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第9話「預言者と魔女」(7)


「――魔女ガラリエの、一番弟子さ」


 口角を上げる厄災の魔女に対して、元預言者ザペルの体は固まってしまう。

 かつて女神の天啓により魔女ガラリエを追放したのは、間違いなく自分だ。そしてその弟子と名乗る者が今、自分の目の前に立ちはだかっている。


「お前が、ガラリエの弟子だと?」


「ああ、そうさ。アンタが女神の天啓に従って師匠を王都から追放した後、師匠は魔女の森に入りひっそりと暮らしていた。しばらくしてトリンフォアから家出したアタシは、魔女の森で師匠に会ったんだ。師匠からの提案で、アタシは魔法を徹底的に叩き込まれた」


「そんなことが……お前の魔法は、ガラリエのものなのか」


 何やら気まずそうに視線を逸らすザペルの反応に、ヴィルフィは違和感を覚えた。

 女神の天啓があったとはいえ、確かに自分が追放した人物の話をされるのは、気持ちの良い話ではないだろう。

 だがヴィルフィはザペルの表情、そして声色に、それ以上の何かがあるのではないかと感じていた。


「ああ、アタシの魔法は師匠仕込みでね。だから賢者と戦って、ほぼ互角に渡り合うことが出来た」


「……確かにガラリエの魔法であれば、あの賢者とも渡り合えるか」


 そして何よりヴィルフィは、このザペルがガラリエの事を、自分が女神の天啓によって追放した”以上”の事を知っているように感じて仕方がなかった。


「アンタ、師匠の事をよく知ってるじゃねえか。師匠と何か因縁でもあるのか?」


「…………」


 ヴィルフィの言葉に、ザペルは目線を合わせられないまま気まずい表情を続けている。

 言葉を発することが出来ないザペルに対し、ヴィルフィは笑みを消し真剣な目つきでザペルを見つけた。


「……アタシは師匠がなぜ追放されたのか、ちゃんと知ってるわけじゃねえ。だからアンタに聞きたいんだよ、何が師匠を魔女の森に閉じ込めたんだ?」


「…………」


「――答えろッ!」


 ヴィルフィの、突然の怒りの込もった叫びに、はっとザペルは反応する。

 ヴィルフィはここまでずっと我慢してきた怒りの炎を、言葉に乗せていた。


「アタシは別に最初からアンタを責めに来たわけじゃねえ! でもな、師匠が理不尽を受けて魔女の森に隠れ住んでいたのは事実だ。弟子であり師匠の最期を看取ったアタシには、その権利があるんだッ!!」


 ヴィルフィはまるで獲物に噛みつく獣のように怒りを震わせ、ザペルを問い詰める。

 ガラリエは魔女の森に住み、最終的にヴィルフィという弟子と出会って死んでいった。師匠の最期の穏やかな表情を見て、ヴィルフィは自分がガラリエにとって大切な存在になれていたことを実感していたのだ。

 ああ、確かに美談。追放された先に何か幸福なことがあったなんて物語は、聞いた人は涙を流すかもしれない。

 だがそれはあくまで結果だけを見た場合だ。人生は劇的に描かれる必要などない。その始まりが理不尽であるならなおさらだ。

 ガラリエはヴィルフィと出会うまでに、理不尽な仕打ちを受けていた。女神の啓示というよくわからないもので、それまでの日常を壊された者なのだ。

 ヴィルフィは前世で、クラスメートからいじめられている”理不尽”を、ネムを通じて感じていた。理不尽に対抗できない者の気持ちはある程度分かっているつもりだ。

 だからこそ、ガラリエの物語を”大切な弟子”という気休めで終わらせたくなかった。彼女の物語はむしろ、これからが本番であるべきなのだ。理不尽に立ち向かう魔女の物語として。

 魔女ガラリエの意志は、厄災の魔女ヴィルフィに継承されていた。

 ヴィルフィは握りこぶしを隠して作っていたものの、しかし煮えきらないザペルに対して、怒りを露わにしている。そんな魔女の声を受けて、ザペルは目を大きく見開いて、汗を垂らしながら、それでも目をヴィルフィから背けていた。


「……ガラリエは、既に亡くなっていた、のか」


 まるで大切な人の訃報を聞いたかのように驚くザペルに、ヴィルフィはやはり違和感を抱かずにはいられなかった。


「ああ。――何か知っているんだな。教えてくれ、師匠のためなんだ」


 ヴィルフィはこれまで以上の真剣な眼差しで、ザペルの事を見つめる。

 彼女の強い想いを感じたザペルは、ようやく観念したようにヴィルフィと目を合わせた。


「……ガラリエは、私の同志だったよ」


 昔を懐かしむように、寂しそうな瞳のザペルの様子が、彼の言葉が真実であるとヴィルフィに感じさせた。

 ヴィルフィがそのまま何も言わなかったのは、もうザペルがこのまま言葉を続けるつもりだと感じられたからだ。


「ガラリエは王国お抱えの魔法使いでな。彼女は非常に優秀だったから、教団とも深く関わりを持っていた。教団の預言者であり最高権力者である私が彼女と出会ったのは、女神の天啓が来て追放に至る、数年前のことだった」


 ヴィルフィが知らない情報が多く、ザペルの口から話される。

 ヴィルフィはガラリエが魔女の森に来たきっかけのことしか知らない。彼女が王国お抱えの魔法使いであったことも、教団と深く関わっていたことも、元預言者であるこの男との関わりがあったことも。

 どうしてガラリエは何も話してくれなかったんだろうか、そう野暮ったい考えは浮かぶが、ヴィルフィはひとまずザペルの話を聞くことにする。


「ガラリエは非常に面白い奴でな。彼女は魔法学校の講師としても働いていて、そこで彼女が行っている魔法の授業の様子も聞いたよ。魔導書を読んで聞かせるだけの授業なんて溢れているが、彼女の授業はそうではない。お前もそう思うだろう?」


「……ああ、そうだな」


 彼女の教え方が当たり前だと思っているヴィルフィでさえも、ガラリエの教え方は特殊だと思っていた。

 なにせ彼女はヴィルフィに対して十万冊の魔導書を読め、なんて無理難題を出したのだ。結果としてヴィルフィはそれを完遂させたのだが、まず普通の人が出来るような教え方ではない。


「……まあ、生徒にとっては好き嫌いが分かれていたらしいが、私は彼女の話を面白いと感じていた。年齢は彼女の方が少し上だったが、私は間違いなく彼女に惹かれていたよ」


「アンタ、師匠に惚れてたのか?」


「どうだろうな。どちらにせよ私は教団の最高権力者で、王国お抱えとはいえ一魔法使いと結婚することはなかっただろうが」


 もしできるのであれば、結婚まで考えていたということだろう。ヴィルフィは彼の言葉を心の内でそう解釈した。


「……しかし、その生活も長くは続かなかった。お前の言う通り、女神様の天啓があったからだ」


「女神は、なんて言ったんだ?」


 ザペルは少し思い詰めた表情で、黙ってしまう。どうやら言うべきかどうか迷っているようだった。

 しかしヴィルフィは先程のようにザペルを問い詰めることはしない。こちらの気持ちは自分の言葉で伝わっているはずだという理由もあったが、何よりザペルに対して同情していたからだ。

 好きな相手を追放しなければいけないという辛さは、痛いほどよく分かる。

 それはヴィルフィも似たようなものだったからだ。自分は厄災の魔女であり、敵対している賢者リートは自分が恋をした少年ネムである。ガラリエへ相談してようやく決心がつき、賢者リートと”想い比べ”をすることになった。この世界の事を守りたい賢者の気持ちと、この世界を壊してでも元の世界に戻りたい魔女の気持ちを。

 ヴィルフィはただ、目の前の杖をついた老人が言葉を紡ぐのを待っていた。そしてザペルは意を決したように、口を開いて息を吸い込む。


「――世界の構造を探っている魔女、ガラリエを処分せよ」


「……やっぱり女神が直接”殺せ”って言ったんだな?」


「ああ。ガラリエは王国お抱えの魔法使いとして働く中、この世界の構造に対する研究にも熱心でな。だが、女神様は世界の構造が解き明かされることを嫌っているように思えた」


「だから師匠を殺せってか……」


 ヴィルフィはガラリエから、女神の天啓により追放されたことを聞いている。処罰されそうになり、命からがら逃げ出したことも知っていた。

 だがザペルの証言で新たに分かったことがある。それは女神が世界の構造を解き明かすことを恐れていることだ。

 それがなぜかは、今のヴィルフィには分からなかった。自分のように命を狙う輩から防衛するためか、それとも他に理由があるのか。

 困惑するヴィルフィに対して、ザペルは吹っ切れたように、言葉を続ける。


「私も女神様がそこまでされる理由が分からなかった。だからこそ反対したいのは山々だったのだが……」


「……しかし、他ならない女神サマの天啓だったから、反発ができなかったと」


「ああそうだ。……私は最初、預言者の使命を全うしたよ。だが結局、それが本当に正しいのか分からなくなって、私はガラリエが王都を脱出するのを手伝った」


「そうだったのか……」


 ヴィルフィは自らの勝手な思い込みを、心の内で反省した。

 預言者が女神の啓示をバカ正直に伝えたか、それともホラを吹いたのかは分からなかったが、どちらにせよガラリエの処罰や追放に対して前向きだったのだと思っていたのだ。

 しかし目の前の元預言者は、決してそんな事はなかった。ガラリエという一人の女性に対して、様々な葛藤がある中で、彼女を助け出す結論に至ったのだ。

 思えばガラリエのもとで修行していた時に、ヴィルフィは聞いたことがあった。「師匠はその預言者のこと、恨んでるか?」と。

 しかしガラリエが恨んでいたのは”女神”の方だった。その理由が今ならわかる。ザペルは彼女を王都から追放した犯人でありながら、彼女を理不尽から守ろうとした味方だったのだ。

 ヴィルフィは一つ大きな息を吐いて、一歩ずつゆっくりと、ザペルの方へと歩みを進めていく。

 ザペルの周りにいるおつきの教団兵が警戒を強めるも、ザペルはそれを自らの手で制す。

 そしてヴィルフィはザペルの杖が届く範囲まで近付いて立ち止まり、真面目な表情で口を開いた。


「……アタシを殴ってくれ」


「――は?」


「だから、アタシを殴ってくれって言ってんだろ! そのままの意味だ!」


「いや、しかし……」


「ああもう、分かってねえなアンタ!!」


 ヴィルフィは苛々をつのらせた声色で、握りこぶしを作って震わせる。

 そしてその叫びと同時に、ヴィルフィはザペルの方へと踏み込み、顔面をその震える拳で、殴った。


「な、何をするんだ!」


 突然殴られたザペルは怒りが突沸し、その持っていた杖でヴィルフィの顔面を殴りつけた。

 ヴィルフィは顔に痣を作りながら、しかし彼の反撃に対して何も返そうとしない。

 それどころか殴られた事がどこか嬉しそうで、先程の真剣な表情から一転、口角を上げて笑っていた。


「……ありがとよ、アタシが疑ってた事を罰してくれて」


「な、なんだと……?」


「でもアンタにも一発食らわしてやったのは、師匠が一人になっちまったってことに対して苛々してたからだ。大切だと思う人なら、身分なんて気にせずに、ずっと傍にいてやれって思ったんだよ。……まあ、アタシが言えた義理じゃねえのは分かってるけどよ、その分も含めて罰したと思っておいてくれ」


 ヴィルフィの言っている事が、ザペルには半分ほどわからない。それはヴィルフィとリートの本当の関係性を、ザペルが知らなかったからだ。その辺りは感覚で受け取ってほしいとヴィルフィも感じている。

 すっきりした様子のヴィルフィは、再びザペルから離れて、代わりに倒れたままのティアルムの方へと歩いていった。

 二人の話にほとんどついていけていなかったティアルムは唖然とした表情で、自分とは対照的に明るい笑みを浮かべて近付いてくる魔女を見つめていた。


「……さて、話を戻そうか。アタシは理不尽をもたらした女神に会わなきゃいけねえ。そりゃアタシのためでもあるけど、もう一つ、アンタと師匠のために、ってのもあるな」


 これから何をするかわからない魔女に対して、ザペルは警戒心を抱いている。

 しかしその警戒の色は、自らが倒すべき敵であることは変わっていないはずなのに、先程よりも明らかに薄くなっていた。

 ヴィルフィはティアルムへと手を差し伸ばしながら、悪巧みをした子どものように、にやりと笑う。


「だから元預言者サマよ、ちょっとわりいけど、女神の声を聞けるお宅の娘さん、借りていくぜ? ――ティアマット!」


 ヴィルフィはティアルムを前方で抱えながら――いわゆるお姫様抱っこの状態で、世界の底で出会った龍の名を叫ぶ。

 そしてどこかに隠れていた黒猫――聖龍ティアマットがひょこっと姿を現し、その口元にエネルギーを貯めていく。

 ティアマットはこの姿になって力こそ制限されているが、それでも多少は使うことが出来る。

 その魔力を吐き出すように解き放ち、預言者の間の壁に大きな穴が空いた。そしてそれはもう一つ廊下の壁を壊し、その先に太陽が燦々(さんさん)と照っている空、そして王都の街並みが映される。


「ひいっ!?」


 そしてその脱出口に駆け出したヴィルフィの胸元で悲鳴を上げる、預言者ティアルム。

 ヴィルフィは箒を空中へ蹴り飛ばし、穴の先へ落とす。そしてその箒に向けて自らも跳び、箒へと着地した。

 後ろを見ると、ザペルと教団兵たちが穴からこちらを睨んでいるのは目に入る。魔法を撃つ素振りの教団兵もいたが、ザペルに制された。このまま攻撃をすると、愛娘であるティアルムも被害を受けてしまうからだ。


「さーて預言者サマよ、聞きたいことがまだまだあるんでな。ちょっと付き合ってもらうぜ。おっと揺らすなよ、アタシが落ちたらアンタも落ちるぜ」


「くっ、厄災の魔女め……っ!」


 セネシス教の偉大なる預言者ティアルムは、赤髪の魔女の胸元で悔しそうに彼女を睨んでいた。



第9話「預言者と魔女」 (終)


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