第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(7)
リートとアンクは、お互いに訓練用の武器を構えながら対峙する。
まだ角度の浅い朝日が、二人の影を伸ばしていた。その影の先に、二人を心配そうに見つめる三人がいる。ベールはリートの方を心配そうにじっと見つめて、キャロシーは腕を組んで二人の成り行きを大人のように見守っていた。
それに対して先程まで体術の指南をキャロシーから受けていたイクリは、アンクの事をじっと見つめている。彼女の佇まいはまさしく騎士そのもので、体幹がブレることもなく、まるで堂々と佇む山のようだ。
アンクが鋭い視線を向けている先には、賢者リートが訓練用の刃のない剣を構えている。片手で扱える剣ではあるが、一旦は両手で構えて備えていた。アンクの槍は彼女の身長ほどリーチが長く、生み出す遠心力は計り知れない。攻撃でも防御でも、受け止めるには相当の握力が必要そうだった。
ぐっと剣を握る指に力を込めるリート。彼の様子にアンクは、安直な警戒だと感じた。グレンの弟子だとしても、所詮剣術に関しては年齢相応のものしか持っていないはず。
だが油断はできない。彼はあの厄災の魔女と戦い、互角に渡り合ったという。特に無尽蔵の魔力から繰り出される魔法剣に関しては、遠距離と近距離ともに攻撃を警戒しなければいけなかった。
であれば、まずは自分の距離まで持っていき、相手の行動を封じるべきだろう。そう心の中で決断したアンクは、槍を持つ両の手に力を込め、足首を軸にぐっと前傾姿勢になり、リートの方へと突撃した。
「はああああッッッッ!!」
雄叫びを上げながら猛獣のように接近するアンクに対して、リートは防御を構える。防御といっても、彼女の攻撃を直に食らえば、消耗は激しい。
であれば、まずは自分の特性を活かした行動を行うべきだ。
「ふっ!」
アンクが自らの領域に入り、大槍を切り上げる形で攻撃を仕掛ける。
しかしその攻撃はリートの頬を掠めるように回避された。無駄のない回避を行う彼に対してアンクは、ほう、と感心する。やはり戦闘能力は油断ならない。
リートは大振りのアンクの攻撃に対して、反撃を仕掛ける。最低限の動きで攻撃を回避したこともあり、次の行動に移るタイミラグはほとんどなかった。
リートが引いた右半身に持った訓練用の剣を、足腰を軸に突き出す形で攻撃を仕掛けようとする。
だがその攻撃は、中断することになった。それはアンクが次の攻撃を狙っていたからだ。
アンクは振り上げた大槍を棒術のように回転させながら持ち替えて、リートの回避先に振り下ろそうとしていた。
それにいち早く気付いたリートは、バランスを無理矢理前に持っていき、アンクの槍に対し背を向ける形で回避する。
だがアンクの攻撃はそれだけで終わらない。背後を取ったリートの背中から切り裂く軌道を描くように、大槍を水平に薙ぎ払う。
リートも次の攻撃が来るのを予測できていたため、彼女の重心の動きを横目で伺いながら、その前傾姿勢から更に重心を前に、ドッジロールの要領で体勢を低くし回転する。彼の上に大槍の軌跡が描かれた。
「終わりだと思うな――ッ!」
しかしアンクの攻撃は止まらない。姑息に回避するリートのバランスが崩れていることを承知していたアンクは、槍を地面に突き立て軸とし、薙ぎ払った回転を活かして起き上がる瞬間のリートへ回し蹴りを食らわした。
その俊敏な攻撃にリートは回避も防御の姿勢も取れず、蹴りが直撃してしまう。胸に直撃し、その威力に体が宙に浮く。体の中の空気が吐き出され、苦しい顔を浮かべながら、リートはアンクの表情に目を向ける。彼女は未だ敵であるリートを力強く見つめており、可能ならばまだ攻撃を仕掛けるつもりだった。
リートは彼女から視線を逸らさないようにする。ここで自らの受けたダメージの苦しみに目を向けてしまえば、相手は更に追撃を加えてくる。それこそ今度は致命傷となるだろう、大槍の追撃を。
リートがアンクを睨み牽制した甲斐もあり、アンクはこれ以上追撃を仕掛けようとしてこなかった。リートは彼女から視線を外さず地面に着地し、吐き出された息を整える。
「どうした? お得意の魔法を使っても良いんだぞ」
アンクは地面に突き刺した槍を引き抜き、構え直しながらリートへ挑発的な声色でそう告げる。表情は相変わらず冷静沈着で、口角を一切上げず、こちらを睨んでいた。
「イクリくんに剣術を見せるんですよね。だったら魔法じゃなくて、剣の腕を見せないと」
リートは息を切らしながら余裕のない状態でも、口角を上げてそう吐き出す。それが強がりであることはどうせアンクにも伝わっていただろうが、それでも気持ちで負けていてはどうしようもないと感じていた。
「……それで私に勝つつもりか、舐められたもんだ」
怒りか呆れか、声色に感情は乗っていても、アンクはあくまで騎士として敵に立ち向かう表情を崩さない。
(……これが騎士の実力なのか。師匠の戦いぶりで分かってはいたけど、やっぱり強い)
リートは改めてアンクの戦い方が洗練されている事を実感する。
女性でありながら騎士団に所属するためには、相当の実力が必要だろう。己が師匠グレンも認めている強さであれば、間違いなく本物だ。だとすれば、未だ師匠に敵わないと感じている自分の剣術では、到底太刀打ちできないだろう。
確かに彼女の言う通り、魔法を使い始めれば自分にも勝機を見出すことが出来る。自分は無尽蔵の魔力から詠唱なしの魔法を使う事ができ、それは唯一無二の武器だ。
しかしそれを使ってしまえば、自分は負けだと思っていた。アンクとの勝負には勝つことが出来るかもしれない。しかしアンクに対して信頼を持ってもらうためには、ここで魔法を使ってはいけないのだ。
(――なぜなら、アンクさんは持つ者を嫌うから)
彼女と関わる中で、或いはグレンから聞いた話の中で、彼女が持たざる者であること、そして持つ者を嫌うことは分かっていた。
アンクは家族を失った中で、明らかに逆境になるはずの騎士団へ、自らの力で入ったのだ。それは彼女が死に物狂いで掴んだものである。
だからこそ、女神の加護を持った自分の事は相当嫌いなはずだった。
(僕が女神の加護を使って勝利したとしても意味がない。僕がこの世界で、自らの手で掴んだものでなければ!)
それはグレンから教えてもらった剣術――もしかしたらそれすらも恵まれたものだとアンクは思うかも知れないが、それでも自らの努力で掴み取ったものだ。
異世界転生したチート主人公ではなく、あくまで一つの物語の主人公として、彼女には相対す必要があった。
息を整える時間で思考を整理するリートに対して、アンクは警戒を少し解く。もう彼に勝てる見込みがないと踏んでいたからだ。
「……もうやめよう。このまま続けても結果は――」
「――なに言ってるんですか」
リートの口角が、ぐっと上がった。
いつもよりも息の切れた、腹の底から絞り出すような低い声が広場に響く。その様子を見ていたベールは、思わず彼の名前をぽつりと呟いた。
リートは身体的な苦しさを、食いしばることで我慢する。口角を上げた口の端から、歯の凹凸が見え隠れしていた。
「まだこっちの攻撃が何一つ終わってませんよ」
「……そうか。だったら来い」
アンクの表情にまた鋭さが戻る。槍を構えるが、今度は防御の姿勢だ。
「はあああァァァァ――ッ!!」
アンクと動揺に咆哮しながら、リートが駆け出した。
その突撃を撃ち落とそうと、アンクは大槍を振り上げ、そして勢いよく振り下ろす。その攻撃を先程同様、リートはギリギリを狙うように最低限の動きで避ける。
しかしアンクはこの攻撃が直撃すると思っていない。あくまで相手の勢いを殺して、次の攻撃に繋げるためだ。両手槍が地面を叩くと同時にバックステップし、次の攻撃を仕掛ける。
そしてアンクが次に繰り出したのは、槍によるアッパーのような斬撃だ。それはもちろんリートの回避した方向を狙っている。そしてそれを回避して、また次の攻撃に繋げることがアンクの意図だった。
「なっ――!?」
だがアンクの口から溢れたのは、驚嘆だった。
彼は避けるのではなく、無謀にも剣でそれを受け止めようとしたのだ。普通に考えれば、こちらの攻撃力の方が高い以上、直に受け止める事は悪手中の悪手である。剣を習い始めた子供でも直感的にわかることだ。
だがリートは、直接槍の斬撃を剣で受け止めようとしていた。もちろんその眼は、自暴自棄になっている様子が見えない。”あえて”その行動を選択したことを、アンクは理解した。
遠心力の暴力がリートの剣を襲い、それはリートの指を脱して空中へ飛んでいってしまう。
だが彼の瞳は未だ、まっすぐだった。
(――だったら見せてみろ、お前がどのように抗うのかを!)
アンクの燃えた瞳が、リートの次の行動を察知する。彼は受け止めた衝撃をバク転の要領でいなし、勢いを殺した上で重心を前に、また突撃した。
リートは拳をこちらに向けてきている。肉弾戦をしようというのだろうか、アンクはそう推測し、明らかにこちらが有利なリーチ差を活かして、両手槍を横に薙ぎ払う。
だが彼の勢いは止まらなかった。槍による薙ぎ払いに、”出来るだけ近づこう”としている。そしてその槍の根本部分に出来るだけ近付き、攻撃の方へ手のひらをかざす。
「――――ッ!!」
彼はその手のひらと腕で、なんと槍の勢いを止めようとしていた。下手をすれば手の骨が折れてしまうような行動に、流石のアンクも驚愕の表情を浮かべる。
だがもちろん、どれだけ予想していない行動を起こしたとしても、こちらの方が力は強い。吹き飛ばしてしまおうと、アンクは槍に力を込める。
「――な!?」
だがその瞬間、リートの口元が僅かに笑った気がした。
しかし込めた力は既に槍へ伝わっている。アンクは彼の不気味な表情を厭わず、そのまま薙ぎ払おうとした。
リートはそこで、槍から力を抜いて、一瞬のタイミングを見計らって槍の持ち手に足をかける。そしてそのまま跳躍し、アンクの薙ぎ払いを躱す。
力の行き場所を見失い、アンクの体のバランスが崩れた。大槍が空を切り砂煙を上げる中、彼女は跳躍したリートに目を向ける。
彼は”剣”を掴んでいた。それは先程アンクが切り上げて飛ばした訓練用の剣だ。彼はこれを計算に入れて、剣で無謀にも大槍の攻撃を受け止め、そしてこちらへと突撃したのだ。
「はあああァァァァ――ッ!!」
リートはここぞとばかりに剣を握る力を強くして、アンクの方へ振りかざす。薙ぎ払いによって土煙が舞う中、彼はアンクへ剣を勢いよく振りかざした。
「リート!」
その戦いの一部始終を見ていたベールが、声を上げる。アンクの動揺の表情から、明らかにリートが彼女を上回ったと感じたのだ。
そして砂煙が晴れて、二人の姿が見物していた三人に現れる。そこには――
「――勝負、あり、だな」
アンクの両手槍が、地面に腰をついたリートの喉元を狙っていた。
「……えへへ、流石ですねアンクさんは」
リートは全てやりきった表情で、額に流れる汗も厭わず、アンクに微笑みかけていた。
そんな彼の眩しい笑顔に、アンクは一つ舌打ちをする。その音は広場で見物していた三人にも聞こえるほど、大きなものだった。




