第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(11)
ジュスカヴ村を突き進むアルケネドは、村の建造物をどんどんと破壊していく。
リートとアンクの二人は武器を構えながら、ほぼ足元にまで迫っているアルケネドをじっくりと観察する。
八本脚は蜘蛛のように繋がっているものの、真ん中にある胴体部分は小さく、そこまで強固なように見えない。しかし発達した脚は月明かりを反射して黒光りするほど固く、細長い脚で建物を容易に潰していることからも、物理攻撃がそこまで通用する可能性は低かった。
また一本一本の脚の関節部分には、それぞれ口が付いている。脚についた口は白い歯を見せながら、ある口は叫び声を上げて、またある口はそこから炎を吐き出したり、氷結の光線を放っていた。
中々グロテスクな姿の神様だな、とリートは内心思っていた。別に神様なのだからどんな姿をしていても良いが、女神シゼリアードが人間の女性らしい姿をしているから、どうにもギャップを感じてしまう。
だがこの村で起きている魔力暴走により、凶暴化していることには違いなかった。付与している能力もあるだろう。
「……ひとまずアンクさんは、足止めをお願いしても良いですか?」
そう提案するリートに対して、アンクはちらりと彼の方を見つめた。
リートが見つめている先は、胴体部分。そこがおそらく弱点であると信じて疑わない目だ。奇しくもアンクも同じ意見だった。
「わかった。お前はどうする?」
「僕はアンクさんが作ってくれた隙を見て、胴体に魔法を放ちます」
アンクは彼の提案に対して、全く異論がなかった。
アルケネドの体自体は決して大きくない。しかしそれは同時に、体を高い位置まで持ち上げる事が可能ということだ。騎士団で体術を心得ているアンクでさえ、全力で跳躍しても届かない位置である。
ならばあの高い部分に攻撃を当てるには、魔法が有効だ。残念ながらアンクは魔法の才能には恵まれなかったが、隣の賢者は違う。彼は無詠唱で魔法を放つことが出来る。アンクが少しでも隙を作ることが出来れば、彼は瞬時に魔法を放ってくれるだろう。
試す価値がある。そう感じたアンクは、重量のある大槍をアルケネドの足元に構えた。
「任せろ。王国騎士団の名において、必ず隙を作ってやるよ」
「……よろしくお願いします!」
リートが少し明るい表情だったのをちらりと見て、アンクは走り出した。
突如近付いている存在に、目の前のアルケネドはもちろん気付いているのだろう。前に出していた二本の脚に付いている口が大きく開かれ、炎と風の魔法のようなものが吐かれた。
アンクはまず素早く近付いてこちらを切り裂こうとしてくる風魔法に対して、最低限の動きで僅かな隙間を作り、回避する。そして次にやってきた炎魔法に対しては、風魔法の回避で作ることが出来た時間を用いて、大槍を大きく薙ぎ払う。炎はたちまち切り裂かれ、アンクはスピードを落とすことなく切り裂かれた炎の隙間を縫って近付く。
そしてアルケネドの足元が自らの攻撃の射程圏内に入り、さらにもう一撃、大槍で薙ぎ払った。その薙ぎ払いの勢いは、硬そうな脚をちぎってしまいそうなほど強く、大振りだ。
「――くっ!」
しかし辺りに響いたのは、まるで金属と金属がぶつかり合うような、鈍い音だった。槍の刃先はぎりぎりとアルケネドの脚と擦れるが、しかし脚は何も綻びることはなく、アンクが持っていた武器の方が欠けてしまいそうだ。
一つ舌打ちを入れて、アンクは大槍をアルケネドから離す。流石に切り落とすことは不可能でも、何かしら相手に隙を作ることが出来るのではないかと考えていた。しかしアンクの全力の攻撃でも通用しないとなると、脚への直接攻撃は全く意味が無さそうだ。もちろん魔法障壁の感触もなく、単純に硬い。こういうパターンが一番厄介だった。
だがもう一つ、アンクには秘策がある。脚本体への攻撃は最悪防がれても良い。だがアンクの攻撃が届く範囲にもう一つ、切り裂いておきたいものがあった。
アルケネドはアンクから攻撃を与えられた脚を高く上げ、一気に振り下ろす。その攻撃力は石造りの建造物を木っ端微塵にしてしまうほどの攻撃力があり、アンクはまともに受けるわけにも行かず、後ろに下がって回避する。
しかし、騎士団に所属しモンスターの観察を続けてきたアンクには、目の前のアルケネドの歩き方のクセが分かっていた。
アンクは回避した体をもう一度、振り下ろされた脚の方へと重心ごと向ける。そしてそのままその脚の近くで跳躍。硬い脚にアンクは足をつけて、まるで壁走りをするようにもう一歩踏み出した。
そしてアンクの目の前に現れたのは、先程自分に対して炎を撃ってきた、関節部分にある口だ。
アンクを迎撃しようと口を開き、炎を撃とうとするアルケネド。しかしアンクは戦闘中ずっと咥えていた煙草を指で掴み、そしてそのまま手首のスナップを活かして煙草を口へ放り投げた。
アンクは少しだけ口角を上げて、空中で回転するように槍を振りかぶる。
「モンスターの口にも、人間の嗜好品が合うと良いなッ――!」
そのまま槍を唇と同じ方向に薙ぎ払い、関節部分を切り裂いた。
そしてアンクが切り裂いたと同時に、アルケネドがためていた炎が口の中で爆発。悠々と着地したアンクは、黒い煙を吐いて反撃の様子を見せないアルケネドを一瞥し、口を大きく開く。
「――今だッ!」
その声は後方で既に魔法の準備を行っていた少年、リートの耳を震わせる。
言われなくてもタイミングを見切っていたリートの突き出した手のひらには、放電によりバチバチと眩しい光が集まっていた。
「はあああ――――ッ!!」
口を大きく開き、賢者は吠える。
リートの手のひらからは、電磁加速砲のような一本の稲妻の筋が、アルケネドの小さな胴体に向かう。
少し動けば回避されるだろうが、それよりもアルケネドは脚の故障によりバランスを失っている。避けることが出来るはずが無かった。
威力も十分。多少魔災によって凶暴化しているとはいえ、一撃で仕留めるだけの攻撃力を持っているはずだ。
「――な」
しかしリートが繰り出した全身全霊の魔法は、胴体を前に弾かれてしまい、近くにあった木造家屋へと電磁砲が当たって、火を作り出した。
リートはすぐに理解する。このアルケネドというモンスターは、脚は物理攻撃を一切受け付けず、高い所にある胴体は魔法攻撃を跳ね返してしまうのだ。
かつてトレイスに教えてもらった、魔災により凶暴化したモンスターの特徴を思い出す。これは魔力反射だ。解除方法は基本的になく、物理攻撃でなんとかするしかない。
「……チッ、そう簡単にはいかないか。せめて遠距離攻撃出来る奴が近くにいればな」
一度リートの方へと戻ってきたアンクが、少し悔しそうな表情を浮かべながらそう呟く。
遠距離攻撃といえば真っ先にベールの弓矢が思いついた。今彼女には、村人の救助を頼んでいる。探し出してこちらに協力を要請すれば、物理攻撃を与えることは可能だろう。
だがもちろん、居場所の分からないベールを探すのに、どれだけ時間がかかるかは分からない。また村人の避難の手が少なくなる分、リザードたちに襲撃されて殺されてしまう可能性も高くなる。
「……リート、私がさっき斬った脚の関節を見てみろ」
そして追い打ちのように、リートはアルケネドの姿に驚愕する。アンクによって傷つけられた脚の一本が、みるみるうちに回復しているのだ。
それはリートもかつて見たことがある。あれは魔女の森の時、キャロシーとともに戦ったあのモンスター――ヘルギガスが持っていた能力。
「……あれは、再生能力」
リートは声に少しの絶望を孕ませながら、そう呟く。
アルケネドは致命傷に至らない限り、些細な傷であれば回復してしまう――再生能力の特性を持っていた。




