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第10話「不器用な関係」(5)


 モンスター騒動で作られた侵入口から脱出した魔女とその父親は、近隣の森で着地をした。

 箒から降りたハーデットは転がるように地面へと足をつけ、そのままくずおれるように座り込んでしまう。

 対してヴィルフィは慣れた様子で箒から飛び降り、箒に手をかざして詠唱。箒はどこかに消えてしまっていた。

 そして彼女は目の前の父親と対峙する。その瞳には光こそ差し込んでいたが、実の娘と何を話して良いか分からず、目を背けてしまっている。

 ため息を一つ吐いて、ヴィルフィは口を開いた。


「よう、久しぶりだな、クソ親父オヤジ


「……ああ、そうだな」


 あの頃の暴力的な威勢はどこへやら、ヴィルフィは我が父親が弱々しくなっていることに気が付いた。

 しかし当然といえば当然なのかもしれないとも感じている。弱々しい子供だから暴力を震えたわけで、グレンと戦い満身創痍のハーデットには、ヴィルフィに酷い仕打ちなど出来るわけがない。

 そんな彼の様子に、彼女は苛々をつのらせていた。だがその怒りは隠して、ヴィルフィは彼の様子を伺っていく。


「最近どうだ、ちゃんと食事は取ってんのか? 酒はやめたか?」


 とはいえ、ヴィルフィには彼と話したいことがあるわけではない。前もって会うと分かっていれば、もう少し気の利いたことも言えたかもしれなかった。

 ヴィルフィの言葉に対して、ハーデットは自笑気味に笑う。


「トリンフォアの崩壊で酒も金もなくなった。今じゃ立派な流れ者だ」


「……そうか」


 ヴィルフィが何を付け足すでもなく、そう頷く。

 彼女の推測が正しければ、別にトリンフォアの崩壊を引き起こしたのは自分ではない。

 しかしそれでもどこか、罪悪感を抱かずにはいられなかった。彼だけではない、思い入れはなくとも村の住民はみな魔災に巻き込まれている。中には命を落とした人物だっているだろう。

 自分が関係しているにしても、していないにしても、世間では自分が原因だと言われている。その風潮がヴィルフィをそう感じさせたのかもしれなかった。

 やがてまた流れる沈黙。久しぶりに再会した父親との会話は、こんなにも気まずいものだっただろうか。

 それはかつて自分を虐待していたハーデットだからなのだろう……ヴィルフィは森の木々を眺める。自分たちの会話に入ってくる物音は、こんな時に限って、何一つなかった。


「……お前は、どうなんだ?」


 ふとその沈黙に、かすれた声が差し込まれる。

 ハーデットは目を背けながらではあったが、なんとか勇気を振り絞りながら、ヴィルフィにそう尋ねていた。


「どうって?」


「お前は厄災の魔女なんだろ? 元気でやってんのか?」


 ハーデットは土を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。


「……まあ、それなりに」


 ヴィルフィはぶっきらぼうにそう答える。


「……そうか、なら良いけどよ」


 ハーデットは表情を変えるでもなく、そう返答する。

 この世界でヴィルフィに対してこんな質問ができるのは、ハーデット以外にはいないような気がした。

 自分の味方は、今はティアマットだけだ。かつては師匠であるガラリエだけで、どちらともずっと過ごしていたから、体調を気遣われたことなどない。

 もちろんトリンフォア村の人たちだって、出会えば久しぶりであることには変わりなかった。しかし彼女は厄災の魔女で、この世界の崩壊を企てる人物だと思っている。まずこんな言葉はかけてくれないだろう。

 あの村でずっと疎外されていた存在……それはヴィルフィだけではなかったのだ。


(そうか、このクソ親父オヤジはアタシの――)


 ヴィルフィはハーデットに一歩ずつ近付いていく。相変わらず彼はこちらを振り向こうとしない。

 気まずい関係だ――ヴィルフィはそう思った。虐待行為を繰り返していた父親は、どんな顔して娘と話せば良いのか分からないのだろう。

 なんて不器用な男なんだと感じるヴィルフィは、自らが動かなければこの状況を打破できない気がしていた。

 彼女の胸の内にあった、この状況を打破するべきだと感じている気持ちには気付かずに。

 ヴィルフィはハーデットの目の前までやってくる。

 ようやくハーデットがこちらを見た瞬間、彼は娘が握った拳を構えてこちらの顔面を殴りつける光景を目にした。

 声もなく自らの父親の顔面を殴りつけたヴィルフィ。その表情は苛立ちに震えていたが、その内側に燃えるような赦しが溢れていた。

 娘の拳に、ハーデットはまた地面へと倒れる。あれほどグレンとの戦いで俊敏な動きを見せていた彼が、呆気なく飛ばされてしまった。


「……今日は本当に人を殴ってばっかだ。になるぜ」


 ヴィルフィが一つ大きなため息を吐き、ハーデットを見下した。

 しかしその瞳に宿っていたのは、軽蔑ではなく赦しだ。ハーデットの曇った瞳が、ヴィルフィの太陽のような瞳と合わさった。


「いいかクソ親父オヤジ。アタシがまだ幼かった頃に、殴ったり蹴ったりしたのは許せねえ。世界が残酷な運命を自分に与えてるんだって、アタシは耐え忍ぶしか無かった」


「ヴィルフィ……」


「でもな、アタシはアンタに感謝してるところもあんだよ。……別に社会の厳しさを教えてくれたとか、そんなんじゃないぜ?」


 ヴィルフィはハーデットの瞳をじっと見つめて、もしその曇りきった眼が晴れれば良いのにと思っていた。

 確かに世界の厳しさを教えてくれたことは事実だ。彼がいたから、ヴィルフィにはトリンフォア村を出て、魔女の森に向かうというきっかけを得ることが出来た。結果論で言えば、彼の非情な行いがあったからこそ、ヴィルフィはガラリエと出会い一人前の魔女になることが出来たのだ。

 でもそれを肯定してしまうと、かつて前世でネムをいじめていた、あのC組の奴らさえも肯定することになってしまう。彼らがいたから自分はネムと会うことが出来た、なんて口が割けても言えない。大人になって彼らに感謝しようなんて、まっぴらごめんだ。

 だから、幼い頃に殴ったり蹴ったり暴言を浴びせたりした、ハーデットの行為は許せない。一生許すつもりもない。

 ただそれでも、彼はヴィルフィにずっと、父親として与えてくれていたものがあった。


「――アンタは間違いなく、厄災の魔女の父親だ。なんたって、魔法を教えてくれたのは、アンタが初めてなんだからな」


「……俺が、魔法を?」


 ハーデットは困惑した表情でヴィルフィを見つめる。

 彼は別に、自分の娘へ魔法を教えている記憶はなかった。そもそも自分は魔法を一切使うことが出来ない。だからこそ剣の腕を磨いて騎士団に入ったのだ。

 魔法について自分がヴィルフィにしてやれたことは――と、そこまで考えてハーデットははっとする。一つだけ、彼女にしていたことがあった。

 ハーデットが気付いたことを、ヴィルフィも察する。彼は間違いなく、厄災の魔女を生み出した元凶の一人なのだ。なぜなら――


「――毎日毎日、安くもない魔導書を買ってきてくれたのは誰だっつう話だよ」


 ヴィルフィは幼い頃、あの薄暗い自宅の廊下で出会った一冊の魔導書の事を思い出す。

 最初はこの世界の言葉に慣れるところからだった。でもそれに熱中して自室に引きこもり、ヴィルフィは魔法を使えるようになっていく。

 そして一冊の魔導書を読んだ彼女は、また新しい魔導書を読むことが出来た。一日一冊、新しい魔法を学ぶことが出来たのだ。

 それは目の前の男――自らの父親であるハーデットが、食料とともに買ってきてくれたおかげだった。

 ヴィルフィは成長して、魔導書の金額は安くない事を知っている。ハーデットの買ってきたものは別に高級なものではないだろうが、それでも一冊あたりそこまで安くないはずだ。

 一人娘が興味を持ったことに対して、それを学ぶ機会をちゃんとくれた。それは紛れもなく、立派な父親の姿だ。


「ありがとよ。アタシが魔女になる、きっかけをくれて」


 ヴィルフィの太陽のような瞳に見つめられて、ハーデットの瞳の空から雲が晴れていく。

 彼は今まで、事実上はヴィルフィの父親でありながら、自らの事を父親だと思えていなかった。

 ヴィルフィが産まれる前、ハーデットは自分が愛した魔法使いの女と結ばれ、騎士団を辞めてトリンフォア村に移り住む。

 しかしその女は騎士団であるハーデットの身分と金だけしか見ていなかった。腹を痛めて産んだ自分の子供でさえも、ハーデットとの楔を作るための一つの手段に過ぎなかったのだ。

 あの女が家を出た時の事を、ハーデットはよく覚えている。てめえが産んだ子供を道具としか思っていない女に、娘であるヴィルフィを渡すわけにはいかなかった。

 だがヴィルフィは自分の子供であると同時に、あの女の子供でもある。彼女に似た赤い髪、鋭い目つきは、人間不信になっていたハーデットを苛立たせるには十分だった。

 それでも自分の娘だ。彼女の父親でありたい。酒を飲めば、視界がぼやける。愛娘にあの女の血が通っている事を、忘れられる。

 立派な父親になることは諦めていた。しかし現実はもっと非情で、酒を飲んでも苛立ちが収まらない。暴力を振るっている時の自分は、自己嫌悪で壊れてしまいそうだった。だからまた酒を飲んだ。

 ある日、ヴィルフィが魔導書に興味を持っていた。読み書きを教えていないはずなのに、魔導書に瞳を輝かせている姿を見て、ああやっぱりあの女の子供なんだなと自嘲気味に思ったのだ。

 最初は本当に、魔導書を持たせていれば大人しく自分の部屋に籠もるようになると思っていた。実際にそうなって、ハーデットの視界にヴィルフィが映ることは少なくなる。

 だが段々と、魔導書を買ってやることが、自分が娘に出来る唯一の父親らしいことなのではないかと感じてきた。自分の弱さと、父親としてのプライドを守る、折衷案として。

 幸い、騎士団時代に稼いだ金はあった。妻であった女に半分ほど持たせてやったが、それでもしばらく働かなくても良いほどの金だ。勉強熱心な娘に、毎日魔導書を買ってやった。

 ヴィルフィが一〇歳になった頃、いつものように魔導書を買ってきたハーデットは、いつまで経ってもその魔導書が手に取られていない事に気付く。気付けばヴィルフィは、家の中にも、トリンフォア村にもいなくなっていた。

 そして彼女がいなくなり、自宅に戻り廊下に座り込んだハーデット。彼はその瞬間、ヴィルフィの父親失格だと心の中で烙印を押したのだった。

 しかし今、目の前には自らの娘がいる。かつて自分が惚れた女のように美人になった彼女は、目の前で挑発的な笑みを浮かべていた。

 そしてそれと同時にハーデットの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

「――俺は、お前の、父親になれたか?」


 ハーデットの瞳の中にある、太陽が明るく照らしている空に、ぽつりぽつりと、雨が降っていた。


「――ははは。泣くなよ、親父オヤジ


 ハーデットの娘、ヴィルフィは呆れるように笑っていた。


* * *


わりい、アタシは王都に戻んないといけねえんだ」


 ヴィルフィは我が父親の涙がようやく止まった頃を見て、そう告げる。

 ハーデットは心配そうにヴィルフィを見つめていた。


「……今の王都は厄災の魔女が出たことで、かなり警備が厳しくなってるぞ。大丈夫なのか?」


「大丈夫……とは言えねえけど、待たせている奴がいるんでな」


 ヴィルフィはあの偉そうな黒猫が怒り散らかしているところを想像する。

 自分はメインストリート近くの路地裏に、誘拐した預言者ティアルムを拘束していた。一応ティアマットに見張りはさせているが、警備が厳しくなっている以上、早く迎えにいかなければ限界があるだろう。

 心配そうにしているハーデットには申し訳ないが、危険を承知で行かなければ。ヴィルフィは王都へ戻ろうと一歩を踏み出した。


「――その必要はないぞ」


 その出鼻を挫くように、ヴィルフィにかけられる低い男の声。ハーデットのように枯れたものではない声の方を振り向くと、そこにいたのは。


「ティアマット!」


 少し土で汚れた聖龍ティアマット、もとい黒猫が、とぼとぼと姿を現した。

 そしてその近くには誰もいない。頼んでいた見張りのターゲットの不在に、ヴィルフィは一つの結論へと至る。


「……流石にダメだったか」


 ヴィルフィは一つ舌打ちを入れながら、自らの行いが失敗に繋がったことを悟った。

 残念ながら預言者ティアルムは、教団か王国かに保護されてしまったのだろう。あれだけの騒ぎを起こせば、見つかる可能性は高くなる。仕方のないことだ。

 ティアマットは別段怒っている訳でもなく、それが当然と言わんばかりに達観して、ヴィルフィへと黄色いまなこを向ける。


「騒ぎを聞きつけた教団兵が、中央広場近くを人海戦術で探し回ったようでな。案の定すぐに見つかってしまった。私も応戦したのだが、流石にな……」


「……いや、それはホントすまねえ」


 ティアマットは一応無茶振りに答えてくれていた。その点には感謝しながら、ヴィルフィは次の手をどうするべきか考える。

 元々はティアマットの力を復活させて女神に会うために、女神と接点のある預言者へ話を聞こうとしていた。

 しかし彼らはその方法を知っておらず、振り出しに戻ってしまっている。女神とコンタクト出来る存在は、ヴィルフィの知る限り預言者だけだから、どこかで女神からの天啓があることも見越して連れ去ってきたのだが。

 困り果てるヴィルフィ。おそらく教団本部の警戒は過去一番高くなっており、再度の侵入は骨が折れるだろう。できれば避けたい。

 やはりティアマットの力を復活させるために、一切の情報なしで世界を巡るしかないのだろうか……


「……あなたたちがお探しの方は、こちら?」


 そんなヴィルフィの思考に挟まる形で、少女の声が聞こえた。

 ドサッと人が倒れる様子が視界に入る。ミルク色の長髪が土で汚れて、その高尚な衣装も皺がついてしまっていた。

 ――預言者ティアルムが、目を回しながら半分ほど意識を失い、ヴィルフィたちの目の前に倒れていたのだ。

 そして彼女をここまで連れてきた本人――声の正体である少女の姿が、二人と一匹の前に現れてくる。

 水色のショートカットの髪をした無表情な少女は小柄で、その細い腕で人一人を持ち上げていたとは思えない。しかし実際に預言者ティアルムは、この少女によって連れてこられたのだった。


「お前は……!」


 ヴィルフィがその顔を見た瞬間、少女を鋭い眼光で突き刺しながら、そう呟いた。

 彼女と話したことこそないが、一度だけヴィルフィは彼女と会っている。あれは魔女の森で賢者と戦った時のことだ。彼の仲間の一人で、特にヴィルフィの印象には残っていない人物ではあった。

 少女はターコイズブルーの無気力な瞳を三人に配り、うん、と一言何か納得したように呟く。


「魔女以外は、はじめましてかな。自己紹介をしておこうか。……私は魔災対策機関クスウィズンの研究チーム、および救助チームに所属している天才魔法使い、トレイス」


 賢者リートの仲間である少女は、目線をヴィルフィの方へ向ける。その瞳は無気力なはずだったのに、どこか使命感を帯びているように感じていた。


「……魔女ヴィルフィ、あなたに聞きたいことがある。世界平和のために」



第10話「不器用な関係」 (終)


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