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第10話「不器用な関係」(4)


 グレンは両手剣を片手で持ち上げ、容易く振るう。常人にはまず不可能である芸当が生み出した風圧に、ハーデットは目を細めた。

 彼のこの芸当を見るのは初めてではない。しかしハーデット含めお互い老化に伴い、全盛期の力を失っているものだと思っていた。

 しかし目の前の敵――かつての戦友は歳を取り衰えるということを知らない。まるで二十年前に見た彼の姿そのものであるグレンに対し、ハーデットは舌打ちする。

 対してこちらは、剣を怠ってきたツケが回ってきていた。体力は底が見え始め息遣いがどうしても粗くなり、剣を握るおのが握力も限界を迎えている。

 だが、ここで負けてしまうことが許されないことだと、ハーデットは強迫観念にも似た想いを持っていた。

 何が彼にそうさせるのかはわからない。おのが生命が可愛いから? 敵がかつての戦友だから? 自らの奥底にこびりついた騎士の矜持きょうじがあるから?

 どれにせよ、今自分は生きなければいけない。この決闘に勝利しなければいけないのだ。

 ハーデットは口角を上げて、無理やり笑みを浮かべる。酒臭くなった口臭に民衆から蔑まれても良い、勝利の雄叫びを上げなければ。

 グレンの瞳と視線がぶつかる。その炎が交わった瞬間、今度はハーデットが一気に駆け出した。


「はああああああァァァァァァァッッッッ!!!!」


 かすれた声を打ち砕くように、ハーデットの雄叫びが王都の中央広場にこだました。

 身軽に動くための細い剣が、剣先を地面に擦り付け、火花を散らせる。その速度は先程あったグレンの初撃よりも大きく鋭い。


「させるか――ッ!!」


 グレンは巨大な両手剣を片手で横に振るい、襲撃するハーデットを撃ち落とそうとする。

 しかしハーデットはその攻撃に合わせて大きく跳躍した。そのままグレンの頭上を飛び越え、背後へと着地。

 着いた足は彼の重心よりもかなり外――即ち、すぐにグレンへと斬撃を加えられるように体を倒していた。

 体を捻り、まるで腰から抜剣するかのようにグレンへと剣撃を加えようとするハーデット。

 しかしグレンもその意図に気付いていたのか、即座に体をひるがえし、右手に持った大剣を左手で支えながら、彼の攻撃を防ぐ。硬い大剣に攻撃が阻まれ、ハーデットの持っていた剣の刃がこぼれていった。

 大剣を支える左の手の平に、グレンは前へぐっと力を込める。

 打撃の要領で弾かれたハーデットは少しノックバックし、着地と同時に襲いかかるグレンの斬撃を、重心が後ろに流れていくままにして、そのまま左手を使って転回。

 さらに着地の際に再び重心を前に、そのまま一つ、更に一つと斬撃を繰り出す。

 しかしどれも大剣が作る盾に弾かれ、グレンに傷一つ付けることすらできない。

 次はこちらだと言わんばかりに、グレンは大剣を縦に振るう。ハーデットは横にずれて回避、そのまま攻撃を仕掛けようとした。

 しかしグレンの攻撃は先程よりも一層早く、攻撃の体勢を作るよりも先につるぎがハーデットを襲う。

 その一撃を彼は最低限だけ剣をぶつけ、軌道を逸らし回避する。直で受け止めてしまえばハーデットの片手剣はたちまち折れてしまうだろう。

 グレンの攻撃は止まず、一撃、また一撃とハーデットを襲い、その度に回避行動に専念させられる。

 まるで反撃の狼煙を上げられたかのように、攻撃の主導権をグレンに握られているハーデットは、舌打ちをした。


(なんとかしてあの攻撃を止めなければ。だが、一体どうやって……?)


 攻撃を防ぎながらハーデットは考える。

 なんとか無傷でグレンの斬撃を避けることは出来ているが、一向にこちらへ攻撃の機会を与えてくれない。彼の破壊力と速度の双方を担保した攻撃は、暴力的なほどに理不尽だ。

 だが攻撃を一つかわしグレンの表情が見えたとき、彼の額から一滴の汗が流れ落ちるのを、ハーデットは見逃さなかった。


(……そうか、あちらは相当な消耗をしている)


 続けてグレンからもう一撃。しかしその速度は最初よりも明らかに衰えていた。


(こちらも消耗はしているが、それでもあちら程ではない……!)


 ハーデットは次の攻撃に備える。グレンは額の汗を散らしながら、大剣を重力に任せ振り下ろした。

 少し状態を低くし、グレンの攻撃を剣で受け流すハーデット。しかしそこに込めた力は今までよりも大きく、多少剣が壊れる危険性もあったが、グレンの攻撃を大きく逸らせた。


「ぐっ……!」


 グレンが苦しそうに唸りをあげる。その隙をついて、ハーデットは勢いをつけるために回転、そのままグレンへ剣を振り下ろした。


「……チッ!」


 だがその攻撃さえも、グレンは大剣を不格好な体勢で構えて受け止める。苦しそうな表情ではあったが、彼の意地がハーデットの剣撃を受けることを許さなかった。


「う、おおおおおォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!」


 そして唸るグレンの咆哮。彼はかなり体力を消費している状態だったが、それでも体の底から力を絞り出す。

 グレンは受け止めたハーデットのつるぎを、大剣をほんの少し捻り、そのまま地面に叩きつける。

 ハーデットは予想だにしていなかったグレンの底力を受けて、目を見開く。

 そして地面に叩きつけられた剣は、その刃を真ん中から折られ、剣先があさっての方向へと飛んでいく。野次馬から悲鳴が漏れたが、飛んだ刃はハーデットの後方へ飛んでいき、民衆に被害が及ぶことはなかった。

 そしてグレンは鬼の形相で大剣を振りかざし、ハーデットへ斬撃を加えようとする。

 ハーデットは折れた剣の先を斬撃にかざしなんとか受け流す。しかしもう少し握力が弱っていれば持ち手の方もどこかに飛んでいってしまいそうだった。

 グレンは後方へバックステップし、一旦グレンと距離を取ろうと画策する。しかしグレンは更にもう一つ、ハーデットへ斬撃を繰り出した。

 なんとか直撃は避けたが、ハーデットの頬に一撃、赤い線が入る。もう少しずれていれば顔を潰されていた。たとえ僅かに一瞬遅れたとしても、大剣が頬を抉り、跡の残る傷を負っていただろう。


「勝負あったな、ハーデット」


 必死の形相だったグレンは、汗を垂らしながら、ハーデットへにやりと笑みを浮かべている。

 なんとか距離を取ったハーデットだが、手元には折れた剣。もはや反撃は不可能であり、勝負は決したようだ。


(……俺は、負けたのか?)


 その事実を、ハーデットは受け入れるしかなかった。

 しかしハーデットの胸に抱かれているのは、複雑な気持ちだ。かつての相棒に負けたという悔しさ、自らの十数年の怠慢を呪う後悔、自分がこのまま殺されてしまうという諦め。

 だが、確かに自分の人生はそろそろ幕を下ろした方が良いかもしれないと、ハーデットは感じていた。

 我ながらくそったれな人生だと思う。騎士団を辞めてトリンフォア村に移り住んでから、酒に溺れ、妻である女に逃げられ、女の面影を残した娘に苛つき暴力を振るい、愛想を尽かした娘に家出され、魔災による村の崩壊により、家のない浮浪者として過ごしていた。

 かつての栄光によって稼いでいた金も、トリンフォアの崩壊と共に無くなっている。自分には最早、生きている意味すらないだろう。

 そこに現れたのが、かつての相棒グレンだ。彼は自分の事を、王国のために殺そうとしている。

 自分は厄災の魔女という、世界崩壊を企む女の父親だ。偶然にも、グレンに殺される理由ができてしまった。

 野垂れ死ぬのも哀れで良いと思ったが、折角ならグレンに殺されたい。ハーデットの心は、諦観で溢れていた。


「……グレン、用済みになれば俺を殺すように言われているんだろう? だったら、一思いにやってくれ」


「ハーデット……本当に良いのか?」


「ああ。俺だってこれ以上生き恥を晒すのは疲れたさ。どうせ俺の娘は世界を滅ぼす厄災の魔女だ、こんな所なんて見ちゃいねえよ……」


「……わかった」


 グレンはゆっくりと、その大剣を構えてハーデットに近付いていく。

 その表情は複雑そうだった。王国のためとはいえ、かつての相棒を殺すこと自体に気が引けているのだろう。

 だが彼は、そんなときでもやってくれる男だ。ハーデットは信頼している。

 ハーデットはグレンの剣が振り上げられるのを見て、目を閉じた。自らの瞳に映った最後の景色が、相棒であることに納得を重ねて――


「――クソ親父オヤジィッ!! なに負けたような顔してんだよッ!!」


 ――そして自らに向けられた怒鳴り声に、ハーデットの心の中は、この世への未練でいっぱいになった。

 声の方をハーデット、そしてグレンや民衆は見つめる。そこにはローブ姿で顔の見えない女が、身を乗り出してハーデットの方へ顔を向けていた。


「王国の騎士団だったんだろ!? 自分の娘が世界を敵に回してるってのに、諦めんな――ッ!」


「――お前は」


 自らの主張を全身で伝える謎の女の言葉に対して、ハーデットは目を見開き、そして自らの魂から頬を伝う、赤き血液を感じていた。


(――そうだ、俺はまだ生きている。血を流すことができる人間なんだ)


 ハーデットの濁りきった曇り空の瞳が、まっすぐに形を作っていく。

 自分は死んだようなものだと思っていたのだ。娘に愛想を尽かされ家を出ていかれた時には、激しい虚無感に襲われた。その時に自分は芯だと思っていたのだ。

 しかし今聞こえてきたのは、十年近く聞いていなかった――或いは家出する前にもろくに会話をしていかったたから、もう少し長いかもしれないが――紛れもなく。


「――貴様、まさか厄災の魔女か!?」


 グレンが吠えたのは、紛れもなく自らの娘が呼ばれている名。

 世界と戦っている彼女は今、自分とグレンとの決闘を、ずっと見ていたのだ。

 グレンはハーデットに振り下ろそうとした大剣をゆっくりと下ろし、両手でローブの女へと大剣を向ける。

 ――だが、違う。お前の相手は。

 ハーデットは折れた剣のグリップをもう一度固く握りしめ、まっすぐな瞳でグレンを見つめた。


「――グレン、お前の今の敵は厄災の魔女じゃない。俺だ」


「ハーデット、お前……!」


 グレンは再びハーデットと対峙する。

 ハーデットは勢いよく走り出し、グレンへと折れた刃を向けた。

 彼を一掃しようと焦るグレンは、再びハーデットが走ってくる方角を薙ぎ払う。

 ハーデットは跳躍し、今度はグレンの目の前へ。

 グレンは大剣を戻し、体勢を低くしたハーデットへ斬撃を浴びせようとした。

 しかしその大剣の根元を、ハーデットの折れた剣が貫こうと突撃。握力の限界を迎えていたグレンは、剣を支えることが出来ず、右手から大剣が宙に浮いた。

 しかしそのままハーデットの攻撃を許してなるものか、グレンは左拳でハーデットの顔面を殴りつけようとする。

 だがその拳は、途中で止まってしまった。


「……俺の勝ちだ」


 ハーデットは左手に持ったものを、グレンへと突きつける。それはグレンによって折られた、ハーデットの剣の先端だった。

 手袋など勿論していないハーデットの手のひらからは、強く握られたが故に流れる血液が染みて、腕を伝っていく。

 だが彼の表情は苦痛に歪むのではなく、かつての相棒に刃を突き立てた己の血潮を見て滲んだ笑みだった。


「……悪いな、気が変わっちまったんだ。娘に剣を向けられて、黙ってられる父親がいるかって話だ」


「ハーデット……」


 彼の意地に敗北を認め、グレンは唖然としながらゆっくりと腕を下ろしていく。

 ハーデットは一つ、長い息を吐いた。自分は勝利したのだ、王国騎士団の強者であるグレンに。


「――厄災の魔女っ! 貴様をここで断罪し、王国に平和を!」


 しかし突如割り込んできた声が、ハーデットを勝利の余韻に浸らせなかった。

 ローブの辺りを囲む王国の騎士たち。彼らは噂を聞きつけ、グレンとハーデットの様子を見に来ていたのだ。

 そこに偶然にもハーデットの娘を名乗る人物が現れた。彼女が厄災の魔女に違いない。我こそはと魔女討伐のために、剣を抜いていたのだ。


「クソ親父オヤジ、アタシに掴まれッ!」


 ローブの女はハーデットの方へと走り出し、何か口元でぶつぶつと言っている。

 彼女が走り出し騎士たちが後を追うため動き出した瞬間、彼女の手のひらに一本の箒が現れた。そして彼女はそれを前方へと投げつけ、そのまま自らも跳躍し、箒の上に乗る。

 そしてローブの女はハーデットの方へと手を差し伸べた。少し跳躍しなければいけなかったが、無事にその右手が彼女の左手と繋げられる。

 宙に浮いたハーデットは素早く箒に左手を、続けて右手をかけた。素早く王国広場からメインストリートへと飛翔する風圧に、そのぼろぼろの体を揺さぶられながら、箒の上の女を見つめる。

 彼女の顔を隠していたフードが風圧でめくれ、全てを燃やし尽くすような真紅の長髪がなびいていた。その顔は口角を上げて、挑戦的な表情だ。


「――ヴィルフィ」


 ハーデットは成長して美人になっていた、おのが娘の名を呟いた。


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