第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(12)
リートとアンクは、巨大な蜘蛛のようなモンスターであるアルケネドと対峙し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
アルケネドの胴体にリートは魔法を当てようとしたものの、それは魔法反射によって軌道が逸らされてしまう。
そしてアンクが攻撃したアルケネドの脚は、傷付いた関節部分が再生能力によってみるみるうちに回復していく。
魔災による凶暴化したモンスターは、一般的なモンスターにはない特殊能力を持つ。それはおおよそ一つではあるが、稀に二つ以上の特殊能力を持ったモンスターが現れることがあると、リートはトレイスから聞いていた。
魔女の森でリートとキャロシーが戦ったヘルギガスがその一例だったが、今回のアルケネドも同様に、二つの特殊能力を持つモンスターだ。体が閉じ込められていたのが地中であることから、魔力暴走の影響を大きく受けたのだと、素人ながらリートは推察している。
しかしこの二つの特性、およびアルケネドの胴体が長い脚によって高い位置にあり、近距離攻撃が届かない事を踏まえると、攻撃の手段がかなり限られてくることになる。
「……魔法以外の攻撃で、あの本体に致命傷を負わせることが出来れば」
リートはそう呟くが、言うは易く行うは難し、表情は苦しいままだ。
ベールのように弓で遠距離から物理攻撃が出来れば、一見問題ないように思える。しかし再生能力持ちであるとなると、話は別だ。彼女の弓矢は攻撃範囲こそ広いが、肝心の攻撃力に関しては近接攻撃に劣る。矢が命中したとしても、一撃でアルケネドを葬ることは出来ないだろう。
それにベールは今、村のどこかで人々の救助に勤しんでいる。探す手間と救助の手を止めるリスク、およびその間はリートとアンクのどちらかがアルケネドと一対一で戦わなければならない。あまり得策とは言えないだろう。
ともかく、リートとアンクの二人で、このモンスターを退治する必要がある。どちらも物理攻撃に関しては近距離専門だから、アルケネドとは相性が悪いのだ。
「賢者様、少し提案がある」
しかしアンクは何か秘策を思いついたかのように、そう呟く。リートがちらりと横を見た時の彼女の瞳は、勝利に向かって突き進む諦めの悪さを秘めていた。
「お前にはアルケネドを引き付けておいてほしい。私は建物に上って、高いところからあの図体を狙う」
アンクは少しだけ目線を逸らしてリートに合図する。そこには少しひび割れてはいるが、まだ自立している三階建ての建物があった。屋上からであれば、なんとかその体に届きそうな高さだ。
「あの高さから飛ぶってことですか?」
リートは心配そうな声でそう呟く。
もちろんリスクもあるだろう。位置エネルギーの暴力は、アンクが着地の際に大きなダメージを負うきっかけになる。あまり許容できることではなかった。
「心配しなくていい。高いところから飛び降りて奇襲するのは、私の得意なことでな」
しかしアンクの表情は真っ直ぐだった。今までの彼女の戦い方を鑑みても、冗談で言っているわけではなさそうだ。
「……分かりました。気を付けてくださいね」
「誰に言ってるんだ」
「あはは、そうですね」
失礼な事を言ってしまったなと、リートは少しだけ口角を上げて笑みを浮かべる。
アンクはリートよりも戦闘の能力は高い。もちろんリートには女神の加護があるため、その点を踏まえればどちらが強いかは微妙なところだ。ただ今回の相手は少なくとも魔法が効くような相手ではないため、リートの方が足を引っ張ってしまわないか心配だった。
そして軽口を言い合えるほど、少しだけでもアンクとの絆が芽生えていることに、リートは頬を緩める。
「……じゃあ、後は任せました。僕はアルケネドを足止めします」
「ああ、任せた」
リートはアンクに先駆けて、アルケネドの方へと剣を構えて向かっていく。アンクはその後ろから追従し、そしてあるところで建物の方へと進路を切り替えた。
素早く近付いてくるリートに対して、アルケネドは一本の脚を大きく上げる。そして同時に周りの数本の脚から、多種多様な魔法が繰り出されていた。
リートは無詠唱で魔法剣を振るう。まず最初に飛んできた雷の攻撃に向けて、土の魔法剣を振りかざし、その土に雷を吸収させて回避した。
次に飛んできた氷塊を、今度は炎を剣に纏わせて振るう。氷塊は呆気なく真ん中から分かれてしまい、リートのゆく道を遮ることは出来なかった。
そしてアルケネドはその上げた足先を、リートの体を打ち砕こうと振り下ろす。
リートは自らの動きを先読みされた脚の軌跡に対して、あえて少し速度を緩める。そして振り下ろされた脚の先が目の前で地面に刺さると、その足先に向かって跳躍、そのまま壁を走る形で上っていく。
もちろん重力の影響で根本にある胴体までは上ることが出来ないが、あくまでリートの使命はアルケネドの注意を引くことだ。彼は足場にしているアルケネドの脚の関節にある、大きく開かれた口を見据える。そしてその口の中から泥のような物体が魔法で作られていることを認識し、リートは魔法剣を準備した。
彼が剣に纏わせたのは、風の魔法だ。アルケネドの関節の口から吐き出された土塊ごと、風を帯びた剣で薙ぎ払う。土の塊は風によって無惨に散らされ、リートの体を攻撃する事はできない。そして更にその魔法剣は関節にあった口の中身をも切り裂き、叫び声を上げさせた。
(脚には魔法が効くのか……!)
リートは地面に着地して、他の脚が仕掛けてくる攻撃を冷静に避けながら、そう推測する。
胴体に対しては魔法が効かなかった。しかし関節の口の中であれば、魔法が通る可能性が高い。少なくとも魔法剣を使っていれば、相手の攻撃から実を守るのと同時に、そのまま攻撃に転じることが出来るのがよく分かった。
崩された脚を守るように隣の二本の脚がリートを襲う。しかし同じ要領でリートは駆け上がり、一本、また一本と攻撃を加えていく。
再生能力を持っているといっても、与えられた傷がすぐに回復するわけではない。そこまで長い時間ではないが、必ずタイムラグが生じることになる。
やがて傷付いた関節に支える力がなくなり、アルケネドの体がバランスを崩した。
そしてリートは、アンクが向かった建物の屋上を見上げる。そこには機を見計らっていた彼女が静かにアルケネドを見つめていた。
(――今だな)
アンクはそこからアルケネド側の縁から反対側に移動し、そのまま勢いよく走り出した。大槍は背負ったままで、アンクはスピードを上げていき、そして建物の縁から飛び出す。
放物線を描くその軌跡が向かう先には、アルケネドの小さな胴体だ。アンクは背中から大槍を構えて、頭を下に向けてその前に槍先を、アルケネドを突き刺して一気に葬るように構える。
「――なっ!?」
しかしアンクの表情が刹那、少しだけ驚愕の感情を孕む。それはアルケネドの胴体にあった眼球が、淡く光っていたからだ。
胴体に攻撃方法があることを想定していなかったアンクは、すぐに防御の姿勢を取ろうとするが、少し遅かった。
眼球から放たれる光線。なんとか槍の一薙ぎで直撃を避けるが、しかし衝撃は緩和することが出来ずに、アンクの軌道が大きく逸れ、建物の瓦礫に、続けて地面に叩きつけられた。
「アンクさんっ!」
落下したアンクのもとへとすぐに駆け寄るリート。彼女は光線で受けたダメージで傷を負っており、肩からじんわりと血を滲ませていた。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ、大丈夫だ。すまない、下手を打ってしまった」
アンクは少しふらつきながら、それでもゆっくりと立ち上がる。苦しそうな表情はしているが、大槍を振るって感触を確かめていることからも、大事には至っていないのだろう。
ゆっくりと立ち上がるアンクに対して、リートは覚悟を決める。アンクが怪我を負っている今、あのアルケネドを倒せるのは自分しかいない。
もちろん一度退避しても良いが、もしアルケネドが避難している村人たちを襲ったり、この村から脱出して人々を襲うような事があってはならない。魔災で凶暴化したモンスターが王都を襲った時間もあった。こんな巨大なモンスターが近くの町で暴れれば、王都以上の被害を生み出すはずだ。
リートは剣を握る指の力を強く入れる。一人で目の前の巨大なモンスターを倒すためには、どうすれば良いだろうか。
「……おい、賢者様」
隣で立ち上がったアンクが、リートの方を見つめて不機嫌そうな表情を浮かべている。いや、実際にはいつものように鋭い表情なだけなのだが、それでもリートには彼女が抱いている気持ちが表情に現れているような気がしていた。
「何を一人で倒そうとしてる。言ってるだろ、私は大丈夫だと」
アンクはまっすぐな表情でリートの方を見つめていた。その言葉には少し強がりがあったかもしれないが、それでもリートに納得させるだけの力強さがあった。
リートは唾を一つ飲み込んで、アンクの方を同じくまっすぐに見つめる。
「……分かりました。じゃあ僕に一つ考えがあります。それに乗ってくれませんか」
「ああ、もちろん」
アンクの表情に少しだけ笑みが浮かんだ、そうリートは感じていた。
リートは作戦の内容を簡潔にアンクへ伝える。アンクは少し悩んだ後、わかった、と納得してアルケネドの方を再び睨む。リートもそれに続いて、モンスターの方を見た。
既にモンスターは関節の傷を回復させ、立ち上がっている。即ち勝利がかかっているのは一瞬だ。
「――行きますよッ!」
そしてリートは先程と同じように、アルケネドと距離を詰めていく。彼の後ろには先程と同様に、アンクが控えていた。
リートはアルケネドが関節の口から放つ魔法を、対応する魔法剣で防いでいく。そして先ほどと同じようにアルケネドは脚を大きく上げてリートを潰そうとし、リートはそれを回避。その後脚を上って関節の口に、魔法剣を叩き込む――ここまでは同じだ。
しかしここからリートは、攻撃を加えた硬い脚を更に蹴って、隣の脚へとその体を飛ばした。それを迎撃しようと口の中に氷魔法を宿していくが、突然の事態に隣の脚の口は対応できず、氷塊を吐き出す前に炎を帯びた魔法剣が口を襲う。
そして間髪入れず、次なる脚の方へリートの体が飛んでいく。流石にアルケネドの関節の口が迎撃をしようと、口からかまいたちを放ちリートに襲わせる。しかしリートは氷を宿した剣で、その風の動きもろとも凍らせて勢いを殺してしまう。そしてその氷結の剣がアルケネドの三本目の脚の口を横に切り裂いた。
ぐるりと縦の鉄棒で回転する形で、リートは次の脚へと向かっていく。水球を口から吐き出して勢いを殺そうとするアルケネドだったが、リートの剣は稲光を発しながら振るわれ、呆気なく蒸発してしまった。四本目の口を切り裂いて、リートは一度その口の凹凸に脚を着地させる。
半分の脚がやられて、アルケネドはその巨体のバランスを崩した。その揺れをモンスターの歯の上でバランスを取りながら、次の脚へと向かっていくリート。五本目の脚は崩れたバランスを立て直すので精一杯だったのか、攻撃が遅れ口に秘めた雷も、リートの剣から生み出された土塊に埋もれてしまう。
五本目の脚がやられ、蹴って勢いをつけたリートは六本目の脚へと向かっていく。次はぼこぼことしたどす黒い闇を吐き出してリートの攻撃を妨害しようとした。リートはその闇を、光を纏った剣で打ち払い、一閃。七本目の脚へ。
七本目の脚は逆に光を帯びた光線を吐き出して、リートを撃ち落とそうとする。光線にリートが包まれてしまうが、それを内側から飲み込むように漆黒の闇が広がっていく。その闇がアルケネドの口を埋め尽くしていき、窒息に向かわせる。
そしてまた脚を蹴って八本目――にはいかなかった。リート七本目の脚の付近で着地し、彼を迎撃しようと構えていた炎を、水に濡れた剣が一刀両断。そしてリートが見つめていたのは、最後の脚ではなく、その奥にいるもう一人の影だ。
「はあああああッッッ!!」
自らの傷付いた体を鼓舞するかのように咆哮を上げながら、リートとは反対側から、アンクがモンスターの関節の口へ跳躍し、大槍を薙いだ。これが八本目。
そしてその跳躍は更に、八本目の脚を蹴って高くなっていく。そしてアンクはアルケネドの胴体――全ての脚を破壊されて力なく高度を下げたアルケネドの胴体に槍を向けた。
アルケネドの胴体にある眼球も、敵の意図にようやく気付き魔法を撃とうとする。
「もう遅い――ッッ!!」
アンクは魔法が撃たれようとしていることも厭わず、大槍を胴体めがけて、渾身の力で一薙ぎする。その斬撃は胴体を真っ二つに切り裂き、一瞬の命乞いすらも許さなかった。
そしてアンクが地面に着地すると同時に、脚がばらばらと倒れていき、錆ついていきながら空気と一体になっていく。それは勝利の紙吹雪のようにも見えた。
そんな景色を見てアンクは、膝から崩れ落ちて倒れてしまう。リートは彼女の名前を叫び、彼女の体を支えた。
「アンクさん、やっぱり無理をしてたじゃないですか」
肩を貸しながら、リートは心配そうにそう呟く。しかし彼女が体力の尽きただけだと知っていたからこそ、その表情には少しだけ喜びと呆れが混ざっていた。
「……まあ、いわゆる騎士の矜持なわけだ。騎士たるもの、カッコを付けなければいけないからな」
「そういうことにしておきます。……魔災の崩壊が迫ってきていますから、早く脱出しますよ」
リートはアンクに肩を貸しながら、揺れるジュスカヴ村の出口へと進んでいく。
アンクがこちらに体を預けてくれているのが分かって、リートは少しだけ嬉しくなった。




