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第12話「第三王女の憂鬱」(1)


 スコラロス王国の王都レセシアルトにそびえ立つ、レセシアルト城。

 その一室に招待されたリートは、ともにジュスカヴ村の魔災から村民たちを救った仲間たち――ベール、キャロシー、グレン、アンクとともに、運ばれてくる料理の豪華さに驚いていた。

 やはり王国の一番権力がある場所だ。王都の食事も豊かではあるが、ここのコースに比べたら安っぽさを感じてしまう。

 西洋風のロングスカートのメイドの女性や、執事服の男が上品に料理を運んでくる。食器が奏でるカチカチとした音でさえも、どこか上品に感じてしまうほどの雰囲気を醸していた。

 長いテーブルの側面にリートたちは座り、運ばれてくる食事を眺めている。そしてその更に奥、いわゆる上座、あるいはお誕生日席と形容したほうが良いだろうか、そこには透き通る長い金髪で、サイドバンクや後ろ髪の毛先だけ少しカールさせた女性が一人。しんと目を閉じると、肌色とコントラストを作っている睫毛まつげが綺麗に整えられているのがわかる。鼻立ちは少し高く端正、対して唇はふっくら柔らかく、リップでその桃色が自然に馴染んでいた。

 彼女こそ、スコラロス王国第三王女のリーンキュラス。紛れもなく王族の血を引くものだ。

 リーンキュラスは閉じた目をゆっくりと見開く。そして五人を一人ひとり眺めて、その柔らかな唇をぷるんと弾ませて、口を開いた。


「……あら、テーブルマナーはお気になさらずにいただいてくださいな。形式ばった事というのは本当は嫌いなのですわ。まるでそう――」


 そしてその瞬間、人形のように上品だったリーンキュラスの口角が、一気ににっと上がった。


「――さなぎから羽化し美麗な姿を見せるモンスター、バタフレインのように! おーっほっほっほ!!」


 突然立ち上がり、自分の言ったことに高笑いする第三王女。

 上手いことを言ったと気持ちよくなっている様子だが、リートたちは突然の変容に目を丸くして、それどころではなかった。今まですごくおしとやかな雰囲気を醸していたにも関わらず、突然部屋全体に響き渡るような笑い声を発する。透き通ったハイトーンボイスは綺麗だが、近くで聞くのには少しこたえた。

 リートたちの戸惑う反応に対して、会場のボルテージが上がりきっていないと感じたリーンキュラスは、あら、とこちらも少し驚いた表情を浮かべる。


「先程の言葉は、堅苦しい作法などを脱却してこそ美しいワタクシを、堅苦しい体を作るモンスターのバタフレインが羽化することに喩えているのですわ。お上手でしょう?」


「いや、リーンキュラス様。皆さんそれをご承知の上での反応です。単にあなたの変容にみな、驚かれているだけでございます」


 王女の解説に対してやむなく口を挟んだのは、一人だけ驚かず呆れた表情を浮かべていた男、グレンだった。

 そんな様子のグレンに対して、リーンキュラスは手元にあったスプーンを右手で掴み、グレンへと差し出す。ナイフやフォークならともかく、スープ用のスプーンというところにカッコ悪さをリートは感じていた。


「グレン! 貴方にはずっとワタクシのことを愛称リンと呼ぶように伝えていたはずですわよ!」


「いえリーンキュラス様、ここには賢者たちやその仲間がおりますから……」


「おだまり! ワタクシたちの仲は他人がいると遠慮するようなものでは無いでしょう!? それとも何かしら、ワタクシとの関係性は他人にはとても見せられない、破廉恥ハレンチなものだとでも言うつもり!?」


「……はあ。めっそうもございません、リン様」


「”様”はいらない! あと堅苦しい!!」


「……わかった。リン」


 ようやく観念した――というよりも王女のテンション感に疲れ切って諦めてしまったグレンは、リートといつも話している声色に戻る。

 二人の関係性が気になるところだったが、それは後でグレンから聞くことにして、リートは改めて彼女の様子を眺めた。

 先程まで醸していた人形のようなオーラは、その外見だけに残る形となり、頬を膨らませていたり、不機嫌そうに腕を組んで眉をひそめている彼女の様子は、どこか子供のような雰囲気だ。先程の比喩のしてやったり感も、今の雰囲気からであれば納得ができる。

 彼女こそ、スコラロス王国第三王女のリーンキュラス。紛れもなく王族の血を引くものだ。


「……それでリン、話というのは? 手紙にはジュスカヴ村の救出についてのお礼がしたいと書いていたが」


 グレンがリーンキュラスに向けて、腰に手を当ててそう尋ねる。

 リートはグレンに見せてもらった手紙の事を思い出す。リーンキュラスは今この場にいる五人それぞれに手紙を送っており、一つひとつが手書きで、内容が少しだけ異なっていた。目の前の王女は、すごく丁寧に自分たちを招待してくれたのだと感じている。

 当のリーンキュラスは、持ったスプーンでスープを啜っていた。ずずずと、テーブルマナーの欠片もない音を立てながら、顔だけはお淑やかに飲む王女。


「そうですわね、まずは皆様に感謝を。貴方がたのお陰で、ジュスカヴ村の者たちは救われ、更に王都の復興も進んでいますわ」


 次にリーンキュラスはつややかな唇から白い歯をのぞかせて、その手に持ったパンを噛みちぎった。ワイルドである。


「……ジュスカヴ村の村民たちに居場所が与えられたのは、ひとえにリーンキュラス様のお声があったからこそです」


 そう呟いたのは、グレンの隣に座っていたアンクだった。

 彼女は教会で会ったいつもの衣装よりもしっかりとした、襟のついたスマートな衣装を着ている。彼女が美形なのも相まって、まるで執事喫茶とかでも働けそうな男装のように感じられた。


「ワタクシはお父様にかけあっただけですわ。お父様もジュスカヴ村の取り扱いには困っておいででしたし、なるようになった、というだけ。感謝はしても良いけど、その流れを作り出してくれた貴方がたこそ、感謝するべき相手に相応しいとワタクシは思っているのよ?」


 そう告げるリーンキュラスの言葉は、彼女の先ほどの言動とは打って変わって、冷静だった。やはり王女として素養がある。噛みちぎって口をつけた部分をスープにべっちょり付けている様子は、やはり気品さをあまり感じはしないのだが。


「……さて、本題に入りましょうか。別にワタクシはお食事会に貴方がたをお招きしたわけではございませんわ。そんな王国貴族の社交界のようなぬるい場でないことは、ご理解いただきたくてよ。そう、ここはゴブリンの子供が起こしたちっぽけな火で湯を沸かす場ではないの」


 したり顔でそう告げるリーンキュラスに対し、招かれた一同は何も言えずに黙ってしまう。

 言っていることはそれなりに迫力があるのだが、最後の付け足しで口角を上げて得意げな表情を浮かべる姿が台無しにしている。リートたちが黙っているのは、どちらかといえばこちらの理由だ。


「ジュスカヴ村の件について、一つワタクシには分かりかねることがあるの。――どうして貴方は、ジュスカヴ村を救ったのかしら?」


 リーンキュラスは持っていたスプーンを、目の前に座っている人物に差し出す。ぽたぽたとテーブルクロスにスープの雫が落ちていく、その先端はリートに向けられていた。

 少し鋭い瞳で、ただそのもっと内側には底知れぬ興味を孕んでいる眼差しが、リートの息を少しだけ詰まらせる。


「女神の天啓を聞いたと、風の噂で聞きましたわ。それが本当なのか本当でないのか、ワタクシには判断つかぬこと。――でもその内側には意図がある、ワタクシはそう踏んでいるのだけれど」


 リーンキュラスの核心をついた言葉に対して、リートはやはりこの人は王族の器を持っているなと、嫌でも感じさせられた。

 リートは確かに一つの意図を持って、ジュスカヴ村の救出に動き出している。それは女神の天啓を聞くことができる預言者として、王国と教団で力を持つことだ。それにより魔女ヴィルフィと話し合う機会を作り、自らが描く理想を世界に映したいと思っている。

 しかしそれを正直に王族であるリーンキュラスに伝えて良いものか、リートは悩んでいた。自分はいわば”成り上がり”をしようとしている人物で、王族にとっては邪魔者が増えるだけの可能性もある。ここは一考するべき部分だ。

 リートは改めてリーンキュラスの瞳をじっと見つめる。彼女の瞳には、ある種の期待と貪欲さが伺えて、何か彼女を裏切るような答えは出したくないようにリートは感じてしまった。


「……僕は預言者になって、ある一つの目的を果たしたいんです」


 観念したリートは、リーンキュラスに対して、或いはこの場にいる仲間たちにすべてを打ち明ける覚悟を決める。

 リーンキュラスはリートの誠実な答えに対して、その瞳の中の貪欲さがきらきらと輝かせていた。


「その目的とは何?」


「世界平和――と言ったら大げさかもしれませんけど、でも実際そうだと思います。僕は魔災に襲われているこの世界を救いたい。そしてそのためには、スコラロス王国とセネシス教団の力が必要だと感じています」


「――それは厄災の魔女ヴィルフィを殺すため、ではありませんわよね?」


 リーンキュラスは当然のように、リートの思惑を当ててくる。

 彼にはそれ以上の意図があると、彼女は信じているのだ。


「ええ。確かに魔災の原因となっているのは彼女です。それは僕が魔女の森で戦った時、魔女本人から聞いたことです。ですがそれは魔女の意図していないものだった。彼女の存在こそがこの世界を滅ぼす魔災の原因であり、彼女に一切の罪はありません」


「その言葉が嘘でないという確信があるの?」


「……彼女が嘘を付くわけ無いですよ」


 リートのやけに自信のある声色に対して、リーンキュラスは少し疑問符を頭に浮かべる。

 しかしリーンキュラスは、自分が魔女本人と出会ったわけではない。賢者リートとその仲間たちは実際に彼女と出会って話しているのだ。自分には預かり知らぬ何かが彼女にあった可能性もあるため、リーンキュラスはそれ以上言及はしなかった。


「……なるほど。彼女を救い、魔災も止めたい。だから王国と教団の力を借りたいと思っているのね」


「ええ。今の王国と教団は魔女討伐に乗り出しています。もちろん魔女の存在自体が魔災の原因ですから、仕方ない部分も大きいでしょう。――でも僕はそれを変えたいんです」


 リートはまっすぐにリーンキュラスへとそう告げる。

 リーンキュラスは少し考えたあと、それまでずっと冷静にリートを見つめていた表情を崩し、口角を上げて白い歯を見せた。


「おっほっほーっ!! そうだと思っていましたわ!! ワタクシの見込みどおりでございましてよ、リート!!」


 スプーンを再びリートへと突きつけるリーンキュラス。


「――そんな貴方に良いお話があるの。聞いてくれるかしら?」


 リーンキュラスは悪巧みをする子供のように、にやりと笑みを浮かべた。


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