第11話「ジュスカヴ村の悲劇」(1)
その日の王都の天気は、まるで計画されたような薄暗い雨だった。
教団本部の裏手、戦で命を落とした戦士や、年齢により亡くなった教団関係者などが眠っている墓地には、普段はそこまで多くの人が出入りするわけではない。しかし今日だけは特別で、多くの人物が集まっていた。これでも普段敷いていない入場制限を発令し、限られた人物だけが来ているのである。
リートはセネシス教団から招待され、教団墓地にやってきていた。あまり教団とは縁の無かったベールとキャロシーも、賢者と共に魔女討伐へと向かった人物として招待されている。もちろんトレイスも、預言者ティアルムに気に入られ教団に出入りしていたからという別口ではあったが同様に招待されていた。
曇り空の中、雨を防ぐための外套を身に纏いながら、リートは墓地の中でも一層大きな墓石を見つめている。
そこに刻まれていた名前は、元預言者であり教団の指揮を取っていた男、ザペル。
彼はモンスターの襲撃があり、まだ王都が混乱から抜け出せていない状況の中、何者かに殺された。その犯人は未だ分かっていないが、これもまた魔女の仕業なのではないかとまことしやかに囁かれている。
リートは厄災の魔女ヴィルフィ――コトノの顔を浮かべた。彼女は確かに教団と敵対している。だが殺しなど行うだろうか。
ましてやタイミングがおかしすぎる。厄災の魔女が王都で目撃されたのは、モンスターに襲撃されてから翌日のことだ。預言者ティアルムが厄災の魔女に誘拐された後、ザペルはしばらく生きている。もし殺すのが目的の一つなのであれば、預言者の誘拐と共に行うのが自然だろう。まず警戒度を高めている教団にもう一度突撃する意味がわからない。
だがこの世界の住民は、心のどこかで魔女を憎んでいるのだろう。それに魔災による凶暴化したモンスターの襲撃、厄災の魔女による預言者ティアルムの誘拐など、ここ最近の王都は乱れている。何かがあれば全て魔女が原因ということにしたくなる、そんな気持ちは分からなくもない。
しかしリートは、ヴィルフィが本当に悪人であるのかを疑っている数少ない人物だ。魔女ヴィルフィはあのコトノ――孤独に理不尽と戦っていた自分に声をかけてくれた、大切な人である。もちろん彼女が魔災の原因であるとは重々承知しつつも、それでも何か別に世界を救う方法がないか、探りたかった。
今王国は、安直に魔女を殺したがっている。それはザペルの死で加速しているようにリートは感じていた。
(胸の中に抱いた理想は――魔女を殺すなんてもってのほかだ)
ザペルが棺に納められていく。大量の花をベッドにして、彼は永遠の安息にようやくたどり着くことが出来た。
そしてリートは両手を前で組んで、目を閉じる。しかし彼の心は寂寞に包まれているのではなく、もっと鼓動の音が感じられるような、一つの決意がみなぎっていた。
* * *
その夜、リートは夢を見た。
一面の空に、足元には広大な雲。その上にリートは立っており、その向かう方向には一人の神聖な女性。それは魔女の森から無事に脱出し、王都の自宅に戻ってきた時に見た夢の景色と同じだ。
「……私に会いたいという気持ちを感じました、賢者リート」
長い銀髪を束ね、女神は微笑む。その微笑みにはどこか、目の前の人間を助けたいという慈悲深いものを含んでいた。
「女神様、すみません何度も」
女神に会いたい、ということを明言したわけではなかったのだが、リートの深層心理はそう感じていたのだろう。
少なくとも今、王国が大変な状況になっている中で、頼れる存在といえば自らの仲間と師匠、そしてこの神様しかいなかった。
「構いません、元々は私の不手際でこの世界へと転生してもらったのですから。私に出来ることがあれば、ぜひ協力させてください」
「ありがとうございます」
やはりこの女神様は優しい方だと、リートは感じていた。
異世界ライアッドは、決して何もかもが理想的な世界ではない。しかしそんな世界の中で、リートは大切な仲間たちと出会い、第二の人生を送ることが出来ているのだ。それに女神から貰った加護は、大切な仲間や世界を救うためには必要だと感じている。
だからこそ、リートは力を持つ者である以上、彼の中にはどこか今の王国を救いたいと思う部分があった。
そしてそのためには、様々な事を知る必要がある。リートは女神に対して確認、そしていくつか質問をするために口を開く。
「まず聞きたいことがあります。……ザペル様を殺害したのは、誰なんですか?」
まずはここからだ。これが魔女ヴィルフィであるか、そうでないかによって、リートのこれからの動き方が変わってくる。即ち教団に完全に敵対しているのであれば、魔女との再戦は避けられない。
だが女神は残念そうに、目を閉じて首を横に振った。
「……大変申し訳ありません、私の方でも実は誰が元預言者を殺したのか、分からないのです」
「女神様、でも?」
「はい。人類の誰か、それとも人類を超越した者の仕業かは分かりませんが、私の観測が完全に阻害されてしまっているのです」
リートは驚きで開いた口が塞がらなくなる。女神は絶対的な観測者で、この世界に暮らす者であればその認識から外れる事はないだろうと信じていたからだ。
とはいえこの時点でヴィルフィは外れた、リートはそう判断する。彼女は決してそのような芸当の出来る、特別な存在ではないだろう。
では、ザペルを殺したのは一体誰なのか……リートは続けて口を開く。
「そんなことが出来る人って、心当たりもないんですか?」
「……確証はありませんが、動機という点で推測することはできます」
女神は息を吸って、悲しそうな表情を浮かべながら続ける。
「――魔女ヴィルフィ。彼女は私を殺そうと画策しているのです。であれば、その神の声を聞くことの出来る預言者を殺すのは自然でしょう」
リートは先ほど自分の推測の中から棄却した名前を告げられ、またしても動揺する。
「そんな……ヴィルフィが、コトノが女神様を殺そうとしているんですか!?」
「ええ、私ははっきりと聞きました。彼女が私を殺す、厄災の魔女になろうとしていることを」
「どうして……」
「彼女は私に恨みを抱いているようですね……世界の秩序を取り戻そうとする私を殺せば、この世界は完全に崩壊する。そう考えているのでしょう。実際、私が死ねば異世界ライアッドは女神の力を失い、崩壊する可能性が高い」
女神の言葉は決して間違っているようには感じなかった。
もちろんヴィルフィを信じたい気持ちもある。あくまでこれは女神の推測で、まだ女神の認識を突破するための方法などは分からない状態だ。彼女がザペルを殺した張本人であることはにわかに信じられない。
だがヴィルフィは女神と敵対している、それだけはどこか真実味を帯びていた。女神への信頼による贔屓を抜いても、彼女は自分の目的のためには神にだって喧嘩を売りそうな人物だ。そうでなければ、自分を追って異世界ライアッドに転生などしないだろう。
(……じゃあどうして、ヴィルフィは世界を滅ぼそうとしているんだ?)
リートが判断を下すには、彼女の事情をもっと知る必要があった。女神に質問したいことはまだまだある。リートは質問を続けることにした。




