってくれるようだ。王国のことを軍事から見ている彼らの意見も参考になる時が来るだろう。
かくして実際に調査をすることになったのは、リート、ベール、キャロシー、そしてノアになった。
彼らは裏路地に入っていき、その閑散とする空間に靴音を鳴らして進む。モンスターの襲撃からまだ復興できていないのか、所々に瓦礫が落ちていた。
「……ここですねぇ、王妃様が整形したとされる診療所はぁ」
ノアが一つの建物の前で足を止める。石造りの建物に、少し無骨な金属製のドアが付けられていた。
「……なんか、あんまり診療所っぽくないね」
ベールが率直な感想を呟く。それはリートやキャロシーも感じていることだった。
確かに表には”スタンツ診療所”と看板は掲げているが、客を招くような彩りも雰囲気もない。流石に殺害の調査で押収されたものがあるのだろうが、それを差し引いても華やかさに欠ける部分があった。
「スタンツ、というのは診療所の医者の名前でしょうか?」
「そうですねぇ。殺された医者の名前と一致しておりますよぉ」
キャロシーの質問に対して、ノアが柔らかな声をしつつも、どこか淡々と答える。王妃ユスフィーンの弱みを握るうえで、彼女も色々と調べているのだろう。
四人は金属製の扉の前に立つ。先頭に立っていたノアが慣れた手つきで扉を開くと、そこには昼にも関わらず薄暗い診療所の待合室が見えた。
診療所と言っているからもっと大きいものだとリートは思っていたが、中は意外と狭く、リートの自宅とそこまで大差がない。個人が経営している診療所、という言葉が本当によく合っていた。
「……かなり荒れてますね。これは殺人犯が来たときに荒れたのかな」
診療所は棚から資料がこぼれていたり、引き出しが開けっ放しになっていた。元々整理整頓はされていたが、誰かが来て荒らされたという形容が正しい気がした。
「もしくは、診療所の医者が殺されたことを聞きつけた盗人が、金目の物を探しに来たのかもしれませんねぇ。鍵も開きっぱなしでしたしぃ。……まあそのおかげで、ノアも調査しやすかったんですけどねっ」
ノアは声に柔らかさを保ちつつも、少し声の大きさを落とした状態でそう呟く。
リートはノアたちと分かれ、キャロシーとともに診療所の奥にある診察室を訪れていた。
診察室も別に特殊な機械があるわけではない。リートがかつて暮らしていた現実世界では色々な器具があるのが普通だったが、この世界での医療は基本的に魔法になる。魔法は魔力さえあれば別に道具を必要としないため、診察室には自分と患者が座る用の椅子と机、そして資料を保管するための棚と、患者の診察に使うのだろうベッドだけが置かれていた。
「……よいしょっと」
キャロシーはベッドの底に手をかけて、ゆっくりと持ち上げる。彼女の体躯に似合わない怪力に驚くリートだが、流石にキャロシーも重いのか、何もないことがわかるとすぐに下ろしてしまった。
リートは流石にものを持ち上げるほどの筋肉はないため、棚に置いてある資料を一つひとつ確認したり、棚をなんとかずらしてその奥に何か隠れていないかを確認するにとどまっている。
「……特にこれといったものがないな」
しかしリートもキャロシーも、何か証拠になりそうなものを見つけることはできなかった。それどころか、この診療所の医者であるスタンツが違法に魔法整形をしていたという事実も見当たらない。
仕方なく二人が待合室に戻ると、ベールとノアも一通り調べ尽くしたようで、二人で診察室の長椅子に座って休憩していた。その表情からは、何かを見つけたという事は察せない。それはあちら目線でもそうだったようで、ベールがわざとらしく肩をすくめる。
「ね、本当にこの診療所が違法の魔法整形をしていたの? なんだかそんな証拠が全然出てこないけど……」
ベールがノアに対してそう呟く。
リーンキュラスの話では、この診療所で勤めている医者が王妃ユスフィーンの整形に手を貸したという。その証拠に彼女のカルテが残っていたとも言っていた。
ノアは少し化粧を施して赤く染められたふっくらした唇に、そっと人差し指の先を乗せる。
「ノアがここに初めて来たときも、カルテは全て無くなっていましたねぇ。ユスフィーン様のものを除いては、ですけどぉ」
ノアの言葉を受けながら、キャロシーが腕を組んで考えている。何か推測しているのかと、リートはあえて何も口を挟まなかった。
「……でしたら、何も知らない盗賊がここを荒らしたという可能性は高いかもしれませんね」
「それはどういうことぉ?」
「ユスフィーン様のカルテを回収するために、犯人がこの診療所を荒らしたという可能性もありましたね。ですがユスフィーン様のカルテだけ残しているのは不自然です。あくまで荒らしたのは後からやってきた何も知らない盗賊で、この惨状は彼らが引き起こしただけの可能性が高いでしょう」
「……なるほどぉ。じゃあこの診療所のお医者さんは証拠を残さないためにカルテを処分していて、でもユスフィーン様のカルテを処分する前に殺されてしまったとかですかねぇ?」
「そうかもしれません。ただ気がかりな部分は沢山あるのですが……」
キャロシーはやはり腕を組んで首を傾げ、納得感のいかない表情を見せる。
リートは様々な可能性を考える。もし医者を殺した犯人がユスフィーンの手先の者であれば、間違いなくユスフィーンのカルテだけは処分するだろう。少なくともノアさんに見つけられるような場所にあるのであれば、その犯人も探すことは出来たはずだ。
もし医者を殺した犯人がユスフィーンと全く関係のない人物だとすれば、キャロシーとノアの推測で辻褄は一応合うだろう。あくまで医者を殺すことが目的で、王妃のカルテには全く興味が無かったと。そしてその後、王妃のカルテの価値が分からない盗賊が、単に金目のものを盗むため荒らしたのだと考える事ができる。
だがリートもキャロシーも、どこか気持ち悪さを感じていた。もし医者が違法な治療のカルテを処分していた場合、ユスフィーンのカルテが残っていたということは、彼女が最後の客になるだろう。そしてその直後に殺されたという事実がある以上、この殺しとユスフィーンが何かしら関係していると考えるのが自然だ。
推論が自然な考えと食い違う結論に達して、リートは大きくため息を吐く。どうして犯人はユスフィーンのカルテを放置したのか、その動機を知る必要があると感じていた。
「……犯人がどんな人物だったのかを、もっと調べる必要があるかもしれません。ここで得られるものはこれ以上無い気がします」
リートはノアに対して、少し申し訳無さそうにそう告げる。
よく考えなくても、この場所は既にノアが調べ尽くしていただろう。整形魔法医の殺害についてヒントを得るための手段が少ない以上、藁にも縋る想いで来てみたが、やはり手詰まりのようだ。
リートたちは診療所の金属のドアを開き、外に出る。まだ時間はさほど経っておらず、太陽がまだもう少し高い位置にまで登ろうと頑張っていた。
「すみませんノアさん。せっかく案内してもらったのに」
「いえ~別に大丈夫ですよ――っ、リートさんっ!」
ノアの砂糖菓子のように甘ったるい声が、突然焦りを孕んだような声に変わる。
彼女の変容に驚くリートだが、その理由はすぐに分かった。診療所の路地で挟み撃ちする形で、身なりが汚く刃物を持った男たちが数人、リートたちを取り囲んでいたからだ。
「……なんなのアンタたち!」
ベールが背中に背負っていた弓にゆっくりと手をかけて、男たちにそう叫ぶ。
男たちは彼女の言葉に答えること無く、ただ薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。
「……これは、待ち伏せされていたのかな」
リートは隣で懐からダガーを取り出したノアに向かって、小声でそう告げる。
「うーん、かもしれないですねぇ」
「……もしかしてここを襲った盗賊だったりします?」
「可能性はゼロではないですけど、わざわざこんな所に戻ってくる盗人はいないと思いますよぉ?」
「だったら――」
リートは一つの可能性を考える。
自分たちはこの診療所に、魔法整形医の殺害の真相を確かめるためにやってきた。そしてちょうどそれを見計らうように現れた、謎の男達。
「――彼ら、犯人の一味だったりしませんか?」
そう考えるのが自然だ。
診療所に来て何か収穫を得られることはなかった。それは即ち、犯人の手がかりが一切途切れてしまったことと同義である。
だが幸運にも、犯人側からアプローチを仕掛けてくれた。あちら側にどういう事情があるかは分からないが、これはチャンスだ。
それはリートだけでなく、隣でいかにも高級そうなダガーを取り出していたノアも、同じ事を考えていたようだった。
「うふふっ、そうかもしれないですねっ!」
ノアの瞳は、きらきらと輝いていた。




