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第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(13)


「よう」


 少し曇った夜空が王都を照らす時間、リートは教会の椅子にもたれかかっているアンクと対面する。

 アンクはジュスカヴ村で過ごしたあの期間よりも気軽な服装で、手をぶらぶらと上げた。流石に神聖な教会では吸えないのだろう、その口には煙草を咥えていない。


「怪我は大丈夫ですか?」


「ああ。体というのは頑丈なものだと、実感してるよ」


 アンクは少し優しげにリートへ微笑んだ。

 ジュスカヴ村で発生した魔災、その脅威から脱出することに成功したリートたちは、王都へと戻っていた。

 ジュスカヴ村は魔災により全壊していたが、リートたちが早めに避難誘導をしていたおかげもあり、人的な被害はほとんどなかったのだ。後で村長を名乗る人物が名簿を確認したところ、魔災に巻き込まれて亡くなった人物はたったの一人もいない。ジュスカヴ村の民たちは、全員生還を果たしたのだった。

 ただし、村自体は崩壊に飲み込まれてしまい、再建することが難しい状態だ。近くに新しく村を作るとしても、もちろん一からこの人数を収容できるほど大規模なものは作れず、また魔災の影響で凶暴化したモンスターが近くに潜んでいる可能性も高い。

 ジュスカヴ村の住民たちはとある選択を迫られていた。それは王都に移住しないかという話だ。いち早くジュスカヴ村の惨状を王国に伝えた騎士団が、持ってきた選択肢がこれだった。

 元々はお互い干渉せずという状態の王都とジュスカヴ村だ。村民からの反発は免れないだろうというのが、王国の提案を聞いたグレンの意見だ。


「……しかしまさか、ほとんどの村人が王都に来るなんて。信じられませんでした」


 リートはアンクの隣に座って、教会の前方を見つめながらぽつりと呟く。

 アンクはグレンの考えを否定していた。ジュスカヴ村の民たちに王都へ移住するように強く勧めるアンクに対して、グレンはとても意外そうな表情を浮かべていたという。

 もちろんリートもアンクの意見には賛同できる部分が多々あった。彼らは優秀な建築能力を持っている。王都がモンスターに襲われ復興に追われる中、もし彼らの力を借りる事ができれば心強かったのだ。

 そしてそれは見事に成功する。王都の中でもジュスカヴ村の人達を忌避する者が少なからずいたが、やはり自分たちの家を直してくれる者たちに対しては、認識を変えるほかなかった。

 リートが意外そうに呟くのに対して、アンクはそれが当然と言わんばかりに、ふっ、と鼻でリートの言葉を笑う。


「あの爺さんがこちら側に付いてくれてたんだ。無理なことなんてあるものか」


 リートはアンクの言う”あの爺さん”――アルケネド神の信者であり、最後までリートの言葉に対抗してきたあの老人の事を思い出す。

 リートたちが倒したにも関わらず、彼はアルケネドの事をまだ信じている。あれは偽物だ、魔災によるものだ、など色々と語っていた。

 もちろんリートは、それが当然といえば当然の事だと認識している。長年信じてきたものが裏切られる苦しみは、リートには想像できないほど大きなものであることは理解できた。それに本当にアルケネドという神が別にいるかもしれないという可能性もある。彼の生き方を否定する気はなかった。

 そしてそんな彼も、村民の救済を願っている者の一人だ。理由はどうあれ、行き場を失ったジュスカヴ村の民たちを救おうとしている。その点で言えば、ザペルやティアルムのようなセネシス教の預言者たちと変わらない。

 だからこそ彼は、王都で自らの居場所を作り出す事を村長に提案し、王都への移住に賛成。事実、王都にまだまだ馴染めていない部分もあるが、彼らは少しずつ自立へと向かっているように思えた。崩壊して使い物にならなくなった居住区が王都にあり、再興した暁にはそこをジュスカヴの村民が暮らせるように王国とナシを付けたらしい。

 ともかくジュスカヴ村の魔災は、悲劇で終わることなく、村民たちは前を向いて歩き始めるという結果になったのだった。


「……なあ、リート。一つ聞いても良いか?」


 ふと、隣に座っていたアンクがリートに尋ねる。

 リートがアンクの真剣な声色を察して、彼女の方を向く。まつ毛が整えられ影が作り出された青い瞳が、まっすぐにリートの瞳を見つめていた。


「お前は預言者になりたいんだったな」


「……ええ、そうですね」


「それはなぜだ?」


 彼女にしては珍しく、真剣な面持ちを崩さず、そして目線をリートから一切離さず、純粋にそう尋ねているようだった。

 耳に装飾をつけていて、かつてのリートは彼女と一切合わないと感じていた女性は、しかしこの教会ではただ一人の熱心な信徒だ。


「……胸に抱いた、理想を貫くためです」


 リートは胸に右手を添えて、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「理想というのは?」


「この世界を”みんな”で笑って過ごしたいんです」


 “みんな”という言葉を強調するリートに対して、アンクはリートの次の言葉を待つ。


「仲間のみんな――ベールやトレイス先輩、キャロシーはもちろんです。ティアルム様も、グレン師匠もですね。今だとアンクさんもその一人です。……でもそれに限らない。僕はこの世界に住むみんなで、幸せに暮らしたいなって思うんです」


「……理想だな」


 アンクのもっともな反応に対して、リートは苦笑いを浮かべる。しかし今彼が紡いだ言葉は、本心以外の何物でもない。


「ザペル様もティアルム様も抱いていたのは、”世界平和”です。やり方はどうあれ、僕もその根本的な部分に対しては大賛成です。……でも今は、それを脅かそうとする存在がいるんですよね」


「……厄災の魔女、か」


「ええ。彼女がこの世界の魔災の原因です。僕が魔女ヴィルフィと戦った時、彼女は自らが魔災の原因だと言っていました。だから……」


「……だからお前は、厄災の魔女を討伐して、この世界に平和を取り戻したいのか」


 アンクの言葉に対して、リートはまた一つ苦笑いを浮かべた。


「あはは、違いますよ。僕は――」


 リートは大きく息を吸い込んで、彼女に自らの想いが伝わるよう、まっすぐに見つめた。


「――魔女ヴィルフィを、救いたいんです」


 その回答が意外だったアンクは、息が一瞬詰まってしまう。

 そんな反応をされると分かっていたリートは、一度彼女から目線を逸らし、教会の前方を見つめる。魔女ヴィルフィに自らが抱く、複雑な感情を整理したいがために。


「魔女ヴィルフィだって、この世界の住民です。被害者だって言っても良いと思います。詳しくは上手く説明できないですけど、僕が彼女と話した時に、そう感じたんです」


「被害者、か……私はそう考えたことなど無かったな」


「女神様はそう仰っていますからね。でも僕はやっぱり、彼女を殺す以外の道を歩みたいと思っているんです。彼女は僕の中では、笑ってこの世界を暮らしたい”みんな”に含まれていますから」


「……理想、だな」


 アンクの反応は、先程と同じだ。だがその気持ちの含まれ方は全く違う。

 リートは再びアンクを見つめる。その瞳はまっすぐにアンクを捉えていて、アンクの青い宝石のような瞳を打ち砕かんとしていた。


「……でも僕は、理想を追い求めます。魔女ヴィルフィを救う、魔災で被害にあう人々を助ける。それが僕の胸に抱かれた理想です」


 アンクはリートの真っ直ぐな瞳に、心を打ち砕かれていた。

 もちろん彼が並々ならぬ想いを抱いていたのは、ジュスカヴ村で共に戦った時から分かっていることだ。しかし彼の本心をようやく聞くことが出来て、アンクは目の前の少年のことを、自分がまだまだ勘違いしていた事を実感した。

 アンクは口角を上げて、リートに向き直る。彼こそが自らの尊敬した預言者の名を継ぐに相応しい人物だと確信した。


「……だったら預言者になるための切符が必要だな」


「切符?」


 アンクが懐から取り出したのは、上品な便箋に入った一枚の手紙だった。

 その手紙を開くと、そこにはリートに向けたメッセージの他に、送り主の肩書、そして名前が書かれている。

 そしてその肩書と名前を読み、リートが驚きで目を丸くしていたのを見て、アンクがにやりと笑い、楽しそうに口を開いた。


「……スコラロス王国第三王女、リーンキュラス様から、王城への招待状だ」



第11話「ジュスカヴ村の悲劇」 (終)


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