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第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(4)


 ジュスカヴ村に到着した一行は、村の門に馬車を置いて、荷物を案内された宿屋へと運んでいた。

 ジュスカヴ村は排他的な村で、王国内に位置してはいるものの、王国自体にはあまり良い印象を抱いていない。だから村に入る時もすんなり入れたのではなく、グレンが王国からやってきた調査団の代表者として説得し、かなりの時間を経てようやく村に入ることが出来たのだ。

 もう既に夕陽が遠景の稜線に隠れようとしている頃合いである。宿につけば後は休んで、明日から調査をするということになっていた。

 しかし宿までの道のりですれ違う人々の視線は、案の定そこまで良いものではない。物珍しく伺っているなら良い方で、基本的には侵略でもされるのではないかという怯えを帯びたものや、完全に敵対心を燃やしている村民も多かった。


「……はあ」


「リート、大丈夫?」


 リートのため息に対して、隣を歩いていたベールが心配そうに呟く。頭を傾げ、ボブカットの茶髪がさらさらと揺れていた。

 彼女にも女神の天啓の事を話している。彼女であればきっと自分のことを信じて協力してくれるだろう、なんて打算的な考え方をリートはあまりしたくなかったが。

 一応、新しい預言者になるだとか、魔女ヴィルフィと話したいとかはまだ言う必要はないだろうと、避けておいた。もちろん彼女は魔女の森から返ってきた後、魔法学校の研究室でリートの気持ちには同意してくれている。いつかは話すべきだろうと考えていた。

 心配そうに栗色の瞳で見つめるベールに対し、リートは苦笑いを浮かべながら小声で反応する。


「予想はしてたけど、僕たちあまり歓迎されていないなって感じて」


 そうだねと言いたげな表情で、ベールはうんうんと頷く。

 一応、自分はジュスカヴ村を救出しに来た。もちろん預言者として名を馳せて、教団や王国を動かそうという目論見はある。しかしどちらかといえば、女神が伝えた次の魔災の被害に合う可能性の高いこの村を助け出したいという気持ちの方が強かった。

 しかし今の自分が「この村は魔災に巻き込まれる可能性が高いと女神様から聞いたので、避難してください」なんて伝えたところで、信じられないだろう。無視されれば良い方、下手すれば殺される。

 リートはこの村へ来る道中、グレンからこの村がどうして王国に良い印象を抱いていないのかを聞いていた。

 この村には土着の神様がいて、セネシス教が崇拝している女神シゼリアードの存在を認めていないという。だからセネシス教を国教としているスコラロス王国の方針には従わず、別の道を歩んでいる。

 王国としてはあまり侵略という対応を取りたくはないらしい。もちろん辺境にある村である以上、人的・金銭面でのコストがどうしてもかかってしまうし、放って置いても何ら問題がないからだ。

 それにこの付近の鉱山資源の豊かさは、スコラロス王国の中でも随一を誇るものである。その鉱山資源を提供するという形で、お互い不干渉を貫いているのだ。

 しかし彼らの内情は知っておく必要がある。今現在、王都はモンスターに襲撃され弱っている状態だ。もしその事が知られれば、反乱のきっかけとなりかねない。

 目の上のたんこぶ状態であるジュスカヴ村に困り果てていたところに、賢者と呼ばれている少年がやってきた。丁度いい所に来てくれた存在に、王国は騎士団の派遣を了承してくれたのだ。

 ……と、そんなジュスカヴ村の現状を知って女神の名前を気安く叫べるほど、リートは馬鹿ではなかった。


「まあ数日は滞在の許可を貰っているんだし、そのへんはおいおい考えれば良いんじゃない?」


「まあ、そうだね……」


 ベールの励ましは嬉しかったが、リートの内心からは未だ不安が拭いきれていなかった。

 魔災による崩壊が起こり得る地域なのだ、下手をすれば明日魔災による崩壊が起こるかもしれない。そう悠長にしている時間はないのだ。

 リートは今日何度目か数えるほども億劫なほど、またため息を吐いた。


* * *


 リートたちが宿泊することになった宿は、決して豪勢な作りでは無かったが、二階建ての立派な木造建築だ。

 リートに限った話ではなかったが、どうしても辺境の地にある宿屋ということで、宿に期待している同行者はいなかった。ジュスカヴ村の文明レベルがどこまで上がっているか微妙で、しかも元々そこまで外からの人物を招くような村ではない。あまり期待してはいけないと腹をくくっていたのだ。

 しかし実際に目の当たりにしたのは、下手すれば王都近くにあるトリンフォア村にも匹敵するような宿だった。部屋の数は少し限られていたため、入り切らなかった騎士たちは交代で利用している。

 リートとベールはグレンのはからいで、二階の部屋をそのまま使って良い事になっていた。流石に女子部屋と男子部屋は分けることにはなったが、ベールやキャロシーは実家のように眠ることが出来る環境だ。

 夜も更けてきた頃、少し手持ち無沙汰になったベールは、リートに対して屋上で風を浴びに行こうと誘った。リートも別に断る理由もなく、また自らの抱く不安に対して眠れるかどうか不安だったため、安眠を求めて同行することにする。

 屋上への小さな階段を上り、二人の視界に満天の星空が広がった。王都では上空に張られた魔法により、少し星の輝きが薄く見える。辺境ということもあり空気が澄んでいて美味しく、それに伴って星空の輝きがとても綺麗に見えていた。

 そして二人が屋上に上がった瞬間、もう一人来訪者がいたことにリートは気付く。


「……アンクさん」


 落下防止のための柵にもたれかかりながら、女騎士のアンクは星空を眺めていた。その右手には煙草が挟まれており、満天の星空へ天の川を創り出していた。

 リートから声をかけられたアンクは、口から煙を少しこぼしながら、二人の方へと視線を向ける。その瞳にはどこか、寂しさのようなものを孕んでいるようにリートは感じた。


「休憩中だ」


「別に責めたりしませんよ。今は他の騎士の方も頑張ってくれていますし」


 リートがまるでアンクに何か文句をつけに来たのかと思われかねない反応に、リートは急いで取り繕う。

 傍のベールは完全に嫌そうな顔を浮かべていたが、リートは容易に想像がついていたので、出来るだけベールの方に顔を向けないようにしていた。

 それよりもアンクと仲良くなりたいと、リートは感じている。自分は確かに彼女からしてみればホラ吹きのような存在だが、それでも今は同じ仲間だ。自分がホラ吹きであるという認識は変えたいと思っているし、グレンという繋がりのある者同士として仲良くしたかった。

 リートは煙草を咥えて空を見つめているアンクに対して、一歩踏み出して言葉を続ける。


「この村の事はどう思いますか?」


「まだ来たばかりだ、分かるはずがないだろ」


「ほら、資料と実際の印象が違うとか。この宿屋だって僕が思っていたよりも立派です」


「賢者さまは観光にでも来たのか?」


「いや、そういうわけじゃないですけど……」


 そうしてまた屋上は静寂に包まれてしまう。ベールの苛々が音となって聞こえてしまいそうだった。

 完全に拒絶されているなと、リートは感じる。こうなった以上、別にコミュニケーションに長けている訳でもないリートには、もうどうすることもできなかった。

 預言者として信頼されようという第一歩なのに、その第一歩が全く踏み出せない。

 今まで自分は色々な人に関わってきたが、みな自分に対しては好意的な印象を持っている人たちばかりだった。幼馴染のベールは言わずもがな、先輩として自分の才能に期待してくれているトレイス、トリンフォアで助けたキャロシー、父親が同じ騎士団で目をかけてくれたグレン……自分の仲間と呼べる人たちは、最初から自分にある程度優しく接してくれていたのだ。

 だが目の前のアンクは、もちろん親しい仲間というよりは共に任務を遂行するための同行者なのだが、完全に拒否反応を抱かれている。自分が今までどれだけ人に恵まれていたかが、よく分かった。

 だが、ここで諦める訳にはいかない。自分はこのライアッドという世界を救うために、預言者とならなければならなかった。こんなところで躓いている場合ではないのだ。


「あの、アンクさんは――」


「――お前、何か勘違いしてないか?」


 アンクの深い紺色の瞳が、こちらを鋭く見つめた。

 ポケットから取り出した小袋で、煙草の煙を消してゴミを捨てる。一つ大きくため息を吐くと、彼女の口の中に残った煙草の残煙が唇から少しだけ漏れ出た。

 アンクの、触ったら切り傷が出来てしまいそうなほど研がれた剣のような表情が、リートの背筋を自然と伸ばす。


「私は仕事でここに来ている。本当ならこんな辺境の地に来たくも無かったし、依頼主が女神から天啓を受けたなんて突然言い出した奴ならなおさらだ。グレンさんの頼みがあって来ているだけであって、私はお前たちと馴れ合うつもりはない」


「別にそれでも良いんです。ただ――」


「――ただも何もない。私の個人的な感想を率直に言ってやろうか。私はお前が大嫌いだ。何もかもを持って育ってきたお前がな」


 アンクはそのままリートたちの間を通って、階段を下りて屋上を去ってしまう。リートに彼女を止める事はできなかった。

 彼女の言っていることはもっともだ。自分は持って生まれたものが多すぎる。女神の加護はもちろん、家族や仲間、居場所も困ったことがない。

 対してアンクは、家族を失い何もなくなった時がある。騎士団に所属しているのも、彼女が努力して手に入れたものだ。

 そんな自分とアンクの違いを感じて、自分には彼女と仲良くなる資格などないのではないかとさえ感じてしまった。

 リートが俯いてしまったのを見て、ベールは彼の手を両手で握りしめて、まっすぐに見つめる。


「……大丈夫だよリート、あんな奴と仲良くなる必要なんてない」


 そのベールの優しさが、今のリートには少し辛く感じられた。


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