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第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(5)


「……しかしこの村は本当に閉鎖的か疑いたくなるほど、建築のレベルが高いですね」


 リートの隣を歩くキャロシーがそう呟く。

 ジュスカヴ村に来てから一つ、夜が過ぎた。翌日の朝から村の調査に出発したリートたちは、村人からの冷たい視線を受けながら、ひとまずこの村の全体像を把握するため散策している。

 キャロシーの言うように、閉鎖的な辺境の村にしては、建築がしっかりとしているようリートは感じていた。昨日泊まった宿屋の木造建築はもちろん、石造りの建物は何かのオブジェを象っており、やけに意匠が凝らされている。昨日は流石に村へ入ったのが遅い時間だったこともあり、中々村の全体を見渡すことは出来なかった。しかし改めて見てみると、集落というよりは、本当に一つの村として自立しているように思えるほど立派だ。”村”と呼ぶのがなんだか失礼に思えてくる。

 リートは昨日馬車の中で聞いたグレンの説明を思い出していた。ジュスカヴ村は村の近くにある鉱山資源が有名で、その採掘にも力を入れている。閉鎖的でなければ、職を求めて人たちがもっと集まるだろう。

 ジュスカヴ村は一応、王都と協力関係にある。宗教的な部分に関しては不干渉を貫いてはいるが、流石にジュスカヴ村だけで自給自足の生活を送るのには困難が伴う。王都と商売を行っている事から、食料も潤沢で村人たちも苦労していない。こんな風習さえなければ、住みたい村として大人気になるだろう。

 改めて王都とは違う景色に感銘を受けつつ、リートはベールに目をやる。キャロシーは目を輝かせていたが、対してベールは不満げな表情だ。

 その理由をリートは知っていたため、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「……ねえリート、どうしてあの人が私たちに着いてきてるの?」


 ベールは目線の先にいる人物に聞こえないよう、小声でリートに話しかける。

 彼女の視線の先には、紺色の短い髪をして、耳に装飾を沢山つけている女性――アンクが歩いていた。

 背中には彼女の身長ほどある槍を背負っており、腕組みをしながら周囲を警戒している。その雰囲気はちゃんと騎士らしかった。


「グレン師匠が、いざって時頼りになるからってさ」


 リートがベールを窘めようと、そう声をかける。対してベールは頬を膨らませて、明らかに不機嫌そうだった。


「他にも騎士がいたのに、なんでわざわざあの人なの……」


 文句を垂れ流すベールに対して、リートは苦笑いを浮かべる以上の事はできなかった。

 昨夜の一件以来、ベールのアンクに対する評価は下の下だ。大切な幼馴染であるリートの事を悪く言うアンクに対して、怒り心頭だった。

 だがリートは、アンクが自分の事を嫌っている理由もわかる。彼女はセネシス教の信者で、かつリートと違って色々なものを失っている人生を送ってきた。自分のことを嫌いになるな、なんて言えるはずもない。

 だからこそリートは悩んでいた。自らが預言者になるという目標を掲げている以上は、彼女のようなセネシス教の信者に慕われなければいけないということだ。よく分からない若造が女神の言葉を騙っている、なんて思われてはいけない。ここでアンクと少しでも和解できる事が、リートが預言者としての器を持っていることの証明になる。

 しかし、言うは易しというやつだ。結局あれからどうすれば良いかを考えてみたが、何一つとして思いつかなかった。結局、実行する方法がないまま、このように気まずい空間が流れている。キャロシーの可愛らしくこの村に感動している様子が、せめてもの救いだった。

 ただ、これは逆にチャンスだとも考えている。あちらから接触がなければ何もできないが、偶然にもグレンがリートとアンクを同行させてくれていた。どこかできっかけづくりが出来るかもしれない。

 具体的な方法はまだ見つかっていないが、どこかでヒントを得られるかもしれない……そう考えながらリートは、この村を観察して知るために、前を向いた。


「――おっと」


 その瞬間、建物の隙間から出てきた人物とぶつかってしまう。

 相手が尻もちをついて、その正体をリートは認識する。リートの身長と比べるとやや低い――ちょうどキャロシーと同じくらいの身長をした少年だ。ボロボロの服は着ているが、顔は可愛らしさを残しつつも整っており、将来美形になることが容易に想像できる。グレーの髪はふわふわとしており、まだ幼さを残した丸い顔立ちと合っていて、庇護欲を掻き立てられるようだ。


「……いたた」


 少年が痛そうにお尻の部分を服の上からさすっている。その少し黄色がかった瞳は、リートが前世の幼い頃にずっと見ていたビー玉のように綺麗だ。


「ごめんね、大丈夫?」


 リートはすぐに手を差し伸ばして、少年が起き上がるのを手助けする。

 相手は子供で、リートの心にはまず申し訳なさが溢れ出てきた。元はといえばこちらも考え事をしていて、人が飛び出してくることに注意を向けられていなかったのだ。全面的にこちらが悪いだろう。

 少年は服についた砂を小さな手のひらでぱっぱと払い、リートに対してお辞儀をした。


「ありがとうございます。こちらこそ不注意でごめんなさい……」


 瞳を涙で濡れそぼらせて、泣きそうな顔をしている少年。

 そんな表情を見るとリートは一層、申し訳無さを感じてしまい、手を振ってしまう。


「ぜんぜん! キミが謝ることじゃないよ、僕が不注意だっただけで」


「でも、僕もちゃんと気をつけていれば……」


 気の弱い同士の謝り合戦が続き、少年は泣きそうな表情を変えてくれない。

 リートはこのままこちらが悪いと言っても埒が明かないだろうと考え、少年に視線の高さを合わせて、人差し指を立てた。


「……だったらこうしようか。次からお互い、こういうことが起こらないように気をつけよう。今日のこの事は、僕たちが今後生きていくうえで勉強になった、と考えようか」


 リートは柔らかな微笑みを浮かべて、少年を安心させようとする。

 少年もその笑顔につられて、泣きそうな表情から少しずつ変わっていき、唇をぎゅっとして真面目そうな表情に変わっていった。


「……わかりました! おにいさん、ありがとうございました!」


 少年はぺこりとお辞儀をして、その場から立ち去ろうと、回れ右をする。

 その様子に微笑ましさを覚えながら、リートは少年を見送ろうとした。


「――ちょっと待て、お前」


 しかし、その少年を止める女の声があった。リートはその声の方を振り向く。

 低く脅すような声色で彼を止めた声は、アンクのものだった。彼女は睨むような視線で少年を睨む。


「――チッ!」


 少年は先程までの可愛らしい表情から一転、舌打ちをしていたずらがバレた子供の表情――いや、それよりももっと迫ったような表情を浮かべて、走り出した。

 一体何が起こっているのか分からず、リートたちは途方にくれる。その状況を分かっているアンクだけが動き出した。

 彼女は背中に背負っていた槍に手をかけて、それを少年の進行方向に高く投げる。投擲して攻撃するための手槍ではなく、両手で持つ大きさの重量がある槍だ。

 そしてその槍は放物線を描いて、少年の進む先ちょうどに突き刺さった。


「ひっ――!」


 小さく悲鳴を上げながら、少年はまたしても尻もちをつく。

 だが後ろを振り返り、明らかにこちらへ敵意を向けているアンクを見て、歯を食いしばりすぐに立ち上がる。そしてアンクが投げた槍を持って、焦りながら引き抜こうとした。


「無駄だ、お前が持てる重さじゃない」


 ゆっくりと近付くアンクの威圧感に、少年は腰が砕けてしまい、槍にもたれるような形でその場にへたりこんでしまった。

 やがてアンクはしゃがんで、少年と目を合わせながら、片手で顎からその両頬を掴む。

 殺されると思った少年は、恐怖心で動くことが出来ず、ただその場で震えているのみだった。


「……お前、金を盗んだな」


 アンクは少年の懐にもう片方の手を突っ込み、その中に入っていた小さな入れ物を取り出した。

 リートはそれが自分のものであることにすぐ気が付く。昔ベールにプレゼントされたものを、財布としてそのまま使っている小物入れだ。

 ようやくリートにも何が起きているかを理解することが出来た。あの少年は自分と故意にぶつかり、自分が持っていた小物入れを盗んだのだ。目の前の少年は、いわゆるこそ泥だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 少年は濡れて光を反射する綺麗な瞳を、怯えで震わせながら、鋭い眼光を放つアンクへと懇願する。

 彼の頬に一滴の涙が伝い、彼の頬を掴んでいたアンクの指先を濡らす。アンクは一つ大きなため息を吐いて、口を開いた。


「……何か人からものを盗む時は、盗む相手だけを見るな。お前は視野が狭すぎる」


 アンクの言葉に、少年は驚きを覚えてまばたきをする。その綺麗なまつ毛が、濡れた瞳にたまった涙を弾いた。

 もちろん彼女の言葉に対して驚愕していたのは、リートもだ。

 アンクは盗んだことを責めず、むしろ泥棒のアドバイスをしていた。まるで自分が持っている知識を与える師匠のように、彼女は少年へ指摘をしていたのだ。

 目をぱちぱちとさせている少年に対し、アンクは真っ直ぐ彼の瞳と視線を合わせる。


「慣れていないだろう。どうしてこんなことを」


 アンクの言葉に対して一瞬目を逸らす少年。だが掴まれた頬をぎゅっと押されて、再びアンクと視線をあわせた。

 何でもお見通しであることに諦めがついたのか、少し俯き加減で少年は話し始めようとする。アンクはそんな彼の様子を察して、頬から手を離した。


「……両親が先日亡くなって、それで」


「ふうん」


 アンクはまるで試しているかのような表情で、少年を見つめる。

 少年はアンクの藍色の瞳から目線を逸らす事ができず、既に逃げられる状態にあるはずなのに、そうしなかった。


「……お前、何を心の支えにしてる?」


「心の支え? そんなもの、何もありません……」


「この村の神様もか?」


「神様は、僕を助けてくれませんでした」


「なるほどな」


 アンクは何かに納得したように、少年から目を逸らし、自らの懐から小袋を取り出す。

 その中に入っていたのは、お金だった。彼女はその中から銀貨を数枚取り出して、少年の小さな手のひらに乗せる。


「……盗みの技術を磨くまでは食い繋げるはずだ。さっさと行け」


 何がなんだか分からずに困っている少年。しかし目の前の女性が首を振って立ち去るようジェスチャーをすると、それにつられて挨拶もせずにその場を立ち去っていった。

 当のアンクは懐からもう一つ、煙草と魔石くずを取り出して、火を点けて口に咥える。少年の姿は見えなくなるまで、アンクは彼の姿をじっと見つめていた。


(アンクさん、一体何者なんだ……?)


 そしてその一部始終を見ていたリートは、昨夜屋上で会った時と同じ、哀愁を漂わせている彼女の横顔を不思議そうに見つめていた。


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