第12話「第三王女の憂鬱」(3)
スコラロス王国の王妃であり、リーンキュラスの母親である女性ユスフィーン、その正体が”厄災の魔女の母親”であると告げるノア。
彼女の言葉に対して、その場に招かれた五人は各々、驚愕の表情を浮かべる。
「……それは本当なのか?」
特に一際驚いていたのはグレンだった。彼は疑いの眼差しを鋭くノアに向ける。先程まで彼女を睨んでいた隣のアンクよりも、鋭く。
厄災の魔女の父親が彼のかつての相棒ハーデットで、もしノアの言葉を鵜呑みにするのであれば、彼の妻でもあるということだ。もし仮にノアの言う通りユスフィーンが自らの子供さえも邪険に扱う人物であれば、ハーデットをあそこまで貶めたのも彼女ということになる。
だが、本当にそうなのだろうか。グレンが疑いの眼差しを向ける中、ノアの代わりに主人のリーンキュラスが口を開く。
「彼女の情報網は正確です、ワタクシが第三王女の名のもとに保証いたしますわ」
「もしそれが本当だとすれば、ユスフィーン様にそれを突きつければ、全て解決するのではないのか?」
グレンの問いに対して、リーンキュラスは目を閉じて首を横に振った。彼女の先端だけカールした髪が、振り子のように遅れて追従する。
「あいにく証拠として突きつける事は不可能ですの。彼女が王国に隠れ闇で行った整形魔法、そのカルテを入手したのだけれど、肝心の整形魔法医が既に殺されているのよ。ワタクシの立場では、捏造された紙クズとして処理されて、首と一緒に捨てられてしまうわね」
整形魔法医というのは、リートの世界でもあった整形というものを、魔法で行う医師のことだ。しかしリートの世界とは違い、スコラロス王国では魔法による整形は禁忌として禁止されている。もしリーンキュラスの言っていることが本当であれば、ユスフィーンはいわゆる闇医者を雇って整形により過去を捨て、国王に近づいたに違いなかった。
「その整形魔法医を殺した犯人を見つけて、全てを吐き出させれば、全て解決ということなのですか?」
先程まで一切言葉を出さなかったキャロシーが、リーンキュラスに向けて確認を兼ねてそう尋ねる。
「あるいは、お母様が直接手を下した可能性もありますわね。どちらにせよ殺しの犯人か証拠を辿れば、ワタクシの言葉にも信憑性が生まれますわ。そうなればお母様は脅威ではなくなる。むしろワタクシたちがお父上に進言する助力さえしてくださると思っているの。……そうなれば賢者リート、貴方を教団の預言者に仕立てるために、王国が全面的にサポート出来るようになる」
リーンキュラスは口角を上げて得意げな微笑みで、リートを見つめた。
その瞳には、決意の炎が宿っている。まるであの、厄災の魔女のように。
「そうなれば、喩えるならそうですわね、ヘルギガスにモーニングスターですわ! おっほっほっほ!!」
第三王女の高笑いが、部屋の中にこだました。
* * *
リーンキュラスとの食事会を終えたリートは、ベールとキャロシーと共に、王都近くのいつもの草原で、夕焼けに染まる王都を眺める。
グレンとアンクは騎士団の用事により、一旦今日は別れることになった。今回の件に関しては、アンクが協力を申し出てくれている。
ただもちろん、グレンとアンクは王国騎士団と関わりの深い人物だ。王妃に刃を向けるかもしれないという事実には立場上、あまり表立って賛同は出来なかった。
グレンはハーデットの件があることから、おそらくかなりの葛藤に悩んでいるだろう。だが王国を再建するために大事なことであるという認識もあるようで、一旦保留という形になっていた。
「……今回の件、王国が大きく絡むから、かなり危ない橋を渡ることになると思う。二人は無理して協力してくれなくても良いよ」
夕焼けに染まる二人の仲間――ベールとキャロシーにそう告げるリート。
ベールとキャロシーは顔を見合わせて、きょとんとした顔をする。まるでリートが的外れなことを言っているかのように。
「あのさ、リート。私はずっとリートの味方だよ。リートがしたいと思ってること、協力するって決めてるんだ」
ベールはさも当然のように、そう告げる。彼女のブラウンの髪が西日に照らされ、ほんのり赤みを帯びていた。
「ベールはいつでも僕の味方でいてくれる、それは嬉しいけど……」
「わからずや」
吐き捨てるようにそう呟くベール。彼女はリートから少し顔を逸らして、頬を膨らませていた。
「私はさ、あの日に死んだようなものなの。森にリートを無理矢理連れ出して、モンスターに襲われたあの日。だからこの救われた命は、リートとずっと一緒にいるべき――いや、私の魂がリートと一緒にいたいって感じてるの」
ベールはつま先でとんとんと草を打ちながら、自らの心臓に手の平をあてて、まっすぐにリートを見つめる。
彼女は既に一〇歳になった頃に死んでいた。リートが特別な能力を持っていなければ、自分は今こうして夕陽の温かさを感じることはなかったのだ。
もちろんベールの中にある乙女としての恋心が、疼いてないわけではない。でもそれ以上の何か高尚なものが、彼のために自らの命を捧げようと思っているのだ。
ベールの赤く染まった頬を、西日が隠してくれている。髪の毛の先を触るベールに対して、リートは困ったように目線を逸らし、頬を指先でかいた。
「ベール……気持ちは嬉しいけど」
「もう! 何よリート! これ以上私に何も言わせないで!」
「……キャロシーが、すごく気まずそうにしてる」
リートが目線を逸らして見つめていたのは、先ほどよりも一層距離を取っているキャロシーの姿だった。
「……お二人の空間に私は邪魔かと思い」
「そんなことないよキャロシーちゃんっ!」
ベールが顔を真っ赤に染めながら、キャロシーの肩を抱いて無理矢理リートのもとへと引きずってくる。
明らかに居心地が悪そうなキャロシーは、困ったように口をむっとさせていた。流石に申し訳ないなと思い、リートはキャロシーにも話を振ることにする。
「キャロシーはこの件に関して、関わらなくても大丈夫だよ。もう沢山の恩を貰ってる」
リートは年下の子供に優しく諭すよう、キャロシーにそう告げる。
彼女はトリンフォア村の件で助けてもらってから、リートにずっと恩義を返すために同行してくれていた。厄災の魔女討伐、ジュスカヴ村の救出……この二つに協力してくれた彼女には、もう危険な橋を渡ってほしくない。
だがキャロシーはリートの意見に真っ向から立ち向かうように……まるで猫が不服そうな顔をしているように、リートを見つめていた。
「私はあれから少し考えていました。トレイスさんの研究室で厄災の魔女について話した、あの日から」
キャロシーは少し目線を逸らして、王国の高い防壁を見やる。太陽と反対側の壁は少しずつ影色を帯びてきて、もうすぐ陽が沈む事を伝えていた。
リートが魔女の森から生還して、ベールとトレイス、そしてキャロシーと共に学園の研究室で話した時のことだ。彼女は魔女への認識を少し改めようとしていた。
『上手くは言えませんが、魔女ヴィルフィは自分たちと同じ、”人間”なんだなと感じたからです』
キャロシーはその時に、こう告げていた。
トリンフォア村出身だからこそ、リートの仲間で唯一幼い魔女と接点のある人物だ。そして彼女はその頃、魔女ヴィルフィの事を気味悪がっていた。村の大人たちの悪い反応のせいと考えることも出来るが、あの頃のキャロシーは未熟で、やっぱり魔女の事を気持ち悪いと思ってしまったのだ。
そしてそれは父親であるハーデットも同様だった。むしろ村の住民たちは、こちらの方に忌避感を抱いていたようにも感じる。結婚して子供が生まれたにも関わらず、妻と別れた瞬間、彼は一切の世話をしなくなった。
ヴィルフィとハーデットは、村の嫌われ者だ。そしてキャロシー自らも、彼らを嫌っていた。だが――
「――王女様のお話が正しければ、私は一つ罪を犯してしまっていたのだと思います」
心のどこかに虚しさを、或いは後悔を孕んだような表情で、キャロシーは虚空に向かってそう呟いた。
「罪……?」
「ええ。私はトリンフォア村で魔女ヴィルフィとその父親ハーデットを、嫌っていました」
リートはかつてのキャロシーの魔女ヴィルフィに対する態度を思い出す。
魔女討伐に向かう時、彼女はずっと魔女の事を毛嫌いしていた。討伐するべき相手だと疑うことなく、一つの使命感を持ってリートに同行したのだ。
かつて預言者の間で彼女が口に出した、気持ち悪い、という言葉がその何よりの証拠だった。
「……ですが二人が私を含む村人たちから嫌われたのは、妻である人物と離婚してからです。あの頃から魔女の父親であるハーデットは酒に溺れて村でも孤立していき、子供である魔女ヴィルフィに暴力をはたらいていたのです。そして村人たちは彼らを、呪われた家族だと貶し始めました」
でも、という言葉とともに、キャロシーの拳が強く握られているのをリートは察知した。そしてその虚空を見つめる瞳から、涙の粒が夕方の風に乗って霧散してしまうところも。
「でも彼らは被害者だったのです。私は彼らの苦しみを知らずに、ただ愚かにも周りに流され、彼らのことを侮辱していたのです……!」
キャロシーの小さな体が、震えていた。
リートは彼女側の気持ちを経験したことがない。前世を鑑みても、共感できるのはヴィルフィやハーデットの方だ。
しかし彼女の後悔は、どこかリート自身も救われているような気がしたのだ。
かつて彼は前世で、クラスメートから酷いいじめを受けていた。もちろん彼らが改心して自らの罪を認め、こちらに謝ってきたとしても、リートには許すような器がないだろう。
だが、救いにはなるのかもしれないと思った。少なくとも自分は、理不尽から救われたような気持ちになるだろう。
リートはいじめっ子が改心して全うな人生を送る、なんてストーリーが特別好きな訳ではない。だが改心せずに一生理不尽を与える側の存在として居続ける、なんて展開はごめんだ。それは世界の観測者、或いは創造主としての視点なのかもしれないが、少なくとも自分はこの二択ならば前者の方を望んでいると感じていた。
もちろんキャロシーの話は、自分が当事者というわけではない。ヴィルフィやハーデットがどう思うか、という部分に委ねることになる。
だが彼女のように、自らの振る舞いを過ちと認め、それに向き合う心というのは、別にそれ自体は良いものなのだろう……リートはそう感じていた。
「……大丈夫だよ、キャロシー。キャロシーが今感じていることは、誰にだって感じられるものじゃない」
リートはキャロシーの小さな肩に、ぽんと手を置く。するとキャロシーが突然リートの胸の方に向かって、涙で頬を濡らした顔を押し付けてきた。
突然胸を貸してしまう形になってしまったが、この少女は自分よりも二つ下なのだ。あまりにも重いものを、その肩に背負っている。それは彼女が恩義に厚いからだ。
「……私、ヴィルフィさんとハーデットさんに謝りたいです。自分が味方になることができなくて、本当に申し訳なかったと。――だから」
キャロシーはリートの胸から顔を離し、目にたまった涙を腕で拭って、口を開いた。
「私は魔女ヴィルフィさんと話をしたい。……これでリートさんと目的は一緒になりました。だから私もリートさんと共に」
年相応に鼻を赤くしながら、口をぎゅっと結んで、恩義に厚い少女はリートへそう告げた。




