第12話「第三王女の憂鬱」(2)
「――そんな貴方に良いお話があるの。聞いてくれるかしら?」
リーンキュラスのいたずらっぽい笑みが、リートの心を震わせた。
彼女はれっきとした王女である。淑女としての所作を学んできて、王族に釣り合うほどの教育を施されてきたのだろう。少なくともリートが王女というものに持っているイメージはそうだったし、彼女の所々に現れる気品はその過去を物語っている。
しかしリートは目の前で挑戦的な、瞳の中に炎を宿したような王女の姿に、それまでのイメージが一気に崩れた。
確かに今までの言動や所作を見て、彼女に持っていた固定観念というものは瓦解してきている。しかし今彼女が浮かべている笑みは、王女ではなく、一人の革命家のような決意のみなぎっているものだと感じられた。
リーンキュラスは乗り出した体を一旦椅子に戻し、こほん、と咳払いを一つ入れる。
「まず賢者リート、貴方がセネシス教団の預言者となることをこのワタクシ、第三王女リーンキュラスは全面的に支持するわ」
「本当ですか!?」
リートは喜びで目を見開き、口角を上げた。彼らの会話を聞いていた仲間たちも、第三王女の言葉に対して各々驚きの表情を浮かべている。
「ええ、王女たるもの二言はありませんわ。それに今は教団の指導者であった元預言者ザペルが何者かに暗殺され、現預言者のティアルムは魔女に誘拐。当然ですけれど、教団内は混乱しているの。スコラロス王国内も荒れている。立て直しには指導者が必要……それが出来るのは、誘拐された預言者ティアルムか、それとも新しい預言者ですわ」
リーンキュラスは唇に人差し指の関節を添えて、真面目な表情でリートに語る。
リートもその現状は実感できていた。当然のことだが元預言者ザペルが何者かに暗殺された事実は、教団に限らず王国全体に悲しみが広がっている。それに加えて魔女による預言者ティアルムの誘拐、王都へのモンスター襲撃、そして魔災によるトリンフォア村やジュスカヴ村の崩壊および難民問題……王国が抱えている問題は山積みで、唯一ジュスカヴ村の民たちが復興に手を貸してくれたことだけが明るいニュースだ。
そんな現状に対して、王国民たちは疲れ切っているようにリートには感じられた。厄災の魔女という共通敵がいるからこそなんとか士気を保っているが、それも少しずつ限界を迎えているだろう。
なんとか明るい知らせを届けられないだろうかと、王国は試行錯誤している。そしてそれは目の前の第三王女、リーンキュラスも同じなのだ。リートはどこか懇願にも思えるようなリーンキュラスの言葉を受けて、自分は今王国の未来をも背負おうとしているということを心に深く刻む。
「世界平和を目指すという気持ちは僕もリーンキュラス様も同じです。僕が預言者になった際には、必ず教団だけでなく、王国をより良く出来るように全力を尽くします」
「頼もしいお言葉ですわ。……ですがその前に一つ、お恥ずかしながら片付けなければいけない問題がございますの。ノア、説明をお願いできるかしら?」
リーンキュラスは指をパチンと鳴らす――動きはしたが、あまり良い音は鳴らなかった。
そして彼女の合図に、それまで料理を運んでいたメイドの一人が、リーンキュラスの傍でお辞儀をする。メイド服のロングスカートを上品につまんで広げ、お辞儀をする――いわゆるカーテシーと呼ばれる挨拶をして、リートたちの方を向く。
紫の切り揃えられた前髪はさらさらとストレートで、後ろ髪は側頭部に束ねられ、小さな滝のように流れている。いわゆるツインテールというもので、お辞儀の際にもかがんだ瞬間にツインテールが揺れて可愛らしさを醸していた。しかし淑女としての振る舞いは一級品で、絶対に口に出せないが所作だけであればリーンキュラスよりも高貴さを感じさせる。
そして何より目を引いたのは、彼女の整った睫毛の奥に広がる、星々の広がる宇宙のような左目。対して右目は眼帯をつけて、その宇宙に蓋をしている。
彼女は少しだけ息を吸ったあと、力強い目線でリートたちを見つめた。
「はじめましてぇ、リン様の専属メイドのノアだよん、はーと!」
ハートマークを作って、こちらに可愛らしさを振りまいてくる、ロングスカートのメイド。その声は甘ったるく可愛らしさ全開で、その姿を見ていたアンクが怪訝な表情を浮かべているほどだ。
リートは前世で、メイド喫茶には行ったことが無かった。でも多くのメイド喫茶の店員はこんな感じだろうと知っている。しかし着ているのは由緒正しきロングスカートで、なんだか前世の世界にこの人を連れていくと、非難轟々になる気がした。
唖然とする一同に対して、当のノアは頬を膨らませながら怒り心頭だ。
「みなさま反応が薄いですよ~! もしかしてそんなにノアのことが嫌いなのぉ……うりゅりゅ……」
今度は眉を下げて涙を浮かべるノア。感情のジェットコースターに着いていけないリート、或いはその仲間たちは、彼女の言動に何も返すことが出来なかった。
「……余計な前置きは良いから早く話せ」
唯一、明らかに苛立っているアンクが腕を組み座席にもたれかかって、ノアに対してそう告げた。
絶対にアンクは嫌いだろうなと、リートは内心苦笑いを浮かべて、再びノアの方へと向き直る。アンクの圧の強さに、ノアは明らかに怯えたような表情を浮かべていた。
その様子を見ていたリーンキュラスは、大丈夫よ、とノアに一言かける。そしてその後アンクの方を見つめて、王族の御用達である張り付いたような笑みを浮かべた。
「……不快にさせてしまったなら謝るわ。でもノアは、ワタクシが信頼する一番の従者よ。戦闘能力でも魔法の腕は一人前、武器もダガーくらいならちょっとした暗殺者よりも使いこなせるわ。……こんな性格だから、王室からの評価は著しく低いけど」
「メイド長の”おばさん”、ひどいんですよ~! 貴方は致命的にメイドとしての才能が無いって、そんな決めつけされてノアの評価を下の下にするんです、許せませんっ! ……まあでもお陰で、敬愛するリン様の下で自由に働けてるんですけどねっ!」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。まるでそうね、飼いウルフが主人に対して尻尾をぶんぶん振っているような愛嬌があるわ」
「きゃーっ! わんわんっ! ご主人様大好きですぅ♡」
王女とメイドの漫才は続く。リートは心配になって、アンクの方を見つめる。彼女は眉間にしわをつくって、今にも机を蹴り飛ばしそうだった。少なくとも王家でなければ、既に蹴り飛ばして退出していたんじゃないだろうか。
その隣に座っているグレンもアンクの様子を伺っている。その伺い自体が彼女の抑止力になっているのだと、リートは感じた。尊敬する元団長の手前、彼の面子をぶっ壊すような事はできないのだ。
「……あの、そろそろ本題に入りたいんですけど」
この場でこの漫才を終わらせるためには、リートが適任だろう。そろそろと手を上げて、二人にそう告げる。
確かに、という表情でリーンキュラスはこほんと一つ咳払いをした。
「この子はワタクシの下で働いてくれているけど、ただのメイドじゃない。むしろメイド業務は副業で、どちらかと言えば王族の動向を伺って対応する事が仕事。喩えるならそうね、スライムの生命を繋ぐ核がそのドロドロの体の中に隠れているようなものよ」
「ノア的にはメイドが本業なんですけどねぇ~」
そう口を挟むノアの様子には、何か王族の裏で暗躍している人物のようには見えなかった。
だが王族である以上、例えば権力争いのいざこざに巻き込まれたり、暗殺者に狙われたりもするのだろう。そういった事に対応する人物は一人ほしい事は分かる。そしてリーンキュラスの場合、それがこのノアというメイドなのだ。
そうなるとこの性格についても、何か意図されたものなのではないかという考えがリートの頭には浮かんだ。リートたちは今、彼女の事を別段脅威だとは感じていない。しかしそれこそが狙いなのかもしれない。相手を油断させて、そして情報を集めたり、或いは侵入者を撃退する……あくまで想像でしかないが、それでもリートはそう考えれば辻褄が合うと感じていた。
紫のツインテールを揺らしながら、ノアは再びこちらを見渡す。
「えっとぉ、リン様はスコラロス王国第三王女という肩書をお持ちですけど、権力という見方をすると他の王族に比べてそこまで高く無いんですねぇ。見る目の無いヤツらばっかりなんですぅ……」
「そうなんですか? でもジュスカヴ村の件を国王様に進言してくれたのはリーンキュラス様だって……」
「もちろんリン様のお父様、つまり国王様が納得してくれたことであれば問題無いんですけどねぇ……でも少しでも自分の意にそぐわない事があると、基本的には却下なんですぅ。今回の件はたまたま運が良かっただけでぇ……」
ノアが目尻に涙を蓄えながら、ぴえんという効果音が似合いそうな表情を浮かべる。
確かにジュスカヴ村の件は王国のためになることで、現状復興に力を入れなければならないタイミングでの助力だからこそ、多少リスクはあっても受け入れられたのだろう。
しかし今回はまた違う。教団に新しい預言者を定める事を推奨するという、王国の政治のあり方を大きく変えるような提案だ。ちょっとやそっとで上手くいくことではないはずだ。
左目の涙を指でそっと拭ったノアは、口元を一度ぎゅっと固く閉ざし、そしてぷるぷるの唇を弾ませながら、口を開いた。
「王政の最終的な決定権を担っているのは、リン様のお父様である国王様ですぅ。ですがそれを裏から支配している方がいらっしゃるんですよぉ」
「……それは一体?」
「――王妃様ですぅ。一五年前ほどに再婚されてリン様を産んだ、つまりリン様のお母様ですねぇ」
「えっ……」
リートは思わず驚きの声を上げる。彼が驚いたポイントは大きく分けて二つあった。
一つはリーンキュラスが自分よりも年下だという事実にだ。今までの彼女の振る舞いは、多少崩れることはあっても、自分よりも明らかに成熟していた。年齢を聞いてはいなかったが、きっと年上だろうと思っていたのだ。
そしてもう一つは、現王妃が政治的な実権を握っている中で、リーンキュラスがどうしてこんなに肩身の狭い思いをしているのかということだった。普通、王妃と血の繋がっている人物であれば、それなりに発言権はあってもよいものだ。しかしリーンキュラスやノアの話を聞いていると、彼女はそこまでの権力を持っているわけではないようだった。
後者の疑問点に対して、ノアはそれを予測していたのか、リートの問いを待たずに口を開く。
「王妃ユスフィーン様は、リン様の事をそこまで大事にしておられません。むしろ自らを王族として繋ぎ止めておくための楔として、リン様の存在を使っているんですよぉ」
ユスフィーンの名前はリートも知っている。かつての王妃と死別し、完全に落ち込んでいた国王を支えた、愛情深き人物だ。
しかしノアから聞いた王妃の話は、リートが今まで持っていたイメージとは完全に乖離している。
「そんな……自分の子供なのに」
「わかりますっ! だからリン様は王室では何も出来ず、なのですぅ。ひどい話ですよねぇ……でもですねぇ――」
泣き崩れそうなおよよという表情から一変、にっこり笑顔を浮かべるノア。そのパープルの瞳には、リーンキュラスにも宿っていたあの革命家のような炎が滾っているように見えた。
「――ノアたちは掴んだんですよぉ、あの毒親の弱みをっ!」
きらきらした表情で体をはずませ、ノアは全身で喜びを表現している。
そしてその口角の上がりきった口から発せられた言葉に、その場に招かれた五人は息を詰まらせることになった。
「――王妃様、厄災の魔女の”母親”だったんですねっ!」




