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第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(2)


「ヴィルフィが預言者を誘拐したのは間違いないんですか?」


 リートは夢の中で、女神に質問を続けていく。

 魔女ヴィルフィが何らかの理由で女神と敵対している可能性は高い。もし本当にそうなのであれば、女神と繋がっている預言者ティアルムを誘拐するのは自然なことだった。


「ええ、これはわたくしも観測できていることです。魔女ヴィルフィとその仲間は、預言者ティアルムを誘拐しました」


「ヴィルフィに仲間がいるんですか?」


 しかしこれについては初耳だった。自分がヴィルフィのもとを訪れた時は、彼女は一人でこちらに立ち向かってきていたのだ。

 そして魔女の森の崩壊に飲み込まれ、どのように生存したかは分からないが、数日後に教団の本部を襲撃している。

 もちろんその短い間に、誰かが仲間になったとは、リートは思うことは出来なかった。

 女神は悲しそうな瞳をしながら、リートへと更に言葉を続ける。


「仲間になったのは、かつて聖龍と呼ばれていた邪龍ティアマット。……元々はわたくしに仕えていたのですが、彼は裏切りました。これによって私はその肉体を世界の底へと閉じ込め、悪さが出来ないようにしたのです」


「……もしかしてヴィルフィは、魔女の森で崩壊に巻き込まれた時に、世界の底でその龍と出会ったのですか?」


「その通りです。厄災の魔女ヴィルフィは、邪龍ティアマットと結託し、私を殺そうと画策しているのです」


「そんな……」


 女神の口から語られる言葉は、どれもリートにとっては驚くべきことばかりだ。

 リートはこれまで、かつて前世で神話上に出てくるようなモンスターと出会ったことが、この世界では無かった。世界の底にそんな存在がいたのだという事実に驚いたのがまず一つ。

 そしてその龍とヴィルフィが手を組んでいることが、驚いたことのもう一つだ。もしかしたらヴィルフィがその邪龍にそそのかされている可能性もある。邪龍は女神を殺したいと思っているだろうから、ヴィルフィに声をかけているのかもしれない。

 ならば結局、リートがするべきことは変わらなかった。


「……女神様。どちらにせよ僕は魔女ヴィルフィと話す必要があります。どうして女神様を殺そうとしているのか、世界の崩壊が彼女の存在によって仕方のないものだとしても、何か解決策はないのかと」


 リートは力強く女神にそう進言する。

 魔女の森が崩壊する前、ヴィルフィは自分が存在するからこそこの世界は崩壊を始めているということを言っていた。彼女はどうにかして世界の崩壊を免れないか、その方法を探っているのかもしれない。あくまで可能性の話だが、魔女ヴィルフィ――コトノの言葉であれば、信じても良いだろう。

 この世界はヴィルフィを容赦なく迫害する。女神本人は中立の立場である以上、世界の崩壊を引き起こす異分子を排除しなければいけない。女神からしても自らを殺そうとする存在は排除しなければいけないことも分かる。だからヴィルフィを討伐するように命じた女神を責めるつもりはなかった。

 だが、リートはヴィルフィと話をしなければいけないのだ。世界自体が彼女を排除しようとしても、それを助長させるような事があってはならない。

 リートの希望を胸に抱いた力強い視線に、女神も逆らうことが出来ず、まっすぐにリートを見つめていた。


「僕はヴィルフィを殺したくありません。僕が持っている理想を実現するために、彼女と話をしなければいけないから」


「リートさん……」


「だからこそ一度女神の天啓を、魔女を殺すべきでないという天啓を預言者にお与えください。そうすればスコラロス王国もセネシス教団も、少しは変わることができる」


 リートは自身の胸に拳を添えながら、まっすぐにそう告げる。

 現状、教団や王国が魔女のことを殺そうとしているのが問題だ。リートの意見に賛同してくれるのは、ベールをはじめとした仲間たちである。教団や王国に歯向かう力があるかと言われれば、たとえリートがチート能力を持っていたとしても簡単にはいかないだろう。

 だがもし教団や王国が魔女討伐ではなく、保護、そうまでいかなくても拘留をする程度であれば、自分がヴィルフィともう一度話し、解決策を探っていくことが容易になる。

 そしてその教団や王国を動かしているのは、女神の天啓――すなわち目の前にいる女神シゼリアードなのだ。

 女神は彼の進言に対して、悩んでいるような表情を浮かべる。もちろん女神にとってはヴィルフィを殺してしまえば早い話で、リートの事情に合わせる必要などない。


「……他ならぬリートさんの頼みです、この世界に転生することになったお詫びもありますし、わたくしも協力したい」


「女神様……!」


 だがこの女神は、自らのために悩んでくれていた。本当は排除すれば良いだけの存在を、話したいと告げるただの一人に対して、ここまで揺らいでくれている。その事実がリートの胸を熱くしていた。


「……ですが一つ問題があります。私の言葉は決して全ての人間に与えられる訳ではありません。預言者ティアルムは今、魔女に拉致されているのです」


「そうか……じゃあまずはヴィルフィから預言者を奪還しないといけないのか」


「いえ、預言者がどこにいるのかを突き止めるのは簡単ですが、それよりもリートさんにとって良い方法があります」


 女神がこほんと咳払いを一つ入れる。


「――賢者リート、あなたが新しき預言者になれば良いのです」


 女神の提案は、リートにとっては予想外のものだった。

 確かに預言者を取り戻すことは難しい。あちらがどのような事情を抱えているか分からない以上、またしても戦う運命になるかもしれなかった。一応教団や王国と協力して預言者奪還に取り組む事はできるかもしれないが、ヴィルフィと積極的に出会わせて良いものかという問題もある。

 自分が預言者になるという突拍子もない提案は、しかし冷静に考えてみると合理的のように感じた。預言者になるためには女神の声を聞くことが出来る人物であることが必須だが、リートは夢の中とはいえ、女神とこうやって会話できている。その点で言えばクリアだ。

 そしてもし自分が預言者となることができれば、教団の決定権は自分にあると言っても差し支えなくなる。そしてセネシス教を国教としているスコラロス王国も同様だ。その二つを味方にできるため、一石二鳥だった。


「……でも、どうやって預言者に? 女神と話すことができる、なんて中々信じてくれませんよ」


 実際、リートはこの事実を誰にも話したことがなかった。別に言う必要も無かったところもあるが、話しても信じてもらえるかが微妙だったためでもある。

 女神は何か秘策があるようで、自らのアイデアに対して不安の色は一切見せていなかった。人差し指を立てて、リートを得意げに見つめる。


「王国外れにある、ジュスカヴという村をご存知ですか?」


 リートは聞き慣れない村の名前に、頭の中から記憶を探り出す。

 一応は聞いたことがあるものの、王国のかなり辺境の地にある村で、その村が排他的ということもあり訪れたことがない。魔法学校の王国地理の授業で聞いたくらいのことしか知らなかった。

 女神はリートの疑問符を気にせずに、話を続ける。


「その村の土地に流れている魔力の様子が、少しおかしい事をわたくしは察知しました。あの村近辺で魔災が起こるかもしれません」


「だったら早くみんなを助けにいかないと……!」


「いえ、ただ止めるだけではいけません。リートさんはそれを予言するのです。できれば民衆に伝わるような形が良いですが、そうでなくても例えば、誰かジュスカヴ村の民を救出する協力者に――そうですね、王国か教団かの知り合いが良いでしょう、その方にその予言を告げるのです」


 王国か教団の協力者、そう聞いてリートは自らに関わりがある人物の顔を思い浮かべる。

 教団での直接的な関係者は残念ながらいない。教団と関わりのある人物といえば、ティアルムくらいしかいなかったのだ。

 王国の直接的な関係者もいない。王宮に関係者でもいれば良かったのだが、残念ながらそう都合良くはいなかった。

 だが直接王国に関係がない人でも、かつて王国に大きな関わりを持っていた人物であれば。それこそ、王国騎士団の団長を務めていた人物であれば、多少の影響力はあるかもしれない。


(……師匠なら!)


 そしてそれに合致するのが、彼の剣術の師匠であるグレンだった。

 彼ならば自分も腹を割って話しやすく、かつジュスカヴ村にも同行してくれるだろう。

 思い当たる節があった事を女神はリートの表情から悟り、優しげに微笑んだ。


「決まりましたね。ジュスカヴ村の悲劇を救えば、あなたはきっと女神の声を聞くことができる預言者として、振る舞えるようになるはずです。――そうすれば、教団も王国もいずれはリートさんに従うようになります。そうすればきっと、民たちが抱く魔女への見方も変えられるでしょう」


 女神は優しげな口調で、そう告げる。

 リートは次に自分がするべきことの大きさに少し震えつつも、自分だけが魔女ヴィルフィを救うことができるのだと、胸の内が熱いものでいっぱいになっていた。


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