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第10話「不器用な関係」(1)


 王都の空を、一本の箒に乗って赤髪の魔女が飛んでいる。

 その腕に抱きかかえているのは、白く透き通ったミルク色の髪をした、優美な女性。しかしその女性――セネシス教の預言者である女性は、端正な顔立ちを歪ませて魔女の顔を睨んでいた。

 箒の後ろで、ちょこんと器用に座っているのは、一匹の黒猫。崩壊した教団本部の穴が見えづらくなってきたところで、魔女の方へとその黄色い瞳を向けた。


「それで、いつになったら降りるのだ?」


 愛らしい外見とは正反対の、低く落ち着いた声。

 その声に反応するように、魔女ヴィルフィは辺りを見渡した。

 今腕に抱えているのは、セネシス教の実質的な最高権力者である預言者ティアルムだ。王都の目立つところに降りれば、まず国民に目撃されるのは必須である。

 出来るならこのまま飛び続けて王都を抜け出したかったが、王都の上空には侵入者からの侵攻を防ぐために、目に見えない魔法でのバリケードが張られている。内側から外に出るときにどうなるかは分からないが、撃ち落とされて意図しない所に落下するのだけはご免だ。

 そうすると入ってきた時のように、モンスターが開けた大穴から抜け出すのが手っ取り早いだろうか。ヴィルフィは人目のつかない路地裏を探していく。

 広い王都だ、メインストリート付近にも隠れた路地が沢山ある。そう探すのは難しくないだろう――


(……なんだあの人だかり)


 ――そう踏んでいたヴィルフィは、王都のメインストリートが広がっている中央広場、そこに大量の国民が集まっているのを見つけた。

 流石に裏路地といえども、中央広場の近くに降りるのは得策ではないだろうか……そう頭の中で考えていたヴィルフィはしかし、中央広場の国民たちが二人の人物を囲んでいる事に気がつく。

 剣を持った二人の男性は、片方はしっかりとした衣装の大剣使いで、おそらくは王国の騎士団か、それに該当するレベルの戦士だろう。

 そしてもう片方の男性は、遠くからでもみすぼらしいと分かる身なりで、その手に持った剣を構えずに、男の方を見ているようだった。


(……あれは!)


 ヴィルフィは先ほどの考えとは違い、メインストリートの中央広場近くの路地裏へ着陸するように箒の進路を変えていく。


「お前、そんな所に降りるつもりか!? すぐに見つかるぞ!」


 ヴィルフィの突然の奇行に、箒の穂を触っていた黒猫――聖龍ティアマットも驚嘆の声を上げる。


わりい、ちょっと用事が出来ちまった!」


「用事だと? 私たちは預言者をたった今拉致して、追われている身なのだ。後には出来ないのか!?」


「それが出来ないんだよ! ちょっと用事済ませてくるだけだから、後は頼んだぜ!」


「しかも私に丸投げだと!? 無茶を言うな!!」


 魔女と黒猫の言い争いが、王都の空にこだまする。箒の進路は相変わらず中央広場付近の裏路地に向かっていた。この箒の操縦士はヴィルフィである以上、ティアマットの反抗は残念ながら聞き入れられない。

 うぎぎ、と悔しそうな声を出すティアマット。魔女と龍の喧嘩を聞くものは、誘拐されている最中の預言者ティアルム以外にいなかった。


* * *


 ヴィルフィは裏路地に着地してから、身を隠すためのフードを被り、中央広場へと足早に向かっていた。

 流石にティアルムの事はティアマットへ一任するのは忍びないため、裏路地の死角に拘束魔法を付けて、ティアマットへ見張りを頼んでいる。彼はいざとなれば、教団の壁を吹き飛ばした時のように、龍の力を少しは出すことができるのだ。多少の追手が来ても、対処は出来るだろう。

 それよりもヴィルフィは、あの箒の上で見た中央広場にいる男――あのみすぼらしい格好をした、戦う気力の無い剣士の事が気になって仕方がなかった。

 あの素振りだと、今から二人の間で戦いが行われるだろう。身分が明らかに違うだろうから、訓練では絶対にない。下手をすれば命のやり取りにもなる。

 そしてもしあの浮浪者のような男がヴィルフィの考える”ある”人物だとすれば、そこで命を落とされるのは、どこか、嫌な気持ちになった。


(――アタシは、何を思ってこんな突っ走ってんだろうな)


 ヴィルフィの心情はあの男に想いを巡らす中で、複雑に絡み合っていた。

 別にあの男の事が、ヴィルフィは好きではない。正直死んでしまえば良いとさえ思うところも、無いわけではなかった。

 だが、それでも。それでもあの男が実際に死んでしまえば、どこか嫌な気持ちになるだろうし、心の中にもやが生まれてしまうだろう。

 “嫌な気持ち”というのは、それ以上の形容ができなかった。怒りだとか、悲しみだとか、哀れみだとか、そういった分かりやすい感情ではなく、ただ単に”嫌だ”という表現でしかヴィルフィにはできない。魔女の心に彩度の低い色の糸が、一本一本違う色で絡みあっているようだった。


 やがて中央広場にたどり着いたヴィルフィは、人混みをかき分け、出来るだけ前の方へとやってきた。

 遠くからしか見えずにあまり細かい部分まで見ることができなかったが、この距離であれば二人の様相がよく分かる。

 整った身なりをした大剣使いの男は、これこそ騎士だと言わんばかりの鋭い視線で、目の前の男と対峙している。茶髪に白が混ざり、皺も見えるような相貌ではあるが、衣装の隙間から見える腕は筋肉質で、立ち方も山のようにどっしりと安定しており、どこか不思議な若々しさを感じさせていた。

 対してもう一人の男は、あごひげの剃り残しが多く、灰色にほんの少しだけ青色を足したような髪は手入れされずぼさぼさで、血の気の無い顔をしている。立ち方も相手の男と比べると明らかにふらふらで、地面に当たっている剣先が擦れて、時折鈍い音を出していた。

 頬骨が浮き出て満足に食事も出来ていない、まるで浮浪者のような男。

 ヴィルフィが気になっていたのは、こちらだった。


「なんだお前、そんなに気になるのか?」


 ふとヴィルフィの横で見物をしていた男が、フードを付けた怪しいヴィルフィに話しかけてきた。

 突然話しかけられて少し驚きはしたが、追手という訳では無さそうだ。ヴィルフィは顔が見えないよう少し俯き加減で、話しかけてきた男の方を振り向く。


「……ああ、旅をしていてな。何かと思って来てみれば、あの武術に長けていそうな男がいたんだ。気になってしまってな」


 声を低くし、出来るだけ口調を変えるヴィルフィ――こういうときティアマットの偉そうな話し方を少し真似すれば良いと、教団本部に向かう前に発見していた。


「旅人さん、見る目があるね。あの人はこの王国の元騎士団長、グレンさんだ。引退した今でも強くてな、ちょうど昨日モンスターが王都を襲ってきたんだけど、グレンさんの活躍もあって退治することが出来た。それくらい強い方なんだよ」


 得意げに話す男は、どうやらグレンという男を応援しているようだった。

 というより彼は、この王国での英雄的な存在なのだろう。王国の騎士団が国民から信頼を得ていることは、魔女の森で使い魔に王都の新聞を取らせていたヴィルフィにはよく分かっている。騎士団長ともなればその人気はなおさらだ。それに直近でモンスターを退治したとなれば、その人気にますます拍車はかかっていくだろう。


「……元騎士団長、なのか。どうしてこんな中央広場で剣を構えているんだ?」


「詳しい事情は俺も知らないけど、どうやら決闘らしい」


 ヴィルフィのいつの間にか握られていた拳が、手汗で濡れそぼっているのがよく分かった。

 彼女は少し声を震わせながら、それを必死に抑えようと、丹田たんでんに力を込めて芯を入れ、口を開く。


「……相手の男は何者なんだ?」


 ヴィルフィの質問に、先程まで輝くような明るい、憧れの瞳をしていた男の表情が、一気に黒で塗りつぶされていく。


「それが聞いてくれよ旅人さん! あの男は、世界を滅ぼそうと企んでいる奴の父親なのさ! つまり、魔災の元凶の元凶なんだ!」


 魔災の元凶の元凶。

 この世界で一般的に知られている魔災の元凶とは誰なのか。

 そしてその人物の父親とは誰なのか。

 ヴィルフィが一つひとつ頭の中で確認していくたびに、彼女の仮説が、真実味を帯びていく。

 男は忌み嫌うように、グレンとは違う、もう一人の男の事を見つめた。そして先程ヴィルフィに説明したときよりも大きな声で、あの男に聞こえるような大きな声で、その正体を告げる。


「アイツは、厄災の魔女の父親なんだよ!」


 ヴィルフィの視界に映っているみすぼらしい姿の男、その正体は、彼女の父親であるハーデットだった。


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