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第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(3)


 リートは馬車の外に流れる、王都から少し離れて見慣れない景色を眺めながら、今から向かうジュスカヴ村のことに思いを馳せていた。

 その場所は魔法学校の講義曰く、王国の中でも閉鎖的でよそ者が来ることを好まないという。そんな場所によそ者である自分が向かっているのだ。別にコミュニケーション能力があるわけではないリートは、内に不安を感じていた。

 もちろん不安の原因は他にもある。自分は魔女ヴィルフィとちゃんと話すべく、教団と王国に対して影響力を持たなければいけない。そのためには女神の声を聞くことができる新たな預言者として振る舞う事が手っ取り早く、だからこそ女神から聞いたジュスカヴ村を襲う魔災から彼らを守らなければいけなかった。

 だが、リートの仲間である皆はともかく、ジュスカヴ村の民が同じように話を聞いてくれるだろうか。突然外からやってきて、今から魔災が起こるので皆さん避難してくださいと言われても、大半の村人は耳を貸さないだろう。

 リートは大きくため息を吐く。そんな彼の様子を見て、目の前に座っていた中年の男は苦笑いしていた。


「リート君、気持ちは分かるが、君が今からそんな調子では、為すべきこともできなくなるぞ」


 リートも信頼している目の前の男――リートの剣術の師匠であるグレンは、たくましい腕を組んで、まっすぐな表情でこちらを見つめていた。


「師匠……すみません、無茶を言ってしまって」


「気にするな。お前が何か重大な役目を背負っていることは、何となく分かっていたさ」


 グレンはがっはっはと大きな笑い声を上げる。リートは本当にグレンへ感謝をしていた。

 女神から伝えられたジュスカヴ村の魔災については、ベールやキャロシーにまず話している。トレイスは魔災対策機関クスウィズンの野暮用で魔法学校にはしばらく戻ってこないようで、残念ながら協力をお願いすることは出来なかった。

 もちろんこの三人で辺境の地にある村一つを魔災から救う事は困難だ。リートが預言者として振る舞うために、出来れば王国関係者も巻き込む必要があった。だからこそ王国の関係者で一番信頼できる人物、元騎士団長のグレンに女神の天啓を受けたことを伝えたのだ。

 もちろん最初はグレンも半信半疑だった。自分の弟子の事を信じてあげたいが、女神の天啓を受けたという信憑性もない話をすぐに信じる訳にはいかない。

 だがどちらにせよ、ジュスカヴ村の調査については長年王国が困っていたことの一つだった。そこに動機を見出し協力を承諾、そして更に協力を得るため、王国に打診してくれている。

 もちろん王国も都で様々な事が起こっており、ここを打ち崩されないように警戒を高めておく必要があった。魔女の侵入の大きな原因は、モンスターに王都が襲撃されて混乱していたためだと結論が下されている。元預言者ザペルの死も間接的にではあるが、王都や教団の混乱が招いたものだと言われていた。ゆえに全面的な協力をする訳にはいかないらしい。

 だが、ジュスカヴ村については王国も手を焼いているらしく、騎士団のうちの数人をリートの旅に同行してくれていた。表向きはジュスカヴ村の調査ということにしているが、魔災に巻き込まれる可能性が高い村民を助けるというのが本当の目的だ。人は多いほうが良い。

 そんなわけで王国騎士団の協力も借りつつ、リートはジュスカヴ村へと向かっているのだ。同行してくれているのは、ベール、キャロシー、グレン、そして王国騎士団の騎士が数人。


「元団長、この人は本当に女神の天啓を聞いたんですか? なんか頼りないっつうか……」


 低い女の声が馬車の中にこだました。

 屋根のついた馬車の中に乗っているのは、グレンとリート、それにもう一人の騎士だった。

 やる気のなさそうな騎士の女は、訝しげにリートの方を眺めている。短い紺色の髪から見える耳元には、派手なピアスのアクセサリが幾つも付けられている。流石に重厚な鎧こそ着ていないが、襲撃に備えて最低限の防具だけはつけていた。

 リートは前世での記憶を掘り起こし、彼女が自分とは全く相容れないような存在だということを実感する。クラスではむしろ不良グループに所属しているような人物で、なんでもかんでも物腰の低い自分とは正反対の存在だ。


「こら、アンク。これは王国が正式に騎士団へ依頼している任務だ。王国騎士団として文句を言わず任務に全うしろ」


「はいはい」


 グレンにたしなめられ、一応は頷く騎士の女性アンク。しかしその表情から不満がどうしても漏れ出てしまっていた。

 これが当然の反応だろう、リートは内心ため息を吐く。確かに見ず知らずの自分より幼い男が、女神の声を聞きましたと言われれば信じられないのも仕方ないだろう。

 グレンは気まずい馬車の雰囲気をなんとか変えようと、口を開いた。


「王国騎士団はどうしても男性が優遇される。性別が違う以上、つく筋肉量も違うからな。だが別に騎士団とは筋肉量だけで決まるものではない。騎士に必要な心構えと、騎士団に入って活躍できる能力があれば、俺は良いと思っている。そしてこのアンクは、王国騎士として申し分ない覚悟と実力を持っている。こうやって騎士になっている事が証明だ」


「……騎士になるために、死物狂いでしたけどね。私以外に女の騎士がいないのが寂しいところです」


 アンクは本当に思っているかどうかもよく分からない事を、淡々と話している。

 だが彼女の実力は本物だろう。リートがグレンと出会ってから、多少は王国騎士団の内情を知っている。その中でも女性が騎士として働いているなど聞いたこともない。彼女も外見や振る舞いだけを見ればリートと合わないが、相当の苦労を重ねて今ここにいるというのは素直に尊敬することが出来た。


「……ちょっと外の様子を見てきます。もうすぐジュスカヴ村でしょう」


 アンクはリートやグレンの視線を追うこともなく、ただ自分の仕事を全うすれば良いと言わんばかりに、馬車から外に出ていった。

 グレンは苦笑いを浮かべながら、リートへと向き直る。


「すまないな。さっきも言った通り、腕は確かなんだ」


「いえ、謝られることは何も……」


「リート君は優しいな」


 またがっはっはと豪快に笑うグレン。

 そして二人きりになった馬車の中を一瞬静寂が包み、グレンは少し真剣そうな表情でリートを見つめる。


「……アンクはああ見えて、セネシス教の熱心な信徒なんだ」


 グレンの言葉はリートにとって意外だった。リートのアンクに対する第一印象は”不良”で、まずそういった事に対して興味がないと思っていたからだ。

 驚くリートの反応に苦笑いを浮かべながら、グレンは話を続けていく。


「彼女の両親は既に他界していてな。彼女は幼い頃から一人ぼっちで、その悲しさを教会でいつも慰めていた。彼女にとって女神様の言葉は本当に大切なもので……だからリート君の言葉に反抗してしまうんだ。リート君の事を俺は信じているが、だからといってアンクの気持ちも分からなくはない。無礼を許してくれ」


 グレンは申し訳無さそうな表情でそう告げる。

 確かに彼女の事を聞けば聞くほど、自分の事を気に入らないというのも分かった。彼女がずっと心の拠り所としてきたセネシス教について、その女神の声を聞いたと見ず知らずの男が言っているのだ。リートが逆の立場でも不信感を抱いてしまう。

 そもそもこの国の多くの人物は、セネシス教について肯定的だ。だからこそ自らが信じているものを馬鹿にされるほど、怒りを抱くものはないだろう。アンク含め、一筋縄ではいかない相手だ。


(……でも、アンクを説得できるほどじゃないと、自分は預言者になることなんて出来ない)


 リートは胸の内に決意を滾らせていく。自分の行動の果てには、この世界を守るという使命がある。

 胸に抱かれた理想は、早速現れた高い壁を目の前にして、熱く燃えたぎっていた。


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